第14話「虫相撲⑥」
子供達が、カブト虫を飼い始めて2週間が経った日の昼。
夏も……
少しずつ終わりへと、向かい始めている。
今日も、ボヌール村は快晴。
まだまだ空は、高く真っ蒼。
熱い日差しが、燦々と降り注いでいる。
俺達が居るのは東の森の前、小さな雑木林……
最初に、カブト虫を捕まえた場所に来ていた。
ケルベロスとヴェガ、子犬達もしっかりと役目を果たし、辺りを警戒する。
赤ん坊が居て外出する事が出来ない留守番の嫁ズを残して、それ以外の家族は全員居る。
今日は特別な日。
というのは子供達が……カブト虫とお別れする日なのだ。
予想はしていたが、子供達を説得するのは大変だった。
全員がカブト虫を、まるで家族のように慈しんでいたのだから。
虫NGな嫁ズも、子供達に引っ張られてカブト虫は克服して可愛がっていた。
他の虫は、黒く光る奴を筆頭に相変わらず駄目であったが。
俺の傍らで、歯をくいしばって前方を見つめるのはレオだ。
弟のように思う、カブト虫との別れが辛いのだ。
無言で、じっと堪えている。
俺は、そんなレオを励ます。
「レオ、元気を出せ。大きな声で、さよなら! って見送ってやれ」
「…………」
「レオ、良く聞いてくれ」
呼び掛けた俺を、レオは見る。
訴えかけるような眼差しだ。
カブト虫と別れたくない!
息子の、真剣な思いが伝わって来る。
だけど、俺はしっかり告げなくてはならない。
「カブト虫は俺達と違って、長くは生きられないんだ」
「…………」
「だからゴーチェはな、これからすぐにママを見つけて子供をつくる」
「え? ゴーチェがさがす? ママを?」
「きょとん」としているレオ。
そんなレオへ、俺は記憶を呼び覚ましてやる。
「ああ、ママだ。この前ゴーチェと一緒に、角のないカブト虫がここに居ただろう? あのカブト虫が女の子なんだ」
「ああ、あれ!」
俺にそう言われてレオは思い出したらしい。
あの時捕まえなかった、角のないカブト虫が居た事を。
大きく頷いていた。
「おお、あれだ。ゴーチェは、この林でお前のママみたいな素敵な女の子と巡り合って結婚するんだ」
「けっこん?」
「ああ、パパとママが結婚して、レオ、お前が生まれたんだ。分かるだろう?」
「うん!」
レオは、嬉しそうに頷いた。
俺を嬉しそうに見て、次にクーガーも見た。
自分には大好きなパパとママが居る。
瞳から、そんな強い波動が放たれていた。
目を輝かせるレオへ、俺は話を続けてやる。
「ゴーチェも素敵なママと結婚する。そして子供が生まれるのさ」
「こども? ぼくとおなじ?」
「そうさ、レオと同じだ。しかし悲しい事がある。残念だけどゴーチェとカブト虫のママは、結婚して子供を作ったら寿命が来て死んでしまうんだ。本当にお別れって事だ」
「…………」
ゴーチェが死ぬ。
『死』というものを、まだ分かっていないレオ。
彼にとって、『本当のお別れ』と言う言葉の方が響いているらしい。
「でも残された子供は元気に育つ。悲しいけど、それが人間と違う、カブト虫が神様から与えられた生き方なんだよ」
「かみさまから?」
「そうさ、だから来年はゴーチェの子供達が大人になる」
「じゃあ、パパ。かぶとむしのこどもは、もうパパとママがいないの?」
自分と同じ子供にパパとママ……両親が居ない。
小さなレオの胸には、とっても悲しい事として捉えられたようだ。
俺は厳しい現実を告げながら、前向きになるよう言い聞かせる。
「ああ、居ない……でもカブト虫達は、頑張って生きて行くぞ」
「…………」
「来年は、ゴーチェの子供がきっとここに居る。もしもお前がその子達と出会えたら、また一生懸命世話をしてやれば良い」
「うん! ぼく、あいにくる。ゴーチェのこどもにあいにくる! ぜったい!」
普段は寡黙なレオが、珍しく興奮して喋った。
ああ、そうだ。
そうなんだよ。
この子は、やっぱり俺とクーガーの子なんだ。
真っすぐで熱いんだ。
傍らのイーサンも、俺とレオの会話を聞いていて小さく頷いた。
この子も俺とレベッカの子。
話がちゃんと伝わって、分かってくれた。
嬉しい。
何だか、凄く嬉しい。
管理神様……ありがとう。
カブト虫をプレゼントしてくれて。
深く深く感謝します。
俺は、どこかできっと見ているに違いない管理神様へ頭を下げた。
一方の女子。
ああ、男子以上に大変だ。
大泣きするタバサとシャルロットを、クッカとミシェルが一生懸命なだめている。
タバサより、普段飄々としたシャルロットが轟くように大きな声で泣いているのは意外でもあった。
やがて……
カブト虫達は、そっと木の幹へと戻された。
離れてじっと見守っていると、各々が「ぶ~ん」と音をたてて飛んで行く。
子供達は、それぞれに別れの言葉を投げ掛ける。
「さようならぁ」
「ばいばい」
「げんきでね~」
「…………」
さよならの言葉の中、カブト虫達は見えなくなった。
子供達は、カブト虫の飛んで行った方向をずっと見つめていた。
夏の小さな出会いと別れ……
俺の子供達は、ほんの少しだけ大人になったのであった。
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