第8話 「説得」

 捕まえたオベール家の元従士長達を尋問したところ、判明した事が他にもあった。

 

 オベール様が言っていた最近郊外に出没する『山賊』と、この元従士達は一切関係が無かったのだ。

 いくら問い質しても、連携してエモシオンの町を完全崩壊させるとか、人々を皆殺しにするとか、そのような策の欠片かけらもなかった。

 と、なると命令系統はドラポール兄妹なのか、全く別という話になって来る。


 どちらにしても、新たな情報がありそうな場所は王都しかない。

 俺とクーガー、そして妖精猫ケット・シーのジャンというメンバーで今夜にも探りを入れよう。

 それも、すぐに動いた方が良い。

 

 尋問を終えた元従士達はとりあえず俺の創ったこの異界へ幽閉しておく事にした。

 以前クッカに教わった事だが、流れる時間の概念が俺達が生きている世界と全く違い、腹も減らないそうだ。

 引きこもり……いや牢獄にはうってつけだから、暫く頭を冷やして貰おう。

 尋問した俺達は、オベール様に雇われた遠国の冒険者という事にしてある。

 

 こうして俺とクーガーは、急ぎオベール様の城館へ戻った。

 ミシェル達は既に仕事を終えて戻っており、まもなく夕飯が始まる所である。


 事件の全貌は掴めておらず、まだ報告する時期ではない。

 だから、大広間でたわいもない雑談をしながら待っていると、厨房から漂うパン、煮込まれた美味そうな野菜、じゅうじゅう焼ける肉の様々な香りが鼻腔をくすぐる。

 

 やがて支度が整い、城館の大広間で夕飯。

 さすが、領主様の食事。

 ボヌール村で摂るより、数十倍以上の豪華さだ。

 一応、里帰りした俺達を歓待する意味もあるのだろうけど。


 まあ、腹が減っては戦が出来ぬ。

 せっかくおもてなししてくれるという義両親の心遣いもありがたい。

 俺達は、遠慮なく夕飯をご馳走になったのである。


 夕飯後……


 俺達はあてがわれた客間へ戻ると、早速作戦会議に入った。

 まずは、本日の報告である。

 ミシェル達の分担である、大空屋の仕入れはバッチリ上手く行ったようだ。

 そんなに時間がなかったので、まだまだ下見レベルだが、大凡買うものの見立てはついたという。


 にこにこしたミシェルが、クラリスを指差す。


「今日はクラリスが大活躍したのよ! 品物の見立てがバッチリなのは勿論、料金交渉も完璧!」


 クラリスはエモシオンの町は初めてだが、託された仕事をきっちりとこなしたらしい。

 でも商品の見立てはまだしも、料金交渉もしたんだ。

 あの、引っ込み思案のクラリスが?

 凄いじゃないか!

 俺は、思わず嬉しくなる。

 感嘆の声も、一層大きくなる。

 

「おお、そうか!」


 俺の声を聞いた、クラリスも嬉しそうである。

 

「はい! 普段ボヌール村で暮らしていると、初めて来たエモシオンの町ってとっても新鮮です」


「良かったな!」


「はいっ! 今回連れて来て頂いて嬉しかったです。それに綺麗な布をいっぱい見ていたら、新しい服をつくる意欲がもの凄く湧いて来ました!」


 ああ、クラリスの癒し笑顔炸裂!

 目がなくなるくらいの垂れ目は、最高の反則だ。


「偉いぞ、クラリス」


「ありがとうございます! 旦那様、クラリスはもっともっと頑張りますよ」


 大人しく控えめなクラリスは大好きだが、積極的なクラリスも同じくらい俺好みだ。

 よかった、よかった!


 続いて、ミシェルや、ソフィことステファニーからの話もあって大いに盛り上がって終了。

 

 次は俺とクーガーからの報告だ。

 内容が内容だけに、ステファニーには気を付けないと……

 でも、そのステファニー、俺の話を聞いてやっぱりいきり立った。


「えええっ? あいつらったら……一旦裏切っておいてムシが良すぎない?……今更ウチへ、戻りたいですってぇ!?」


「まあまあ……」


 俺がなだめるが、ステファニーの怒りは収まらない。


「だって旦那様、悔し~い!」


「おいで、ステファニー」


 俺が呼ぶとステファニーは素直に従い、傍へ来る。

 手を広げると、ステファニーは俺の胸へ飛び込んで来た。


「ううううう」


 犬のように唸るステファニーの背中を、俺は優しく擦ってやる。


「なあ、ステファニー。気持ちは良~く分かるが、あまり一面からだけでモノを見るな」


「一面からだけって何?」


「あいつらだって、事情があったんだ」


「あいつらの……事情って、そんなの知らないっ、関係ないっ……裏切ったのよ!」


「従士という弱い立場では上からの命令には逆らえないよ。オベール様の命令で一旦王都まで行けと言われ、王都に着いたらまま母さんから従士になれと命令されていたんだろう」


「…………」


「それをさ、いきなりクビになったんだ。エモシオンへ帰る旅費もなかったようだし不安にもなるさ」


「…………」


 俺が諭しても、ステファニーはまだ口を尖らせている。

 頬も、巣篭もり前の栗鼠みたいに膨らませている。

 よほど、腹に据えかねたらしい。


 確かにステファニーの気持ちは分かる。

 まま母さんに篭絡されたからというのが、怒っている原因だろう。

 あくまでもあいつらのあるじは、オベール様だから。

 それを考えれば明確な裏切り行為だが、あいつらの話を聞いた限りでは充分反省しているようだから……

 こういう時は、じっくりと諭すしかない。

 

「もしステファニーだって、右も左も分からない王都に来て、無一文でいきなり放り出されたらどうする?」


「……路頭に迷うわ」


「あいつらもそうだったみたいで、悪いとは知りながらつい仕事を受けてしまったんだ。人に怪我させたり殺したりする仕事じゃなかったし」


 俺が宥め続けると、やっとステファニーの表情が和らいで来た。

 

「だから今回だけは助けてやろう、な?」


 俺が元従士達の赦免を持ち掛ける脇から、クーガーが追随してくれた。


「ステファニー、私からも奴等へ念を押しておいたよ」


「クーガー姉……」


 俺以外にも同意見が居ると知って、ステファニーはトーンダウンして行く。

 クーガーは珍しくにっこり笑う。


「もし裏切ったら容赦しないってね。それに大丈夫さ、万全を期して魔法で仕掛けをしたから」


「仕掛け?」


「ああ、もし裏切ったら……容赦なく、デス!」


 クーガーは笑顔のまま手を横に振って、首を斬る真似をした。

 本当は戦闘不能になって、ばったり倒れこむくらいなんだけど……

 言い方が冗談には……全然見えない。

 ステファニーがごくりと唾を飲み込む。


「うわぁ、怖い……さすがクーガーだ」


 ミシェルがおどけた表情で言ったので、緊張した場が一気になごんだ。 

 怒っていたステファニーも、クーガーの『本気』を見てやっと納得したらしい。


「ようし、じゃあ作戦はこうだ!」


 俺とクーガーは、立てた作戦を改めて話したのであった。

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