第108話 「不思議な夢」
ボヌール村の毎日は、平凡だ。
一見変わらない、同じような日々の繰り返し。
でも、俺の人生はそれで良い。
愛する人々との静かで平和な生活は、何ものにも代えがたい。
本当にかけがえのないものだから。
そんなある日の朝、リゼットが起こしに来る前……
『旦那様、じゃあ行って来ます。数日留守にしますけど……大丈夫ですよね?』
『大丈夫、大丈夫』
実は……
今日から、クッカが数日間不在となる。
女神であるクッカは普段、天界に居る。
俺に見えているのは幻影。
なので不在というのはおかしいが、現世にコンタクト不可という意味だそうだ。
クッカによれば、天界で大事な会議があるらしい。
天界神様連合、後方支援課所属でも、新人のクッカが会議に参加するのは滅多にないという。
俺のサポートで実績を積んだから、サポート女神として徐々に認められつつあるって事なのか……
でも……
「俺の嫁になりたい」と管理神様へ申し入れしたとか、普段からイチャしているとか、クッカは散々好きにやっている。
業務とプライベート、だいぶ公私混同しているけど大丈夫だろうか?
つい心配してそう言うと、さっきの俺の返事を今度はクッカが戻す。
『うふ! ノープロブレム。大丈夫ですよ』
『ノープロブレム?』
ちゅっ!
なおも心配する俺の唇を、クッカの柔らかい唇がふさぐ。
「もう、これ以上心配しないで」とでも言うように……
何度されてもクッカのキスは、とっても甘い。
気持ち良くて、クラクラする。
そんな夢うつつ状態の俺へ、クッカが微笑む。
『旦那様はいつも優しいです。私の事を心配して下さって、ありがとうございます!』
『クッカ……』
『私は旦那様を大好きになって、管理神様から恋愛の許可も頂きましたけど……大丈夫! やるべき仕事は果たしています』
きっぱりと、言い切るクッカ。
堂々として、自信に満ち溢れている。
思えば、この異世界に来てから俺とクッカは二人三脚でやって来た。
未熟なふたりだけど、お互いに少しずつ成長したと思っている。
……いつかは、結ばれたい!
出来れば、来年の結婚式に他の嫁ズと一緒に、クッカを嫁にしたい!
一緒に暮らして行きたい!
更にその思いが強く強くなっている。
そして、いざ出発の時、クッカの表情が少しだけ曇る。
『じゃあ、3日後に戻りますよ……
ああ、クッカ!
お前がそんな事言うなんて……
俺は嬉しくて泣きそうだ。
なので、思わず本音をぶつける。
『俺だって、クッカが居なくて凄~く寂しいよ!』
『うふふ』
『ああ、そうだ、万が一、俺との件で揉めたら』
『揉めたら?』
『俺が管理神様にいつでも土下座するって伝えて欲しい』
『……ありがとうございます。何かあったら頼りにします』
俺の言葉を聞いて目を赤くしたクッカは、そう言って出かけて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とはいえ、クッカが出かけて不在でも、俺の日常はあまり変わらない。
あれからリゼットが起こしに来て、嫁ズと一緒に朝ご飯食べて、畑で農作業して……
お昼ご飯を食べて……大空屋で仕事して……
晩ご飯を食べて、嫁ズと他愛もない話をして……もう夜。
自宅に戻った俺は、「ぼうっ」としていた。
今日も、同じような日だった……
だけど夢中になって働き、あっという間に時間が過ぎた日だった。
唯一違うのは、
「ぽかん」と、穴が開いたような喪失感。
クッカの存在って……やっぱり大きい。
多分リゼットを始めとした他の嫁ズだって、居なくなれば大きな喪失感を味わうだろう。
でも、クッカの場合は少し違う。
何というか、俺の『根っこ』のような気がするのだ。
今夜はクッカが居ないので、ケルベロスか、ジャンを連れて『魔物狩り』に行こうと思っていたけど……やめた。
もうさっさと寝よう……
ベッドに横になった俺は、つらつらとそんな事を考えながら……
眠りへと落ちて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気が付けば……
俺は、夢を見ている。
これは、以前見た事のある夢だ。
今では、絶対に戻れない。
いや、あの時無事に帰れていたとしても……
町の景色が建物等新しくなったり、道が綺麗に舗装化されたりして、現在の故郷は全く変わってしまっている。
この夢は……
今はどこにも存在しない幻。
俺の心の中にある幻の故郷なんだ。
でも、良い。
今は、この心地良さに身体を委ねていたい。
真っ蒼な広い空。
流れる、白い千切れ雲。
大きく、ゆっくり流れる川。
土で出来た、高い土手。
狭い河川敷。
整地されていない野球場。
イカの干物を餌にして、ザリガニをいっぱい釣った用水路。
カエルがうるさく鳴き、大小のトンボが飛ぶ小さな池。
カッコいいカブトムシが、たくさん居る雑木林。
春になると、鮮やかなピンクのレンゲソウが咲く田んぼ。
もんしろ蝶が飛び遊ぶ畑。
舗装されていない土の道。
古びた家が、並ぶ町並み。
その中にある……自分の家。
今は亡き、懐かしい両親の温かい笑顔。
夢の中の俺は……やはり……
小さな子供に戻って歩いている。
夕焼けに染まった、桜並木のある舗装されていない土手の道をのんびりした気分で歩いている。
異世界に居る15歳の俺よりもっともっと遥かに小さい、幼児だった頃の俺。
あれ?
俺の傍らに誰かが居る?
一体、誰だろう?
そして、俺を呼ぶ声がする。
どこかから、「ケン」と俺の名前を呼ぶ声がする。
この声は女の子。
それも大人じゃない。
しかも絶対に、聞き覚えのある声だ。
でも何故か思い出せない、彼女は誰なんだろう?
そうだ!
約束をした……
とってもとっても!
凄く大事な、けして忘れてはいけない約束をした。
ああっ!
俺はもどかしくなって、思わず大声で叫んだ。
そして、飛び起きた。
時間は、まだ真夜中。
不思議な事に、
クッカは戻っていない筈。
誰だ?
俺が目を凝らして見回すと……
真っ暗な部屋の中、誰かが……ベッドに座っていた。
「お、お前は誰だっ!」
「うふふ、ケン様、初めまして」
俺の声に対し、甘い声と妖艶な笑みで答えたのは……
見知らぬコケティッシュな若い女であったのだ。
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