第101話 「運命って不思議」

 ソフィ(ことステファニー)がボヌール村へ来て、約1ヶ月が過ぎた。

 彼女の表情は明るく、相変わらず毎日元気に仕事をしている。

 もう、憂いなど無い。

 そんな雰囲気だ。


 ソフィが、このように明るくなったのには理由わけがある。


 少し前に俺と約束した通り、オベール様へ、ソフィからの手紙を届ける事が出来た。

 ちなみに、メッセンジャーをしてくれたのはジャンである。

 あれだけ『使い魔』扱いされる事を嫌がっていたのに、自ら申し出てソフィの手紙を何度も運んでくれた。

 

 一番最初に使いに行った際、ジャンはオベール様の書斎へ忍び込んで、手紙をさりげなく机上に置いた。

 そして、オベール様が書斎へやって来るのを、じっと待っていた。


 隠れて物陰から見ていたジャンは、予想通りの光景を目にする。

 

 最初はいぶしげな表情をしていたオベール様が、見覚えのある愛娘の筆跡を見て大層驚いたのだ。

 すぐに封を切って中身を読んだオベール様が、再び驚いた後、みるみるうちに嬉しそうな顔に変わったのは言うまでもない。

 

 愛娘ステファニーが生きていた!

 という吉報であったから。

 

 手紙には、怪我ひとつなく無事であるのに加え、現在は平民として仕事をしながら、元気で楽しく幸せに暮らしている等が書いてある。

 ジャンはオベール様を見て「にやっ」と笑うと、俺に念話で報告を送り、「ふっ」と消えたのである。


 ソフィの手紙には……

 返事を書いたら、再び書斎の机上に置いて欲しいとも書いてあった。

 「デリバリーは魔法使いへ頼んだ」とも書いてあったので、忽然と手紙が現れた不思議な現象も疑わなかったのだろう。

 

 オベール様は、ソフィから言われた通りにしたようである。


 手紙を届けて数日後……

 オベール様の書斎に置いてあった手紙を、ジャンが持ち帰って来た。

 ソフィは封を開けて、食い入るように読み込む。

  

 「今の新しい生活を認めて欲しい」と、ソフィが書いた部分を読んだオベール様は相当悩んだらしい。

 しかし、一旦気持ちを決めると迷わなかったようだ。


 ……読み終わった後、ソフィは「ふうう」と息を吐く。

 そして俺、リゼット達を見渡すと大きく頷いた。


 ……結局オベール様は決断してくれた。

 ソフィが、今の生活を送る事を認めてくれたのである。

 

 こうしてソフィは……

 『正式』に、ボヌール村の住民となった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 なんやかんやでひと段落ついて……

 

 俺はソフィと今、ふたりっきりでデートしている。

 まあデートといっても特別な場所ではない。

 所詮は村内散歩であり、一番最初はクラリスと、そして他の嫁ズとも頻繁にデートする村の農地である。


 村民の悲願ともいえる頑丈な外柵が完成して、安全度は格段に増した。

 農作業をする人々の表情は安堵の為か、格段に柔らかくなった。


 だけど、ここはいつも景色が変わらない。

 様々な農作物が実り、花もたくさん咲いている。

 加えて家畜も「わいわい」騒ぐ。

 そばを通ると、ブタとニワトリ、そしてヤギがやかましく鳴くのは相変わらずだ。


 そんな、のんびりした中、俺はソフィと手をつないで歩いている。

 ソフィは、笑顔を絶やさない。

 いつも嬉しそうにしている。

 何度も、手を「きゅっ」と握って来る。


 最初に会った時の、けわしい表情をしたステファニーとは雲泥の差だ。


 俺は、ふと思った。

 そして、つい声に出した。


「運命ってさ、全く分からないよな」


 当然ソフィも、俺の呟きを聞いていて、同意する。


「運命が分からない……確かにそうですよね」


 そんな、他愛もないきっかけから、ふたりの会話が始まる。

 こういうのも、結構楽しい。


「だってさ! 貴族のお前が……まさか俺の嫁になってくれるなんて」


「うふ! ホント! でも……」


「でも?」


「はい! 旦那様は……私の素敵な王子様なんですもの」


「俺が? 素敵な王子様? 白馬の代わりに性格悪いぶち猫連れて、夜中に女子の部屋へ不法侵入する、トンデモ王子様だけどな」


「あはははは! それ面白い!」


 ソフィは、思いっ切り笑う。

 貴族令嬢らしくない、豪快な笑い方。

 喉の奥が見えるほど。

 だけど、可愛くてとても魅力的だ。


「でも不思議だよ、本当に」


「不思議?」


「お前がさ、俺を下僕にしよう! なんて思わなければ……こうやって出会ってなかった。結ばれなかっただろうって……」


「あの時は……旦那様が……私をじいっと見ていたから……」


 そうだ!

 俺が、最初に見たんだっけ。


「おお、そうか! 思い出したぞ、確かにそうだ。お前が可愛くて目立っていたからな」


「うふっ! ありがとう! あの時、下僕になるのをOKして店を出て、それが実は嘘……いきなり旦那様が豹変して、私はお仕置きされてお尻を、い~っぱい叩かれた」


「ごめんな……本当に」


「いいえ! 私の事を本気で叱ってくれた。そしてあの素晴らしい回復魔法……凄く温かかった」


「そうか……」


 やっぱりあのお尻ぺんぺんはソフィ(ことステファニー)へ強烈な印象を与えていたんだ。

 

 ソフィは、少し遠い目をする。


「ええ、それからずっと旦那様が気になっていたの。でも、もう二度と会えないとも思っていたから」


 確かにそうだ。

 相手は領主の娘。

 もう二度と関りなどないと思っていたし。

 ソフィの事情を知っても、身分の違い等々もあって、彼女を幸せにする手段なんて分からなかったから。


「だよなぁ……俺とお前の接点なんて、普通はないものな」


「そう! だから運命よ! 王都へ行く話も今だから笑って話せますけど……」


「だな」


「ええ、でも雨降って地固まるということわざ通りだわ。もしもあの話がなければ旦那様は私の下へ来てくれなかったから」


「うん! 確かにな」


 いろいろな偶然と巡り合いがあって、俺とソフィは結ばれた。

 彼女の言う通りだ。


「うん! いろいろな事が重なって、私は旦那様と結ばれた。自分ではどうしようもなかった、だから運命ね」 


「ああ、不思議だ」


「私が皆と最近している話も……不思議なのよ」


 ソフィは目を輝かせた。

 キラキラしている。

 俺は話の内容を聞いてみる。


「どんな話だい?」


「旦那様と皆で一緒に来年結婚して……数年後には子供が生まれる。少し前まで子供だった私が、もうお母さんになるなんてすっごく不思議」


「そうか……確かに不思議だな」


「でしょう? だって男の子と女の子、どちらが欲しいとか、何人子供を作ろうとか、どうやって育てようとか、クラリスと一緒に可愛い子供服を作って着せようとか……そんな事を話すなんて信じられないもの」


「おお、それ楽しそうだな、今度俺も混ざりたい」


「うふふ、旦那様は駄目! 女子だけの内緒話もあるから」


「あはは、駄目か」


 そうは言ったが、嫁ズの話に混ざれなくても構わない。

 何か……幸せだ。

 こう話していると。

 だって将来への夢が生まれて来る。

 ささやかな夢だけど……凄く素敵だもの。


 俺はひとつだけ、ステファニーへ告げようと思う。


「子供っていえば……ゆくゆくは相談しよう」


「相談?」


「お前の実家オベール家さ」


「オベール家?」


「ああ、お前はひとり娘だし、跡継ぎの問題もある。簡単に解決する問題じゃないが……お前のお父さんも必ず幸せにしたいから」


 ソフィの実家オベール家の事は、ずっと考えていた。

 今は上手い方法が見つからないが、いずれ何とかしたいと切実に思う。

 

 そんな俺の気持ちを、ソフィもすぐ分かってくれたようだ。

 じっと、俺を見つめてから、叫ぶように言う。


「……ありがとう! 旦那様、大好きっ、大好きっ!」


 ソフィは俺に飛びつくと、甘いキスをいっぱいしてくれたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る