第93話 「貴族令嬢を救出せよ②」

 俺が決断したのを聞いてクッカは、満面の笑みを浮かべた。


『うふふ、勿論私もお供しますよ。いつものように全力でサポートします』


『そうか! ありがとう!』


『うふ! 今から急遽出なくてはいけませんから、申し訳ないけど、村の女の子達には事後報告するしかありませんね』


 そうだな。

 今は、夜。

 まだ午後8時を少し回ったくらいだが、朝が早いボヌール村は、夜寝つくのも早い。

 いきなり起こしに行ったら、嫁ズの家族も巻き込んで何事かと大騒ぎにもなる。

 納得!


 さすが、気配りの女神クッカ様。

 やはり俺の嫁さんは最高だ。


『OK! じゃあ、すぐに支度しよう。念の為、ステファニーの部屋に入るまでは俺だと絶対に分からないよう、風貌を変えようか』


『はい! その方が賢いです』


 その時。

 珍しく口を挟まずに傍らで聞いていたジャンが、真面目な顔で俺に頼み込んで来たのである。


『ケン様、お願いします』


『ん? 何?』


『俺も一緒に連れて行って下さい。ステファニーちゃんを助ける為に頑張ります、きっとお役に立ちますよ』


 ジャンは、俺の使いをしてステファニーにハグして貰った。

 その上、キスまでも。

 まさに役得。

 

 その時、ステファニーは貴族特有の高慢さが抜け、素直になっていた。

 いやそれが、本来のステファニーなのだろう。

 そんな素のステファニーを、ジャンはとても気に入ったようなのだ。

 今、危機に陥ったと思われるステファニーを、何とか助けたいと考えたらしい。


 変わった、と言えばジャンも最近凄く変わった。

 相変わらずケルベロスと口喧嘩はするが、『ちゃらっ気』が抜け雰囲気がどっしりとして頼もしくなった。

 

 だから村の猫達の受けも良い。

 ステファニーの件では色々と頑張って貰ったし、俺はジャンの男気に応えてやりたいと思う。


『クッカ、ジャンも連れて行きたいんだが』


 俺がクッカに伺いをたてると、全然OKだという。


『良いじゃないですか、私は大歓迎です。一緒に連れて行くには、旦那様がジャンちゃんを抱っこして転移魔法を発動すればOKですよ』


 しかしクッカの言葉を聞いて、ジャンは顔をしかめた。


『うわぁ、ケン様にかよ? 俺……男に抱っこされるの嫌だなぁ……』


 馬鹿野郎!

 俺だって、男のお前なんか抱っこしたくねぇや。


 しかし、これだけ付き合うと、ジャンの性格も分かって来た。

 今のだって、半分本音なのは間違い無いが、半分は『照れ』なのだ。

 だから、俺は「しれっ」と言ってやる。


『じゃあ良いよ、嫌だったら置いて行くから』


 するとジャンの奴、案の定、速攻で謝って来る。


『あわわ、ご、御免なさい! もう二度とそんな事言いません、どうかお願いします! 俺を連れて行って下さい』


『よしっ! 許す』


『うふふふふ』


 こうして俺、クッカ、ジャンの3人はステファニーの居るエモシオンの町へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 何度も使っているから、転移魔法も慣れたもの。

 

 俺達はあっという間に、エモシオンの町から少し離れた場所に着いた。

 今夜は月が綺麗で、淡い月明かりが正門を照らしている。

 まだ宵の口だが、夜は魔物や山賊などの襲撃があり、とても物騒なので正門は堅く閉ざされていた。

 

 それに、俺達も真っ正直に正面から入るつもりはない。

 

 再び転移魔法を発動させて、町へ入った俺達。

 更に、索敵魔法を駆使しながら人目につかないよう、徐々にオベール様の城館へ近付いて行った。


 加えて使っているスキルはといえば、森へ行った時同様、暗視、気配消去、そして浮上の魔法。

 まるで、気分は忍者。

 

 だから、俺は衣装もまた黒ずくめファッション。

 魔王の手下風だと凶悪過ぎてステファニーが怖がるから、もう少し優しいイメージには変えてあるけど。


 そんなこんなで近付くと、城館の周囲も幸い人影が無い。

 俺は先日の段取りと同じく、俺の発動体と化したジャンを城内に忍び込ませた。

 ステファニーの部屋は、以前来た時に分かっている。

 だから、ジャンの侵入場所も部屋に1番近いピンポイントの場所だ。


 城館内へ入ったジャンの視点から、中が見える。

 庭にも、人影が無く好都合。

 音もなく走るジャンは、ステファニーの部屋の下まで走った。

 

 俺は運が良い!

 何と、またもやステファニーは自室の窓を開け、ぼうっと外を見ていたのだ。


『ステファニーちゃん!』


「え!?」


 いきなり呼び掛けられたステファニーは吃驚して左右を見渡してから下を見た。


 にゃおん!


「ああっ! ジャン……」


 ステファニーは思わず大きな声を出しそうになり、慌てて口を手で押さえた。


「と、言う事はケンも……」


 ステファニーは声を潜め、改めて左右を見渡した。

 多分、俺を探しているのだろう。

 早速、念話で呼び掛けてやる。


『ステファニー! 俺だ、ケンだ。魔法で変身して姿は違うけどケンだよ』


「ああ、あああ……」


 ステファニーが、両手を広げている。

 切ない! という波動が強く放出されている。


「ケン!」


『大きな声を出すな。今、おまえの部屋へ行くが大丈夫か?』


「わ、分かったわ、ケン。……私の部屋へ来て、早く来て」


 俺はまずジャンを部屋に送り、自らもステファニーの部屋へ転移したのであった。

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