第92話 「貴族令嬢を救出せよ①」

 村長見習いになって、暫く経った……


 ジョエルさんはどんどん仕事を振って来るようになった。

 やる事が一気に増えて、俺は一層忙しい。

 だが、それもすぐ慣れた。

 お陰で村の仕事もひと通りこなせるし、嫁ズとの仲もどんどん深まるという、充実した日々を送っていた。

 

 そんな、ある日……

 ひょんな事から、『噂』を聞く。

 

 領主オベール様が治めるエモシオンの町から、北のジェトレ村へは相変わらずいくつもの商隊が行き来している。

 その中の、とある商隊が途中、ボヌール村に寄った。

 当然、あのケチ親爺とは全く違う商隊である。


 商人達が宿泊する、大空屋の宿屋。

 ミシェルの手伝いをしていた俺は、ふと彼等の会話を耳にしたのである。

 前にも言ったが、俺の耳は常人の数十倍。

 ばっちり、クリアに聞こえてしまった。

 

 会話の内容を、聞いた俺は吃驚した。

 とんでもない話だったからだ。


「オベール様の娘ステファニー様が、エモシオンの町を数日後に出発して、王都へ嫁に行くそうだぜ」


「嫁ぎ先はさる伯爵様の三男坊だそうで、大層な事だな」


「でもよ、ステファニー様には王都から婿を取るんじゃなかったのか?」


「何でもステファニー様が嫁ぐ先の伯爵家は寄り親で、寄り子のオベール様はどうしても断われなかったそうだ」


「いやぁ、大変だねぇ、貴族ってのも」


 俺は、何事もなかったかのようにその場からダッシュ。

 さりげな~く、「寄り親・寄り子とは何ぞや」と、事情通のミシェルに聞いた。

 

 ミシェルは当然知っていて、いろいろと教えてくれた。


 寄り親・寄り子とは、親子を模して結ばれた主従関係。

 保護する側を寄り親と呼び、保護される側を寄り子と呼ぶのだそうだ。

 これって、貴族社会における派閥である。


 まあそんな事は置いといて、だ……

 それより、あのステファニーが結婚!?

 これって噂通り、多分彼女が希望した結婚話ではないだろう。

 

 ステファニー……大丈夫だろうか?

 大丈夫のわけ……ないよな。

 だけど、単なるいち領民の俺には関係ない話だし……

 

 俺は頭を振って、無理矢理その話を忘れたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その日の夜……

 最近は、日課のようになった夜のイベント。

 俺は、クッカとのデート&魔物討伐の準備をしていた。

 

 だが昼間、聞いた噂を思い出して凄く気になった。

 つい、出かける準備の手を休め、「ぼうっ」としていたらしい。

 気が付いたら考え込んでいたのだ。


 そんな俺へ、空中に浮かんだクッカが話し掛けて来た。


『ステファニーちゃんの事が、そんなに気になりますか?』


 クッカは俺が昼間の『噂』を聞いたのは勿論、以前ステファニーを力付けた事も、彼女の将来を気にかけた事も知っている。


 だから、ずばりと直球を投げ込んで来たのである。

   

『……ああ、まあな』


 俺の返事は、自分で聞いてもなんとも頼りないものであった。

 

 ……この異世界へ来てから、クッカはずっと俺のそばに居る。

 西の森で、俺が魂と身体を貸したあの日以来、また距離が近くなった気がする。

 気持ちや価値観、考え方を凄く理解してくれていて嬉しい、愛おしい。

 

 俺だってそうだ。

 毎晩デートしているから、クッカの性格や考え方、そして将来の夢が分かっている。


 強制的に結婚させられる、可愛そうなステファニーの力になってやれたら……

 そんな俺の気持ちを理解したクッカは、そっと背中を押してくれたのである。


『だったら、とりあえず会いに行ってあげましょう』


『え? 良いのかな……』


 俺には、判断が出来なかった。

 問題解決に対し、どうすれば尽力出来るか分からないのに、ただステファニーへ会いに行く意味があるのかが……


『うふふ、ケン様は……旦那様は優しいですね。色々と考えてしまうんでしょう?』


『色々か……そうだな』


『例えば……貴族には貴族の事情があるとか、自分には何もしてやれる事がないとか……』


『うん……』


『でもね、後悔しますよ』


『後悔?』


『ええ、後悔です。このまま何もしなければ……旦那様は必ず後悔します』


『…………』


 後悔……

 ステファニーと会わなければ、俺は後悔するのだろうか?


 俺は、まだ迷っていた。

 クッカは優しく微笑み、きっぱりと言い放つ。


『何もしないで後悔するより……全ての手を尽くして駄目で後悔する方がまだ良いと思います』


『同じ後悔するのでも、全ての手を尽くして後悔する方が、まだ良いか……』


 クッカの言葉を確かめるように、俺は繰り返した。


 そうか……

 やるだけやって、それでも駄目だったら……まだ、諦めもつくか。


 決めかけた、俺の気持ちを読んだかのように、クッカが檄を飛ばす。


『そうです! それに最初から諦めてはいけませんよ、レベル99の旦那様ならステファニーちゃんの力になれるかもしれないじゃないですか』


 そうだ!

 ステファニーから話も聞かず、何もしなかったら……

 俺は必ず後悔する。

 クッカ、ありがとう!


『そうか……そうだな! よっし善は急げだ。ステファニーにすぐ会いに行こう、これから!』


 遂に決断した俺は、とりあえずやれる事を全力でやろうと心に決めたのであった。

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