第85話 「女神と美少女の共通項⑥」

 ※この話から視点がケンへ戻ります。

 

 西の森、『ハーブ園』の近くに、俺とリゼットは待機している。


 害を及ぼしそうなゴブの大群約300匹が出現したが、あっさり葬られた。

 俺の忠実な従士ふたりが、獅子奮迅の活躍で掃討したのである。

 

 ケルベロスの目を通して、送られた映像はリアルな戦闘。

 殺し合いそのものだ。

 前世地球の女子なら悲鳴をあげて目をそむけるか、その場から逃げ去ろうとするか、どちらかだろう。

 

 しかし、この異世界の女子は、戦いの捉え方が違う。

 魔物や肉食獣との戦いが、「ごく普通に」って感じですぐ身近にある。

 現にボヌール村では、大勢の犠牲者だって出ている。

 だからリゼットは、怯えながらも最後まで戦いを見届けた。

 

 ケルベロスとジャンはそこいらの魔物など、問題にしないくらい強い……

 リゼットはしょっちゅう、俺から聞かされていた。

 でも、やっぱり心配だったのだろう。

 ジャン達が見事に勝利すると、ホッと胸をなでおろしたのである。


 やがて……

 ジャンとケルベロスのふたりは無事に怪我ひとつなく、意気揚々と帰還した。


「お疲れさん! ふたりともやるじゃないか」

「すご~い!」


 俺とリゼットは、引き上げて来たケルベロスとジャンをねぎらった。

 不思議な事に、『普通の犬』に擬態したケルベロスの背には、得意そうに胸を張るジャンが乗っている。

 

 途中から、何か相談した上でこうなったようだが。

 まあゴブとの戦いの最中で、何らかの作戦なんだと勝手に納得した。


 だけど、戦いが終わった今もこの状態?

 猫を乗せた犬?

 何それ?

 ケルベロスはジャンのしもべ?

 君達、いつの間にこんな関係になったの?


 そんな、俺の声が聞こえたのか……

 ケルベロスが怒鳴ると、背中を激しく動かしてジャンを振り落とす。


『ジャン、イツマデ、オレノセニノッテイルンダ! イイキニ、ナルナ!』

   

 でも、さすがに腐っても?妖精猫ケット・シー

 

 暴れ牛から振り落とされるカウボーイの如くであったが……

 ジャンは猫らしく、華麗に「くるり」と反転して着地する。

 降り立ったジャンは、2本足になり、すっくと直立する。

 そして、びしっとリゼットへ敬礼した。


『奥様! 俺とケルベロス2名、貴女の為に戦って参りました。この勝利の栄光を貴女へ捧げます』


 ジャンの、決めポーズと名台詞。

 女子の為に戦う、最高に勇ましい騎士。


『あ、ありがとう!』

 

 感動したリゼットが少し頬を赤く染めて礼を言うと、ジャンの奴ったら、態勢を崩し、もじもじしてやがる。

 

 あれ?

 何か言ってる?

 聞こえるか聞こえないかくらいで呟いている?


 しかし心同士の会話——念話でも、俺の聴覚は常人の数十倍。

 しっかりとクリアに聞こえております。


『おお、奥様、ご褒美として……ここ、今度デートしてくれませんか……って駄目?』


 は?

 デートしてくれ?

 リゼットと?


 どさくさに紛れて、人妻(結婚式はまだだけど)を口説いてるよ。

 こいつ!

 調子に乗り過ぎ。

 リゼットは「俺の嫁」だっつ~の。


 ちょっと怒った俺が軽く睨むと、ジャンが吃驚びっくりして飛び上がった。

 蛇に睨まれた蛙のように、頭を抱えてガタガタ震えてる。

 

 あれ?

 睨んだくらいで、ちょっと大袈裟じゃない?


 かたわらにいたクッカが笑う。


『うふふ、とてつもない恐怖を与えるスキルがあるんです』


『え? 恐怖を与えるスキル?』


『ひと睨みで、恐怖を与える戦慄のスキルです』


『戦慄のスキル?』


『はい! 誰もが怯える凶悪な悪魔王の眼差まなざし……それが自動発動したようです。ジャンは心底怖がっていますよ』


 戦慄のスキル?

 悪魔王の眼差し?


 そうか!

 そりゃ、やり過ぎだ。

 悪い事をした。


 見やれば、ジャンの奴、まだ頭を抱えて叫んでる。


『ケン様ぁ、御免なさぁ~い! もう奥様に色目なんか使ったりしませ~ん! デートにも誘いませ~ん!! だから食べないでぇ~!!!』


 不味まずそうな妖精猫なんて……飢え死にしそうになっても食わね~よ。

 でもリゼットの為に一生懸命戦ったんだから許してやらなきゃ。

 脅かしすぎて悪い事しちゃったな。


 俺は、リゼットと繋いでる手を離した。

 これでジャンだけと喋れる筈だ。


『ジャン、いきなり脅かして悪かった。お前はよくやったよ。怒ってなんかいないから次は俺の為にも働いてくれよ』


『はい~っ、うううう』


『ほら、もう泣くな。村の猫達にはお前の大活躍を、俺からしっかり伝えてやるからさ』


 確かに、今回のジャンの活躍は素晴らしい。

 勇敢に戦った。

 このフォローは、俺からの感謝のしるし。

 そして、ジャンとケルベロスの間に生まれたらしい友情へのささやかな贈り物。


 いきなり俺のフォローを聞いたジャンは、驚いたのか目を丸くする。


『な、にゃっ? ほほほ、本当っすか!? やったぁ! これで俺もハーレム王だぁ!』


 何?

 ハーレム王?

 ジャンの奴め。

 変わり身早っ!

 もう晴々した顔してやがる。

 

 くすくすくす……


 誰かの、可愛い含み笑いが聞こえた。

 

 一体、誰だろう?

 チラッと声のした方角を見たら、何と! ケルベロスである。

 

 どうやらジャンの様子を見て笑っていたようだ。

 しかし……ケルベロスって女子みたいな、あんな可愛い声で笑うのかよ?

 意外!

 

 まあ、これは彼の仕返しだろう。

 ほら、ケルベロスがベイヤールを羨ましがった一件。

 素の姿に戻れないのを悔しがった事を、ジャンが大笑いしたから。


 ああ、そうだ、馬鹿やっているうちに思い出したぞ。

 やっつけたゴブの死骸を、何とかしておいた方が良い。

 へたをすれば不死者アンデッドになるし、他の魔物が喰い荒らしてもまずい。

 

 俺はリゼットを連れて、転移魔法を発動、戦いの現場へ。

 

 新たな災いが生まれないように……

 奴らの死骸を葬送魔法で『浄化』したのであった。

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