第84話 「女神と美少女の共通項⑤」

 ※前話に引き続き、今話は一時的に、主人公視点ではなくなります。 


 ケルベロスとジャンは、予定した方向へ駆けている。

 リゼットの夢の場所であるハーブ園から、少しでもゴブの群れを引き離す為だ。

 時折、ジャンが足を引き摺るようにして見せるのは、作戦通り手負いのように擬態しているからである。


 ゴブ達は小柄な体躯であるにもかかわらず、食欲は旺盛だ。

 食べられるものは、何でも食べると言っても過言では無い。

 

 約300匹の大群であるゴブの腹が、犬と猫たった2匹では到底満たせる筈はない がしかし、「目の前の獲物を捕らえろ!」という本能が思いっきり働いていた。

 その上、ジャンは手負いだと偽っていたのである。

 「見逃す」などという判断を下すなんて、ゴブ達には考えも及ばなかった。


 背中が、とてもひりひりする。

 ジャンはそう感じていた。

 「捕らえて、餌として喰ってしまいたい「!」ゴブリンの放つどろどろした食欲という本能の波動がジャンの背中を刺激していたのである。


 もう2kmは駆けただろうか……

 足が少し疲れて来た。

 でも、ケルベロスの言った5kmにはまだまだ足らない。


 頑張るぜ、あの子の為に!

 あの子は……

 リゼットは本当にいい子だ。

 誰にでも優しくてまるで天使さ。


 妖精猫ケット・シーのジャンには分かる。

 リゼットの柔らかい眼差しと、放たれる爽やかな春風のような波動で……

 後から追いかけて来るゴブとは大違いだと、ジャンは苦笑したのだ。。


 と、その時。

 先を駆けるケルベロスが止まると、いきなり話し掛けて来たのだ。


 戦闘が始まってから、ケルベロスはずっと無言であった。

 まるで「無駄口など一切不要」と言わんばかりに。


 だが、魔犬の口からいきなり発せられたのは衝撃的ともいえる発言である。


『ソロソロ、オレノセニノレ』


『は!? 俺の背?』


 一体、何を言っているのか!?

 ジャンは耳を疑った。

 白昼夢とまで思ってしまう。

 

 ケルベロスは誇り高い男である。

 

 あるじケンに召喚された縁でいやいや付き合って来たが……

 初対面ですぐに分かった。

 

 案の定、予感は当たった。

 常にジャンを見下す態度といい、物言いといいまるでプライドの塊だとジャンは感じていたのだ。

 それなのに……ケルベロスは、ジャンの馬代わりをするというのである。


『ナニヲ、グズグズシテイル、ハヤクノレ!』


『ど、どうして』


 ジャンは、やっとの事で絞り出すように声を出して聞く。


『トリアエズノレ。ハナシハソレカラダ』


『わ、分かった』


 ジャンは、もう遠慮しない。

 ケルベロスに「ひらり」とまたがった。


 うぉん!


 背中にジャンを乗せたケルベロスはひと声吠えると、また走り出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ハーブ園から充分離れた場所で……

 ジャンを背に乗せたままケルベロスは炎を吐き、ゴブリンの群れを蹴散らした。

 

 数を頼んで戦うしか能のないゴブリンは、相手の強さに敏感であった。

 ケルベロスが一騎当千の強大な相手だと知ると、一気に戦意を失ったのである。

 

 多くのゴブを噛み砕き、強靭な足で張り倒したケルベロスが「にやり」と笑う。


『ヨウシ、ソロソロイイダロウ。オレカラオリテ、ゾンブンニタタカイ、テガラヲタテロ』


『え?』


 ジャンはケルベロスの背に跨ったまま、ポカンとしてしまった。


 手柄?

 こいつは?

 また何を……言っているんだ?


『イキノコリハ、マダ100ハ、イル。コレダケタオセバ、ダレモ、オマエノツヨサヲウタガワナイ』


 今の言葉で、はっきり分かった。

 ケルベロスは、ジャンを助けて『男』にしようとしているのだ。


『ケルベロス、お前……』


『サア、イッテコイ。オレモエンゴスル』


『わ、分かったぁ! ふぎゃー!』


 ジャンは、雄叫びをあげてゴブリンの群れに突入した。

 妖精猫ケット・シーの武器は、信じられないほど速い身のこなし。

 そして岩をも切り裂く切れ味鋭い爪、そして頑丈な牙である。


 飛び散る血しぶき。

 そして断末魔の悲鳴。


 夢中になって戦うジャンを、ケルベロスはさりげなくサポートしている。

 何と!

 ふたりの呼吸いきは、まるで歴戦のコンビのようにぴったり合っていた。

 

 ――1時間後


 ……ケルベロスとジャンのコンビは、一方的な勝利を収めた。

 約300匹居たゴブリンの群れは、あちこちに無残な屍をさらしていたのである。

 生き残りは僅かに居たが……とっくに逃げ出していた。

 

 勝負はついた。

 ふたりは身繕いをし、返り血などを綺麗にした。

 このままでは主の前に出られないから。

 

 そんな身支度が終わった後……

 不思議な事にケルベロスはジャンを再び、背中に乗せて主の下へ急いでいた。


『どうして……』


 「聞きたい事がたくさんある」と、ジャンは思う。


『オマエヲセニノセタノハ、ワケガアル。オマエタチ、ネコゾクノカラダハ、チョウキョリヲハシルノニハ、ムイテイナイカラナ』


『…………』


 ジャンは、黙っている。

 そんな表向きの理由ではない、本当の理由わけが知りたいのだ。

 ケルベロスの真意が、聞きたいのである。


『フフフ、オレガソンナリユウデ、ノセタノジャナイトイイタゲダナ』


『そうさ、どうしてか、聞きたい。戦いの事も含めてな』


『オレハナ、オマエノコトバニ、ココロヲウタレタノダ』


『俺の言葉に……心を打たれた?』


『……アナタノ、ユメヲ……カナエルタメニ、タタカウ……マサニ、タタカウオトコ……キシヤセンシノ、コトバダカラダ』


 ケルベロスの目が、わざと遠くを見ている。

 敢えて、ジャンと目を合わせないようにしているようだ。


 ジャンも視線を外し、軽く息を吐く。


『ふう、何でかな? ……俺、あの奥様の顔を見たら……自然に気持ちが出ちゃったんだよ』


『ウム! オマエハ、オレトオナジ、オトコダ……コレカラモ、タノムゾ』


『ふん……分かったよ。恩に着るぜ、ダチ公め』


 ジャンは、自分でも驚いた。

 

 あれだけ嫌っていた相手が、もうかけがえのない親友だと思えたのである。

 しかし、ケルベロスの素は変わらない。


『ダチコウ? アイカワラズ、ゲヒンナイイカタダ』


『うるせ~! 俺っちはそういう育ちなんだよ』


 ……ケルベロスは、ジャンを乗せて走り続ける。

 

 と、やがて……

 主であるケンとリゼットが大きく手を振っているのが見えて来る。


 ケルベロスとジャンは、顔を見合わせて嬉しそうに笑ったのであった。 

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