第82話 「女神と美少女の共通項③」

『しゃ~! ふざけるなぁ! 駄犬め、黙っていろぉ』


 唸り、激高するジャン。

 歯をむき出し、全身の毛を派手に逆立てて怒る猫。

 対して、冥界の魔犬は表情を変えず冷静だ。


『フザケテナドイナイ。コンカイハ、アルジト、オクサマノアンゼンヲマモルノガ、ダイイチダ。オレガアルジノダイリトシテ、オマエト、イッショニタタカオウ』


 あるじである、俺達の安全が最優先。

 確かに、ケルベロスの言う事はいちいち正論だ。


 しかし、言い方がまずい。

 俺の代理という事は、イコール、ジャンの主人という事になる。

 相変わらずな上から目線も加わって、火に油を注ぐという効果しかない。


 案の定、ジャンはムキになってしまっている。


『う、うるせ~! 余計なお世話だ。おめぇみたいな駄犬の助けなんざぁ、いらね~よ』


 このままではまずい。

 らちが明かない。


『おいおい、ジャン。ケルベロスと一緒が嫌だったら、俺がお前と共に戦おうか?』

  

『駄目です! ケン様が戦えば村の猫達は全てケン様の力だって見てしまう。俺ひとりで充分ですぜ』


 俺が助け舟を出したが、無駄であった。

 ジャンは自分の名声を高める為に、並大抵の努力では足りないと思っているのだろう。


 俺の顔をじっと見つめたジャン。

 おお!

 動機は不純だが、固い男の決意を秘めた真剣な顔だ。


 同じ男として気持ちはお前の気持ちは分かるよ、確かにね。

 よっし!

 ここはジャンの顔を立ててやろう。


 今後の事も考え、俺はジャンの『心意気』を買う事にする。


『分かった! 今回のバトルはお前が男になれるチャンスなんだな』


『そうだよぉ! さっすが、ケン様は、よく分かっていらっしゃる。ちなみにひとつだけ確認だ』


 ひとつだけ確認?

 やけに慎重だな。

 何だろう?


『何?』


『ええっと……ちなみにゴブの数ってどれくらいですかね?』


『ゴブの数? えっと、索敵の反応によればざっと300匹だな』


『さ、300匹…………』


『…………』


 暫し、沈黙が流れる。

 ジャンの顔色に、何故か青味が増している。


『ややや、やっぱ、俺の活躍を見届ける証人が必要かもしれませんや。ケン様一緒に戦ってくれぇ』


 証人?

 ゴブの数が300匹と聞いて、臆したのか?

 びびって、盛大に噛んでるじゃね~か。

 

 ……しかし、ここは最後までフォローしてやるか。

 情けは人の為、いや猫の為ならずだ。


『OK! じゃあ俺も証人として行こう……奴等との戦いでハーブ園が荒れたらまずい』


『恩に着ますぜ、ケン様! さっすが勇者ぁ!」


『おうよ! それと、ジャンには俺からもうひとつ命じる事がある』


『え? もうひとつっすか? お、俺っちは何をすれば良い?』


『証人』として俺が同行すると聞いて安心したジャン。

またも噛みながら、素直に命令を受ける気になったようだ。


『コラッ、ダネコ。タメグチヲキクナト、ナンドモイッテイルダロウ』


 ケルベロスが、怒っている。

 確かにジャンの口の利き方はタメだし、フレンドリー過ぎる。

 だが、俺はとりあえずケルベロスをスルーした。


『ジャンには囮役おとりやくをやって貰う』


『囮役……ですか?』


『そうだ、ゴブの奴等を出来るだけハーブ園から引き離すんだ。お前の俊敏さなら絶対に大丈夫』


 ジャンは「ハッ」とする。

 リゼットが、真っすぐに自分の事を見つめていたからだ。

 優しいリゼットの眼差しは、ジャンの心を強く打ったようである。


『奥様……』


 しかし、俺とジャンの会話は念話だ。

 このままだとジャンは、念話のスキルがないリゼットとは直接話せない。


 こんな時はお助け女神クッカの出番だ。


『クッカ!』


『はい! リゼットちゃんとジャンちゃんが話す為には……旦那様がリゼットちゃんと手を繋いでください』


 おお、打てば響く、我が嫁よ。

 成る程!

 了解だ!


「リゼット!」


 俺が手を差し出すと、リゼットは一瞬首を傾げたが、すぐしっかりと握ってくれた。

 クッカが念話でジャンへ伝えてくれたので奴はすぐリゼットに話しかける。


『奥様、俺……戦うよ。奥様の夢を叶える為に』


 今日、ハーブ園へ来た目的をジャンは分かっている。

 だから、いきなり直球をズバッと投げた。

 

 でも……

 女子の夢を叶える為に戦う?

 何だよ、恰好よすぎる事をいきなり言うなよ。

 俺迄「じいん」と来ちゃったよ。


 男の、俺でさえそうだ。

 女子は、このような魂に響く言葉に滅法弱い。

 リゼットを見ると、やはり感激して目を「うるうる」させている。


『ありがとう、ジャンちゃん。けして無理をしないでね』


 ジャンは普段、天邪鬼あまのじゃくだ。

 しかし、女の涙に弱いのは俺もジャンも同じ。

 これは、男のお約束だ。


『全然無理じゃないっす! ケン様が俺の俊敏さを認めてくれたんだ……俺、頑張る! やり遂げるっす!』


『そうね……旦那様が貴方を認めたなら絶対に大丈夫よ! 自信を持って』


『サンキュー、奥様! 頑張りまっす!』


 ジャンは 、猫らしく尻尾をピンと垂直に立てた。

 これは、猫特有の喜んでいる仕草だ。


 しかし、やりとりを見ていたケルベロスが言う。


『ヨシ、ヤハリオレガイコウ。アルジヲ、チョクセツタタカワセルワケニハイカヌ』


『駄犬め、お前なんざ引っ込んでいろって言ったろう!』


 出た!

 ジャンとケルベロスの喧嘩。

 リゼットは驚いた後、ふるふると首を振る。


『ジャンちゃん、喧嘩しないで! ケルちゃんと一緒に頑張って!』


 ああ、リゼット。

 美少女の励ましは、まじ天使の囁きだ。


『はい~っ! 前言撤回! ケルベロスと一緒に頑張りまっす!』


 ははは、現金な奴だ。

 すぐ仲直りしやがった。


 ケルベロスは、そろそろ出撃の頃合と見たのであろう。

 ジャンに声をかける。


『ジャア、イクゾ』


おう!』


 ジャンの尻尾がピンとたったまま、一気に倍の太さになった。

 今度は、大きく気合が入った証拠だ。

 猫好きには常識だが、彼等の気持ちというのは表情は勿論、尻尾にはっきりと表れるのだ。


 こうして……

 猛る魔犬と気合みなぎる妖精猫は、共に出撃したのであった。

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