第81話 「女神と美少女の共通項②」

 ハーブ園があるのは西の森の奥まった場所。

 そのだいぶ手前から、俺とクッカは索敵を開始した。

 

 ゴブリンを始めとして、人間を襲う魔物どもは夜の方が、活発に捕食行動をする。

 だから、注意しなければならない。

 

 そして慎重に調べた結果……

 半径1Km 以内に敵は存在しない。

 

 でもリゼットは過去の怖ろしい記憶が甦ったのだろう。

 怯えた表情を見せる。

 

 安心させる為に、俺はリゼットと改めて両手をつなぐ。

 いや、繋いだだけじゃなくて、「きゅっ」と握ってあげた。

 

 乗っている荷馬車は従士ベイヤールの牽引。

 彼は指示をせずとも行き先が分かっている。

 だから自動運転。

 手を離して制御コントロールするなんて、普通の荷馬車には出来ない芸当だ。


 俺の優しさを感じて、リゼットは感激している。


「あ、ありがとう! 旦那様」


「ははは、さあ行こう」


 鬱蒼うっそうとした森の中には、人がまともに通れる道などない。

 無論荷馬車など簡単に入れるわけがない。

 

 俺達は荷馬車を降りて、ハーネスからベイヤールを外す。

 自由になったべイヤールは俺を「じっ」と見る。

 「窮屈な擬態を解いて良いか?」という問い掛けだ。

 

 森の中に人間はおらず、索敵に反応したのが、森の小動物だけ。

 なので俺はOKした。

 ベイヤールは擬態を解き、元の超が付くたくましい鹿毛馬へ戻った。


 光り輝く馬体は、全身がバネ。

 特に後肢は、異常な程発達しており他の馬とは全く違う。

 

 額に白星を持ち、後足にも白が入っっている。

 雄々しくも美しい妖馬、それがベイヤール。


 リゼットが、ベイヤール本来の姿を見て、惚れ惚れしたみたい。

 思い切り、深い溜息を吐いていた。


 本来の格好良いベイヤールを見たケルベロスが、すっごく羨ましそうな表情をする。

 ジャンなどアウトオブ眼中なのだろうが、ベイヤールには結構なライバル意識を持っているようだ。

 なので、やはりというか、「自分も『素』に戻りたい」と念話で意思を送って来たから、即却下した。

 

 まあ仕方がない。

 俺にとっては、怖ろしくも恰好良いケルベロスなのだが、三つ首で大蛇の尾が生えた本来の姿姿を見せれば、クッカとリゼットはすぐ卒倒してしまう。

 だから、ダメダメ。


 その腹いせだろう。

 ケルベロスは、やり取りを見て嬉しそうに大笑いしたジャンを、怖ろしい唸り声を上げて追い回していた。


 さてさてベイヤールをハーネスから外した後の荷馬車の処理が残っていた。 

 当然ながら、森の入り口にそのまま置いてはいけない。

 

 俺は空間魔法を応用した収納箱に仕舞う。

 クッカによれば、巨大なドラゴン3頭くらいなら楽に収納出来るそうだ。

 

 ドラゴン3頭って……すご~く微妙。

 聞けば、この異世界といえば、大きさを例えるのはドラゴンだという。

 捕食者の頂点たる怖ろしいドラゴンだが、今の俺なら戦えば楽に勝てるかもしれない。

 

 だが、俺は基本的に専守防衛。

 ボヌール村民に被害が出たり、その可能性がなければ、ほぼ戦わない。

 こちらからわざわざ仕掛けるような無益な戦いはNGなのだ。

 ドラゴンなんか、絶対に会いたくない。


 閑話休題。


 準備が出来た俺達は……

 西の森に分け入った。

 ハーブ園がどこにあったのか、リゼットの記憶は曖昧になっていたが、俺が覚えているから大丈夫。

 記憶のスキルがあるんだもんね。

 

 先頭にはケルベロスとベイヤールが立ち、俺と手を繋いだリゼットが続く。

 俺とリゼットのやや後方に、ジャンが音も立てずに着いて来る。

 索敵はずっと発動していたままだから、敵が襲って来たらすぐ分かる。


 クッカも、ずっとにこにこしている。

 これから、大好きなハーブ園に行くのだから無理もない。

 そういえば、幻影でもクッカは香りを感じる事は出来るのだろうか?


 俺はそんなとりとめもない事を考えながら、森の中を進んで行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 もう少しでハーブ園……

 という位置で、俺とクッカの索敵に『反応』があった。

 やはりというか、相手は……獰猛なゴブリンの大群だ。

 距離は約1km先……

 

 俺とクッカの索敵能力は、約1km先まで把握出来るのだが、この1kmは微妙な距離だ。

 人間なら歩いて15分もあれば走破してしまう。

 その上、ゴブどもの走る速度は人間よりずっと速い。

 あっという間にこちらへ近付いてしまうだろうから、ハーブ採取作業中に乱入されたら厄介である。


 俺とクッカは顔を見合わせ、頷く。

 意見一致だ。


『面倒だから掃討しちゃおう!』


『OKでぇす! 旦那様の判断は正しいですよ』


 と、その時!

 にゃあああっ!

 猫の鋭い声が響く。 

 

 そう、ここでいきなり大声で鳴いて自己主張したのが、妖精猫ケット・シーのジャンである。

 どうやら『俺の出番』だと思ったらしい。


『ケン様! 今回こそは俺が出張ってビシッと決めますぜ』


 だが、ストップを掛けたのがケルベロス。


『ダネコ! オマエダケデ、ハタシテダイジョウブカ?』


 ケルベロスは、ジャンに対し相変わらず言い方がきつい。

 最初から喧嘩腰だ。

 同情するわけではないが、このような物言いでは、ジャンが怒るのも尤もなのである。


 忠実な俺の従士ふたりはにらみ合い、またも一触即発の雰囲気となってしまったのであった。

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