第67話 「性悪猫の躾」

 エモシオンの町に来て、2日目の夜……


 同じ宿の同じ3人ひと部屋に、宿泊した俺達。

 昨夜眠れなかった分、レベッカとミシェルは爆睡している。

 その上、クッカから教授された『睡眠』の魔法も掛けたから、ふたりともそう簡単には目を覚まさない。

 片や俺はクッカへ相談した上で、従士である妖精猫ケット・シーのジャンを召喚していた。


「ケン様、俺をや~っと呼んでくれたねぇ。ケルベロスの馬鹿やベイヤールがバリバリ活躍してたからちょっち焦っていたぜぇ」


 ジャンは、いかにも残念そうに口を尖らせた。


 ホントかよ?

 良く見ると奴の口元に、何かよだれの跡がある。

 こいつめ!

 何が「ちょっち焦っていた」だよ!

 暇こいて、村のどこかでぐうぐう寝ていたな。


 俺がジャンを睨むと、こいつろくに俺を見ない。

 そして、違う方向を見ている。

 何か、すっごく嫌らしい目付きだ。

 気になって、ジャンの視線の先を追うと……


 ああっ、こいつの見ている先には!

 寝乱れた、レベッカとミシェルの肌着姿が!


『おおお! うっひょ~っ。ケン様の嫁さん達って可愛くて、色っぽいねぇ。寝姿がすっげぇ、エロい。そそられるねぇ』


 ジャンは身を乗り出して、前後不覚に眠り込んだ嫁ズをもっと良く見ようとする。

 俺は黙って……

 拳骨を一発喰らわせた。


 ゴン!


『うぎゃあああっ』


 俺に殴られた頭を押えて、ジャンは大袈裟に悲鳴をあげた。

 そんなジャンへ、クッカも冷たい眼差しを向ける。


『めっ! ジャンさん……今度、奥様方を変な目で見たら即、抹殺します』


『ははは、はい~っ』


 直立不動になり、クッカへ向かって敬礼するジャン。

 どうやらあるじの俺よりも、クッカの方が段違いに怖いみたいだ。

 その証拠に俺が声を掛けると、ガラッと態度を変えやがった。


『おい、ジャン』


『ん? 何だ、ケン様よぉ。一体俺は何をすれば良い? 何か気に入らない奴が居るからバンとやっつけるのか?』


 ふんぞり返るジャンへ、俺は真面目な顔で命令した。


『いや……お前には重要な任務を命じたい』


『重要な任務、良いっすね』


 嬉しそうな表情をするジャンに、俺は詳しい内容を告げる。


『ああ、お使いだ』


『お使い? ん~、パス! 俺はそこらの使い魔みたいに低級じゃない。それに、めんどいっす』


 重要な任務が『お使い』と聞いて、ジャンは態度を一変させた。

 性悪な駄猫め!

 ホント、俺を舐めてるな。

 従士として俺に尽くすと言いながら、この態度。


 ぽきぽき……

 俺はわざとらしく、指の関節を大袈裟に鳴らしてみせた。


『ふ~ん、パスねぇ……ジャン、すっごく面白い事言うじゃないか、お前も先日のオーガみたいに粉々の挽肉になりたいの?』


『へ!? 粉々の? ひ、挽肉!? じょ、冗談じゃあねぇ!』


 「冷え冷えした」俺の言葉を聞いて、ジャンは自分の置かれた立場をようやく理解したらしい。

 怯えたように首をぶるぶる左右に振る。

 俺の命令を素直に聞く気になったようだ。


『わわわ、分かりましたよ! で、俺っちはどこへお使いすれば良いんですかい』


『領主の城館だ』


『領主の!? おお、それを先に言って下さいよ。俺の俊敏さを活かした潜入捜査っすか? かっこい~! 俺、やる気出てきましたよ。気合入りまくりっす!』


 城に入り込むと聞いたジャンは、目の色が変わっている。

 何なんだ、この変わり身の早さは!

 だが、この場ではジャンのモチベーションを高めなくてはならない。


『気合が入った? それは良い事だ、そんなお前にもっとやる気を出させてやる』


『や、やる気を?』


『うん、お使い先の相手はな……城館の中に居る領主の娘、つまりお姫様なんだ。その子に届け物をして俺からのメッセージを伝えて欲しい』


『おお、ますますやる気が出て来ました! で、ひとつ確認させて下さい、そのお姫様って当然、美少女でしょうね?』


 当然、美少女?

 ……何だよ。

 美少女じゃなかったら、どうすんだよ!

 行かないのかよ?

 もしも不細工な子だったら、きっぱり断わるのかよ、お前は?

 

 しかし、とりあえず事実は伝えておかねばなるまい。


『ああ、間違いなくお前好みの美少女だ。名前はステファニー、17歳だよ』


『ひゅう! 17歳の貴族美少女ステファニーちゃん! おお、了解っす! 行ってきま~す』


 人間みたいに口笛を吹きながら、ジャンはすぐに出掛けようとした。

 だけど、俺はストップを掛けた。

 まだ、肝心の事をしていないからだ。


『ちょっと、待った!』


『は? 何です?』


『使いに行く前に、お前へ魔法を掛ける。俺の行使する魔法の発動体になって貰うんだよ』


『へ? 発動体?』


『うん! ちょっと身体がびりってしびれたり、違和感があるってクッカは言ってるけど、お前なら大丈夫さ!』


『げぇ! 何か嫌な予感がぁ! ひゃああっ、やめてぇ! ケン様ったら、いつの間にか悪魔みたいな顔になってるぅ』


 俺の意地悪そうな表情を見て、ジャンは怖れをなした。

 かたわらでは、クッカが俺同様に笑っているから尚更だ。


『ははははは、頼まれてもやめないよぉ』


『うわぁあああ……』


 にゃお~ん!


 部屋が、魔法の光でぱあっと明るくなる。

 

 そして俺達の泊まっている部屋に、悲しげな猫の鳴き声がひと声、響いたのであった。

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