第30話 「ふたりとも俺の嫁」

 こうして……俺の『研修』2日目が終わろうとしている。

 

 昨日の農作業と全く違い、今日は狩りと戦いの激しい『研修』であった。

 狩りはともかく、戦いの方は絶対に内緒である。

 万が一知られたら、大騒ぎされるのは確実。

 いろいろな意味で、大変だから。

 

 ……結局俺は、可憐な爽やか系美少女リゼットに続き、ツンデレな野生系美少女レベッカとも結婚の約束をした。

 凶悪なオーガの襲撃により、生死の境を共にした俺達。

 仲睦まじく寄り添い、完全にアツアツカップルだ。


 いつもの通り、村の正門が夕日で染まっている。

 

 怪我もなく元気な、俺達の帰還を認め、ガストンさんとジャコブさんが嬉しそうに手を振っている。

 朝はご機嫌斜めだった愛娘レベッカが、最高な笑顔で戻って来たので、父ガストンさんが心の底からホッとした表情なのが分かる。

 

 だけど……

 門の傍では、リゼットがぽつんと佇んでいる。

 朝は元気良く、俺の事を見送ってはくれた。

 しかし、俺とレベッカの仲がどうなるか、やはり気になっていたのだろう。

 

 こちらをじっと見るその姿は、儚く寂しげだ。

 元気なく、俯いてしまっている。


 自分が先に結婚の約束をしたが、レベッカとアツアツなのを見て俺に不履行されてしまったと思っているに違いない。

 俺はレベッカに了解を貰ってから、リゼットへ近付いて行く。


「ケ、ケン様……私……」


 俺を見るリゼットの声が、悲し気に震えている。

 この状況では、絶対に別れを告げられると思い込んでいるのだろう。

 あっさり振られてしまうと、決めつけてしまっているのだろう。


 だから、俺はそっと囁く。


「リゼット、お前の言う通りにしたからな」


「え?」


 驚き、戸惑うリゼット。

 そう、俺は彼女を、しっかりと安心させねばならない。


「俺は、お前とレベッカふたりとも嫁にするぞ」


 一番嬉しい言葉をいきなり掛けられて、リゼットは目を白黒する。


「あう!?」


 更に吃驚して硬直したリゼットを、俺は優しく見つめる。


「あはは、俺が大好きなお前と別れるわけないだろう? ああ、そうだ! 今夜はレベッカの家で一緒に夕飯を食わないか?」


「え!? そ、それは……」


 俺がリゼットを夕飯に誘うと、彼女は躊躇した。

 やはり、レベッカに相当気を遣っている様子だ。

 だが、俺の対策は万全である。


「大丈夫! レベッカのOKも貰っているから。……リゼットが来るのは大歓迎だってさ」


「ほ、本当に?」


 リゼットは、俺の陰から恐る恐るレベッカを見た。

 レベッカ……

 あいつ、普段はそんなに怖い姉御なのか?

 ……どんな猛獣なんだよ。


 レベッカは、笑顔でこちらへピースサインを送っている。

 それを見たリゼットは、ようやく安心したようだ。


「はい! 喜んで! 凄く嬉しいですっ」


 どこかの居酒屋の、接客マニュアルのようではあるが、リゼットは嬉しそうに微笑んだのである。


「じゃあ行こう」


「はいっ! すぐにお父さんとお母さんの許可を貰って来ます」


 こうしてリゼットは、俺、レベッカと一緒に夕飯を摂る事になった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 初めて来た、レベッカの家……

 従士という身分なのか、村長のジョエルさんの家に比べれば幾分質素だ。


 ひとりっ子のレベッカは、父であるガストンさんとふたり暮らしである。

 残念ながら、お母さんは少し前に病死したそうだ。


 そんなふたり暮らしの家にお呼ばれして、俺とリゼットを入れた総勢4人は今、夕飯を食べている。

 ガストンさんに聞けば、いつもふたりで食べる夕食がにぎやかで楽しいと言う。


 ちなみに村の食事は、どの家で食べてもそう変わらない。

 

 小麦の殆ど入っていない固めのライ麦パン、野生動物の肉と村で採れた野菜をどろどろに煮込んだ濃い味のスープというシンプルメニューであった。

 そんな食事を俺が摂るにあたって、リゼットとレベッカはかいがいしく世話をしてくれる。

 もう自分達ふたりは、俺の嫁だと言わんばかりに、だ。


「ふ~ん……」


 ガストンさんはこれでもかと俺に尽くすレベッカを、興味深げに見る。


「レベッカ、お前……今朝と随分変わったなぁ……優しくなった」


「な、何よ! パパ」


「いや、そうやっていると死んだママそっくりだと思ってな」


「な、何言っているの! いきなりそんな事言わないで!」


 レベッカは真っ赤になり、頬を膨らませる。

 にやりと笑ったガストンさんは俺に尋ねる。

 当然、今日の研修の成果である。


「ところでケン、今日はどうだった? 狩りは難しいだろう?」


「ええ、やっとの思いで兎を1羽狩る事が出来ました」


「そりゃ凄い! ケンは今日、生まれて初めて弓を使ったんだよな?」


「はい、レベッカの教え方がとても上手うまかったんです」

 

 俺が兎を1羽弓で狩ったと聞いて、ガストンさんは吃驚する。


 少し練習すれば、弓から矢は何とか放てるが、どこへ飛ぶかは保証出来ない。

 それを更に、獲物に当てて狩るのなんて至難の業。

 ましてや、的は小さくすばしっこい兎である。


 ちなみにレベッカは、オーガに襲われた時に驚いて自分の獲物を放り出してしまった。

 なので、今日の獲物は、俺が狩って魔法の箱に仕舞っておいた3羽だけなのである。


「むう、それでレベッカの方はたった2羽か? 少ないな、今日は」


「ちょ、ちょっと調子が悪かっただけよ」


 いつものレベッカなら、兎など最低5羽は狩るらしい。

 それがたった2羽であるのだから、ガストンさんが訝しがるのも当然である。


 『研修』の結果、俺が1羽でレベッカが2羽兎を狩ったというのは、レベッカが決めた内訳である。

 俺が0羽の『ボウズ』ではガストンさんが「娘の結婚相手として認めないだろう」とレベッカが主張したのだ。


 夕飯後……

 全員でお茶を飲み、デザートの梨の蜂蜜漬けを食べた。

 デザートがつくのは、今日が特別な日だからだろう。


 愛娘レベッカのベタ惚れな態度を見て、ガストンさんは嬉しそうに目を細める。

 最初からレベッカを俺の嫁にするつもりだから、愛娘が俺とベタベタなのも全然平気らしい。

 レベッカが俺に惚れて、一方俺は彼女を大事にし、ふたりが幸せになれば良いのだろう。


 先日リゼットをゴブから助け、今日兎をいきなり1羽狩った事で、ガストンさんは俺をすっかり認めてくれたようだ。

 リゼットが一緒に居るのも、この世界の結婚が一夫多妻制を認めているので抵抗がなさそうである。


 夕飯が終わって、夜も更けて来た。

 俺とリゼットはそろそろ失礼すると宣言し、レベッカは俺達を送って行くという名目で夜の外出を認めて貰う。

 別れ際、俺はガストンさんから意味ありげに頼まれる。


「ケン、頼むぞ」


 これって「レベッカを幸せにしろ」という事だろう。

 だが、「早く孫を作れ」と言われた気もして、俺は内心ひきつりながらも何とか無言の笑顔で返す事が出来た。


 こうして俺とリゼット、レベッカの3人は俺の家へ移動したのであった。

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