第12話 「クッカのふたつ名」

 今は、真夜中……


 俺は幻影のクッカを伴って、村からずっと西にある森の中を進んでいる。

 向かう目的地は、リゼットが見つけたという森の中にある薬草の群生地。

 

 しかし……

 夜の森が、こんなに怖いとは思わなかった。

 

 あちこちの方向から、様々な獣の声が聞えて来る。

 「がさがさ」と、草を鳴らす音もする。

 索敵で相手の正体が一般的な動物だと分かり、魔物では無いことが幸いではあった。

 だが、普通の人間にとってそれくらい夜の森は不気味だ。


 勇気のスキルが無ければ、俺はぶるって歩けなかっただろう。

 暗視のスキルが無ければ、僅かな月明かりしかない森を進めやしなかっただろう。

 スキルを与えてくれた管理神様、手解きしてくれたクッカ、ありがとう!


 そうこう考えているうちに、薬草の繁茂している場所に着いた。

 先程着地した場所同様、木々が途切れ、森の中の小さな草原という趣きである。


 クッカが、「にこっ」と微笑んだ。


『リゼットちゃんが探していた、薬草の採取場所はここですね』


『おおっ!!!』


 凄いな、ここ!

 様々な花が、咲き乱れている。


 近付くにつれて、俺の鼻腔をくすぐる濃厚な香りが強くなっていたので分かったが……

 クッカの言う薬草とは、この異世界ではハーブの一種らしい。

 ハーブに関して、俺にあまり馴染みはなかったが、「身体に良い」というイメージだけはある。


 だが、どれが何だろう、これ?

 幼い頃田舎で育ったが、植物関係はからきしだ。

 

 俺は野球が好きで大人の草野球を見るのが好きだったし、基本的に男の子って、カブト虫遊びと釣り等がメイン。

 たまに近所の農家を手伝って、草むしりくらいはしたけれど、今、流行のガーデニングとも無縁の男だ。

 まあボヌール村に住むからには畑仕事くらいは覚えたいので……そういうスキルもあるよね?

 地球のハーブとは全く違うような気もする……

 なので、とりあえず俺はクッカを頼る事にした。


『どうしよう? ハーブかな、これ? 俺にはどれが何なのか分からないよ。 悪いけどクッカにお願い出来る?』 


 クッカは「任せろ!」というように、小さな手で胸を軽く叩く。


『えっへん! お任せ下さい! 数多あまた居る女神達の中でも史上最強のお茶汲み係として名を馳せましたからっ! ふたつ名は、お茶汲みのクッカ!』


 お茶汲みが、得意だから?

 ……あのね、『まま』じゃん!

 それに、いばるような称号でもないような……


 しかし、やる気が出ているクッカのモチベーションを下げるのは愚の骨頂だ。


『よ、よっし! クッカ頼むぞ! 確かリゼットのお祖母ばあさんって熱があって身体がだるい風邪だって言ってたよ』


『了解!!!』


 クッカが指差しして選んだのが、小さな白い花をつけているハーブである。

 俺は、早速摘んでみた。


『これは?』


『ララルーレですよ! この花を乾燥させて飲むと様々な症状に効果があると言われます。風邪以外に鎮静、発汗にも良いですね』


 ……う~ん、全然聞いた事がない。

 やはり地球のハーブとは、全く違うようだ。

 クッカは、他にもいくつか花と葉を指し示した。


『他にも、トットコ、ラーダ、フィルなども持って行きましょう。トットコの花も風邪に良いのですよ。たまにララルーレが身体に合わない人が居ますので、こちらもあれば万全です!』


 詳しいなぁ!

 さすが『お茶汲みのクッカ』!!!


 それに、やはりオールスキルというのは伊達ではなかった。

 クッカが教えてくれる知識が、どんどん自分の中へ入って来るのが分かる。


 しかし、この場所は凄い!

 クッカが選んだ以外にも、周囲にはたくさんの種類のハーブが生えている。

 ここは、自然が創り出したハーブ園なのだ。


 俺は、言われた通りに結構な量の花と葉を摘み終わった。

 クッカは、納得したように大きく頷いている。


『成る程! リゼットちゃんが無理して来ようとしたのも分かります。この場所のハーブは結構な種類があって様々な症状に有効ですから』


『確かに!』


『加えて、ボヌール村には碌にお医者さんが居ないみたい……御年を召した治癒師の女性がおひとりだけ居るだけみたいですよ』


 そうか……

 医者不足ね。

 ボヌール村も超がつく僻地だけあって、良い部分だけじゃあないな。


 あ、そうだ!

 良い事、思い付いたっと!

 俺の頭にLED電灯が明るく「ぱああっ」と輝いたのだ。


『これ株ごと持って帰って畑や庭に植えられないかな?』


『派手にやらなければ大丈夫ですよ』


『派手?』


『はい! 派手な魔法や体術、特異なスキルを見せてしまうのと一緒です。いきなり村へすっごいハーブ園が出現すれば、領主がすぐ目を付けます。ケン様はすぐお城に呼ばれてゆくゆくは……』


『うわ! そうか!』


 LED電灯、即消灯!

 俺は「がっくり」と項垂れた。


 やっぱり全てにおいて、地味に目立たずやらないと駄目なんだな……


『ケン様がお持ちの魔法スキルとして強力な回復魔法もありますけど、こちらも同様ですよ。使用には細心の注意を払って下さい。治療してあげた村民の方が感激のあまり、ついつい周囲に話してそれが領主に伝わったら……ケン様はア~ウトです!』


『そう……だよな』


『はい! ア~ウトになるのは困ります! 良いですか? ケン様は私と、リゼットちゃんを含めたあの村の適齢期の女子全員のモノですからね!』


『は? 私とあの村の適齢期の女子全員のモノ? 何それ?』


『ええっと、私って今、何か言いましたっけ?』


 言ったよ、確かに!

 凄い事!!!


『それよりここで問題です! この薬草、どうやって持ち帰りますか?』


 あ、誤魔化した!

 でも今、大事なのはハーブの収納と運搬か。

 それも、暫く隠しておける場所……


 あ!

 そうだ!


『よくある魔法の収納の箱とか!』


 ピンポン! ピンポン! ピンポン!

 (クッカの声)


 ……正解か


『じゃあ言霊は収納リシープト?』


 俺が何気に呟くと、摘んだ花と葉が空間に吸い込まれて行く。


『うふふ、正解です! この魔法の応用で異界も創れますよ』


『異界?』


『はい! いわゆる亜空間です。おイタをした、わる~い奴をいっぱい閉じ込めておけます』


『おお、牢屋か!? それすっごく良いなっ! 俺の引きこもりにも使える?』


『使えますよぉ! 最強のひきこもり部屋になります!』


 俺とクッカの話が、盛り上がった瞬間。


 ぎゃおおおおっ!!!


 いきなり俺の耳に、断末魔の悲鳴が聞こえた。

 人間ではなく、動物の声である。

 

 声がした場所は、結構離れていた。

 だが、昼間のリゼットの悲鳴を聞きつけたのと同様に聴力も異常に鋭くなっているようだ。


 そして、さっき把握していた生命反応がひとつ、あっさり消えたのである。


『これってさっきの熊かな?』


『はい! そうですね、一撃で死んだようです』


 熊を一撃で倒す奴。

 一体、何者だろう?

 さあてクッカ、索敵は?


『むむむ、犯人達はアンノウンですね』


 クッカは、相手の識別が不可能だという。

 俺の索敵も同様だ。

 動物だと、ほぼ正体が分かる。

 と、いうことは魔族か、魔物か、それとも悪意を持つ人間なのか?


『どうしましょう、行ってみます?』


『うん。万が一、村に害を及ぼす奴だったらまずい。……行こう!』


 幸い勇気のスキルのお陰で、相手が誰だろうと怖くはない。


 俺はクッカと共に、森の奥へ駆け出したのであった。


 ※この話はフィクションです。ハーブの名前は仮のもので実際のものと一切関係ありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る