第2話 「金、銀、銅の選択」

 見知らぬ街の中をあてもなく「とぼとぼ」歩く俺にまた異変が起こった。


「ええっ!? な、何だ?」


 再び気が付けば、また景色が変わっている。


 周囲は現実離れした世界、何もない真っ白な空間だった。

 俺自身は、何と……身体がなくなっている。

 

 意識は、ちゃんとあるのに?

 絶対に何か起こっている。

 ……俺の身に。


 その時だった。


『お~い! ケン君! こんちは~』


 いきなり、俺の心に声が響いたのである。

 声からしたら、30歳くらいの男性?

 このパターンは、もしかして、もしかして、大好きなラノベのテンプレパターンか?

 だって、周囲には、相変わらず誰も居ないもの。

 

 ……嫌な予感がした。

 架空の小説で、面白がるのは良いけれど、そんな事件が自分の身に直接起こるのは真っ平御免だから。

 帰る予定の故郷の田舎で、平々凡々に生きるのが、俺の望みだったはずなのに……

 

 何も無い空間へ向かって、俺は恐る恐る問い掛ける。


『ここって一体……どこですか? そして貴方はもしや……神様ですか?』


 俺の質問に対して、「違うよ」という答えが欲しかったのに。

 即座に来たのは、やはり、お約束な返事である。


『うん! 君と話しているのは魂と魂の会話で念話。そして僕は神様、これから君が行く世界の管理神だよ~ん』


 管理神様!?

 そして、だよ~ん?

 

 何だそれ? 軽いよ!

 いや訂正、すっごくフレンドリーな管理神様だ。

 でも、これなら、緊張せずざっくばらんに聞ける。


『え、ええと……これって? もしかして転生って奴ですか?』


『そうだよ~ん、これはよくあるテンプレ的異世界転生って奴さ、今ね、君が居るのは異世界へ行く前に一旦来る異界のどっかかなぁ』


 ここで、俺に疑問が湧く。


『で、でもですよ! 俺は、死んだ覚えがありません。死んでもいないのに、いきなり転生で異世界へ放り込むなんて酷くないですか?』


『い、いやぁ~、実はさ、ちょ、ちょっとわけありでね~。アクシデントがあって、君は死んじゃったんだよ~ん』


 ええっ?

 俺って死んだの!?


 衝撃の事実を聞いた俺だったけど、あっさり言われて逆にショックは少なかった。


 一方、少し慌てた管理神様は、妙に歯切れが悪い。

 それに『わけありで』って酷い……まるでどこかのバーゲン品じゃないんだから!

 凄く噛んでるし、ちゃんと理由を言わないのは超怪しい!

 

 管理神様は、まるで俺の冷たいジト目を、見ているかのように歯切れが悪い。


『まぁ、人間は所詮いつかは死ぬんだけどねぇ。今回はケン君がさぁ、いきなり死んじゃって超焦ったよ~ん』


 超焦った?

 じゃあ、俺が死んだのは、完璧にイレギュラーって事じゃないか!

 

 さっきのフレンドリー発言取り消し!

 ノーカウント!

 あんたさ、超いいかげんな神様だよ!

 ここはしっかり抗議しよう。


『何ですか、それ! 神様の手違いなら、すぐ生き返らせてくれるんですか? そしてここはどこなんでしょう? 俺……折角、自分の故郷へ帰ろうとしていたのですよ?』


『君を生き返らせるのは無理だよ~ん! 覆水盆ふくすいぼんに返らずって言うじゃな~い』


 一生懸命抗議しても、神様は全然臆したところがない。

 仕方なく俺は、もう少しだけ突っ込む事にした。


『管理神様、貴方、何か自分のミスを隠して、俺をケムに巻こうって気配がぷんぷんですが……』


『まあしょうがないよ~ん、誰にだってミスはあるじゃな~い』


 おお、見事に開き直った!

 これじゃあ、駄目だ。

 全然、動揺してしないし、言い切って平然としているよ。

 

 そうか!

 思い出した!

 このような場合、神様は絶対に自分の非を認めないんだ。

 

 直感ではあるが、何となく神様とこのまま話しても、ずっと平行線のような気がした。

 考え直した俺は、これ以上抵抗せず『前向きな話』をしようと決めた。


 今の、この状態って……

 管理神様が言う通り、多分……俺は死んでいる。

 

 前の世界へ生き返る事は、不可能なのだろう。

 だから、俺は諦めた。

 「すぱっ」と切り替えて……『実』を取る事にしたのだ。


 「開き直った」俺は、管理神様に問いかける。 


『じゃあ、管理神様。手違いで死んだ代わりに何かケアしてくれるのですか?』


『うん、今回はお詫びに、ばっちり大サービスするよ~ん』


 大サービスするよ~ん?


 本当に、砕けた物言いをする管理神様だ。

 だけど『大サービス』って?

 一体、何だろう?

 逆に、話がうますぎてヤバそうじゃないか?


 せっかちそうな管理神様は、間を置かずに「さくっ」と言って来た。


『これから、君が行くのは良くあるパターンだけど剣と魔法の異世界だよ~ん。もし僕から、美人の先生と凄い力を得たら、君はこれからどうする、どうするぅ?』


 美人の先生?

 凄い力?

 あの、抽象的過ぎて……ピンと来ないんですけど。


 だが、一応『反応』しておかないとまずいだろう。

 管理神様の機嫌を、損ねたくない。


『いやぁ……美人は大好きですし、俺って至極平凡な男でしたから……凄い力なんて貰えたら、一応、嬉しいことは嬉しいと思います』


 俺の反応に、満足したらしい管理神様は、本題を切り出す。


『そっか! よ~し! じゃあ君に好きな道を選ばせてあげるよ~ん』


『好きな道?』


 俺が呟いたと同時に「ボン」というベタな音が響き、白煙の中からいきなり3人の女性が出現した。


 おお、若い女子が3人!?

 全員……凄い美人だ。

 美人と言っても、それぞれタイプが違うけど……

 

 何と!

 見た目がもろ、人間族じゃないお方も、ひとり混ざっている。

 中二病の俺にはすぐ分かる。

 ひとりは、エルフの女子だ。


 びっくりする俺に、管理神様の声が響く。

 面白そうに笑っている。 


『ふふふ、この3名は全員女神だよ~ん!』


『え? 女神?』


『そうだよ~ん。君の名はケンというじゃないかあ。だから今回は剣をラッキーアイテムにしてみたよ~ん』


『剣? あ、ああ……』


 俺が改めて見ると確かに女神達は皆、手に剣を掲げていた。

 3人が持つのは、それぞれ違う色のロングソードだ。


 あの、確かこれは……

 木こりが泉に鉄の斧を落としたイソップ寓話で、正直者が最後には救われるとか、そんな話じゃなかったっけ。

 俺がそう思っても、管理神様は華麗にスルー。


『じゃ~ん! ひとりめのサポート女神は、金の剣を持つエルフの女神ケルトゥリだよ~ん』


 管理神様が言うと、金色の剣を持つエルフの女神様ケルトゥリさんは、優雅に一礼をした。

 サラサラ金髪&長髪で、鼻筋の通った端麗な顔立ち。

 切れ長の目、菫色すみれいろの瞳で、見下すように俺を見ていた。


 「ツン」として、プライドが超高そうな雰囲気である。

 そして、独特なデザインのエルフの衣装に包まれているスレンダーな体型。

 俺の持つ、エルフのイメージ通りだ。


 でも、そんなエルフ美人より、俺が気になったのは?


『管理神様、サポート女神って何ですか?』


『ああ、彼女達が美人の先生だよ~ん』


『び、美人の先生?』


『うん! つまりぃ、これから君が行く異世界でね、生きて行く為にさ、いろいろ手解てほどきしてくれる仙人……じゃない、専任。専任女神だよ~ん』


『へぇ! 専任って言うと、俺だけについてくれる担当って事ですか?』


『うん! そうだよ~ん。君の専任になる女神の事だよ~ん』


『め、女神が! て、手解き……かぁ……うふふ、何か、期待しちゃいますね!』


『残念! 手解きと言っても、君が期待するおっぱいの揉み方とか、エッチな事は教えないよ~ん。それに彼女達は本体を天界へ置くよ~ん。君には幻影で会う事になるよ~ん。だから君から女神のおっぱいへは、直接触れられないんだよ~ん』


 うっわ!

 俺のストレートな希望を『おっぱい』じゃなかった……

 『いっぱい』考慮して頂き……詳しい説明……ありがとうございます。

 お陰様で、女神様達から見て、『俺のイメージ』がしっかり固まってしまいましたとさ……

 

 それにしても、エルフの『おっぱい』って……

 俺がそう思った瞬間、ケルトゥリ様は青筋立てて凄い目で睨んで来た。

 やっべ!


 「びびった」俺が顔を伏せると、管理神様の声が響いて来た。


『話を戻すよ~ん、金の剣を持つケルトゥリを選べば、君はエルフの国……エルフは蔑称で、正式にはアールヴって言うんだけどねっ』


『はあ、アールヴっすか』


『うん! 後でしっかり憶えておいてよ~ん。ややこしいから、今はエルフにしておくよ~ん。ケン君はエルフの勇者に転生する。あらゆる魔法に長けたエルフ族の超魔法剣士ってとこだよ~ん』


 え?

 俺が?

 この俺が、エルフ族の魔法剣士になるの!?

 

 具体的なイメージ……湧かねぇ!

 あのファンタジー映画の、某外人俳優が恰好良すぎたからねぇ。

 今、無理矢理考えても……顔が全然似合わねぇ!


『うふふ、転生すれば顔なんて何とかなるよ~ん。それとケルトゥリが「ちっぱい」なのは仕方がな~い。まあ、我慢するしかないよ~ん』


 管理神様は、俺の心を読んだらしい。

 でも……ケルトゥリが『ちっぱい』って……

 それ、すっげぇ『余計なひと言』ですよ。

 だって……


『はぁ!? 私が、一体何ですって! いくら管理神様でも失礼ですよ!』


 ほらぁ!

 ケルトゥリが輪をかけて怒って、金の剣を「ぶんぶん」振り回しているよ。

 ああ、そんな酷い事、俺が直接口に出して言ったんじゃないのに!

 目を吊り上げて、こっちを「ギロリ」と睨んでいるし……


『はぁぁ……』


 俺は、大きなため息をついて、ケルトゥリから視線を外した。

 しかし、管理神様は『おかまいなし』である。


『じゃあ、次の女神行ってみよ~ん! 銀の剣を持つ戦いの女神ヴァルヴァラだよ~ん』


 管理神様から紹介された戦いの女神は、銀の剣を数回素振りした。

 「びゅんびゅん」風を切る、凄まじい音が響き渡る。


『宜しく、人間! この美しく強い私を選べばビシバシ鍛えてやるぞ』 


 ヴァルヴァラさんは、赤毛レディッシュの短髪。

 一見、人間族風だが、少し違う。

 だけどダークブラウンの瞳を持つ、野性的な凛々しい男顔の美人である。

 

 そして、革鎧をまとった身体も異様に逞しい。

 ボン、キュッ、ボンは勿論だが、全身を分厚い筋肉の鎧で覆っていた。

 はっきり言って、超体育会系姉御だ。


『ケン君、銀の剣を持つヴァルヴァラを選べば、君は人間の強き勇者に転生する。剣と格闘に長けた、体力抜群な人間の超戦士ってとこだよ~ん』


 管理神様の説明を補足するように、ヴァルヴァラさんは言い放つ。


『人間! 私を選べば間違いなく無敵な勇者にするぞ。王都に赴いたお前を誰もが尊敬し、見合う実力も付ける事が出来る! そこらの魔王など楽勝で倒せるほどにな』


 成る程!

 誉れ高き、強靭な勇者になって魔王を倒す!

 よくあるパターンだ。


 実のところヴァルヴァラさん、銀の剣を持たされて悔しかったようなのだ。

 金の剣を持たされたケルトゥリお姉様を、『ライバル視』している波動が伝わって来る。

 

 でもさ!

 んなの、答えはもう決まっている。


『いや……折角ですが遠慮します』


『はぁ!? え、遠慮するだと? 強き勇者になってにぎやかな王都で可愛い女の子一杯引き連れてハーレムうはうは! とかしたくないのか? いわゆる俺TUEEE状態だぞ!』


 驚いて必死に口説いてくるヴァルヴァラさんであったが、俺の気持ちは変わらない。

 逆に、きっぱりと言ってしまう。


『いえ、申しわけありませんが、断固お断りします! ごみごみして、空気の悪い都会のわずらわしさが嫌で、故郷に帰ろうと思っていたのに……また逆戻りなんて真っ平です。勇者? 冗談ポイです』


『な、何! この無礼者めっ! ならば私の方からきっぱりお断りだっ!』


 あ~あ……また女神様の機嫌を損ねてしまった。

 ヴァルヴァラさん、「ぷいっ」とそっぽを向いてしまったよ。


『勇者が冗談ポイ? あはははは! ケン君は、はっきり言うねぇ、中々大物だよ~ん』


 俺の本音を聞いて何と管理神様は笑い出した。

 

 え?

 おかしい……かな?


 思わず口を尖らせた俺は、管理神様に対して理解して貰う為、理由を述べる。


『何かあるごとに、王様からいちいち呼び出されて雑用を命じられ、挙句の果てにおっそろしい魔王と戦う……なんて真っ平です』


『成る程! 勇者は雑用係かい? 面白い事言うよ~ん、君はぁ』


『だって……もろ、そうじゃないですか』


『あはは、言えてるかも~ん。でも魔王退治って恰好良いよ~ん』


『いや、遠慮します』


 やっぱり!

 俺の判断は、間違い無いじゃないか。

 魔王退治とか真っ平だ。

 まあ、ハーレムは少し興味あるけど……

 でも、怖いのや~だ。


『うん、了解だよ~ん! じゃあ最後、銅の剣を持つのは新米女神のクッカだよ~ん』


 は?

 新米……女神?


 新米の女神様だという、銅の剣を持つ3人目の『彼女』を、俺は「じいっ」と見つめたのであった。

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