帰る故郷はスローライフな異世界!レベル99のふるさと勇者

東導 号

ど新人女神編

第1話 「故郷へ帰れなかった俺……」

 俺は、夢を見ている。

 懐かしい故郷の夢だ。

 

 今はどこにも存在しない幻の故郷。

 開発で変わってしまった……

 

 真っ蒼な広い空。

 流れる、白い千切れ雲。

 大きく、ゆっくり流れる川。

 土で出来た、高い土手。

 

 狭い河川敷。

 整地されていない、石がいくつも転がった野球場。

 イカの燻製でザリガニを釣った用水路。

 カエルがうるさく鳴き、トンボが飛ぶ小さな池。

 大きなカブトムシが、たくさん居る雑木林。

 

 春になると、ピンクのレンゲソウが咲く田んぼ。

 白い蝶が、飛び遊ぶ畑。

 

 舗装されていない乾いた土の道。

 風雨にさらされ古びた家が、並ぶ町並み。

 その中にある、自分の家。

  

 土手の上には道があって、両脇には桜の木が何本も植えられていた。

 あの日は桜が満開で、とっても綺麗だったっけ。


 ピンク色の桜の花びらが、いっぱい舞う中……

 幼く小さな子供だった俺は『誰か』と手をつないで歩いている。

 

 何か、とても大事な大事な約束をした気がする。


 約束をした相手が誰なのか……

 そしてどのような約束をしたのかは……

 どうしても、思い出せない。


 ………………………


 ここで、ハッとして目が覚めた。


 遠く故郷を離れてから……

 久々に、そんな夢を見た……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺は、ケン・ユウキ。

 と、ある大きな街で祖父母と暮らす男子。

 彼女ナシ。


 健康だけがとりえ。

 平凡でさしたる才能もない。

 スポーツもそんなに得意ではない。

 

 ゲームとラノベが大好き、結構な中二病&雑学オタク。

 そんな、どこにでも居る22歳。


 住んでいるのは、この国で有数の大きな街。

 だから、一応は『都会』と言って良いだろう。


 卒業式直後、社会人デビュー前。

 俺は同級生達と最後の飲み会に臨んだ。

 

 場所は駅前にある、雑居ビル地下のやっすい居酒屋である。

 そんな店の酒は、何故かすぐまわる。


 悪酔いと言いつつ、貧乏な元学生にはありがたい。すぐに酔えるから、飲み代が安くてすむ。

 なんちゃってね。

 

 まあ、安酒の二日酔いは身体には宜しくない。

 だから、気を付けながら飲む。

  

 酔うと、会話が弾む。

 いつもの事だ。

 

 でも、今夜は尚更だ。

 学校を卒業すると皆、しばらくは会えないもんね。

 

 先に卒業し、社会人となった先輩曰はく、社会人って仕事が優先……の生活。

 学生ほど、自由がきかない。


 酒が進むにつれて、酔っ払った仲間達と将来の話になった。

 

 改めて聞けば、全員が地方出身者なのに、俺以外はこの街、すなわち都会で就職が決まっている……

 

 実は……

 俺だけが、都会を離れ、生まれた故郷ふるさとへ帰る。

 いわゆる『ユーターン』だ。


 このネタで散々……いじられた。


「ケン、何故、ユーターンするんだよ? お前の両親はすでに亡くなっているし、可愛がってくれるじいちゃん、ばあちゃんは、こっちに住んでる。もうあっちには親戚も友だちも居ないんだろう」

「ド田舎より、都会の方が、お洒落で全然良いじゃん!」

「どうせ田舎なんて、何もないよ。仕事と家の往復だろ? 退屈だから面白くない!」


 いじられた理由わけは、分かる。

 俺だって、幼い頃に故郷を出て、都会暮らしが長い。

 言われなくても、彼等の指摘はちゃんと認識している。


 俺の故郷に比べれば、確かに都会は刺激的だ。

 どんどん、新しいものが入って来る。

 

 様々な店があり、物欲がそそられる。

 食事だって今や、世界各国の料理が食べられる。

 しかし一方的に言われるのは悔しいし、指摘全てに反論は出来る。

 

 俺は人間関係に、自分から波風を立てたくないタイプだ。

 だから本当はこう言いたかった。


「身内なんか居なくても、別に寂しくない」

「都会? 人がやたら多いしごみごみして空気はすっげえ悪い」

「田舎が何もないだと? お前はどこ見てそう言っているんだ?」


 だってさ、お前達は分かっていないぞ!

 『ふるさと』には、ふるさとにしかない『良さ』ってモノがあるじゃないか。

 

 一番違うのは……時間の流れだ。

 

 都会って時間の流れが速くて殺伐としている。

 

 その上、誰もが意味もなく「そわそわ」して、ただでさえ短い人生をやけに生き急いでいる気がする。

 

 俺は、こんな都会はもう嫌だ!

 まっぴらだ。

 のんびり生きたいのだ。


 そんなわけで、ふるさとの役場に連絡して、

 ユーターン申請をしたら、先方は大喜びだった。


 今はどこでもそうらしいが……

 行政は俺みたいな、若い奴の『移住』は特に大歓迎らしい。


 移住にさしあたって、役場から好条件も提示された。

 住居費は、何と無料!

 リフォーム済みの、庭&車庫付きの2LDK空き家を無償で貸与してくれるそうだ。

 

 嬉しい事に、生活費の補助もある程度付いて、仕事までも世話してくれるという。

 とりあえず、ふるさとで、の~んびりしたい俺には、渡りに船の話だった。


 役場の話で、仲間達にささやかな『逆襲』をした。

 でもどこかのゲームの魔法のように、攻撃は無効化されてしまった。

 俺の意見、故郷の方が都会より良いという意見は皆無だった。

 

 そんなこんなで、飲み会が終わり……

 店を出て、仲間達と別れ……

 電車に乗って、最寄駅で降りた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 歩いて、家へ帰る途中のはずなのに、気が付いたら俺は知らない場所に居た。


 不思議な事に、飲み会の帰りで夜もふけたはずなのにまだ昼間。

 周囲は……まったく見知らぬ街だった。

 

 そして不思議な事に街には誰も居ない。

 居るのは俺たったひとりだけ。

 猫の子一匹いない。


 違和感を覚えたが、このままこうしているわけにもいかなかった。

 

 仕方なく……

 俺は、あてもないまま歩き始める

 

 改めて見ても、街は、けして田舎ではない。

 住んでいる都会ほどではないが、ビルは結構ある。

 

 しかし、何か際立った特徴があるわけではない。

 同じようなデザインの無機質で平凡なビル。

 看板が出ているのは、どこにでもあるチェーン店。


 少し寂しかったが……

 今や、日本は全てそうだ。

 

 各地で開発が進み、同じような建物が並ぶ『没個性の街』ばかり。

 おそらく、使い勝手とコスト、そして効率を第一にしか考えていない。

 でも俺は部外者だし、いろいろな事情があるのだろう。

 仕方がないとは思う。


 そして、なぜか俺には分かる。

 この街は……

 『現在』の故郷なのだ。


 電話をかけた役場の人が言っていた。


 「子供の頃、そちらへ住んでいた」

 と伝えたら、担当の方から残念そうに言われたのだ。

 「大きな開発があり、貴方が住んでいた昔とは、だいぶ景色が変わってしまったよ」と。

 

 多分……

 俺が子供の頃に見た風景は、現実には存在しない。

 

 一旦立ち止まって……

 改めてこの街並みを見て確信した。

 

 役場の人には、はっきりと言われたが……

 もしかしたら『想い出の風景』が残っているかもと、淡く期待していたのだ。


 でも、夢は完全についえた。

 年を取るに従い、どんどん薄れ行く記憶の中にある懐かしい故郷は……

 今や心の中だけにある『幻』と化しているに違いない。


 でも俺は、ふるさとへ帰ると決めたんだ。

 

 想い出の景色は完全に失われ、誰が待っているわけでもないが……

 少しくらいは心がいやされるに違いないから。


 凄く、むなしくなり……

 大きくため息を吐いた俺は、再び歩き始めたのである。

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