第3話 シェブロアの一つ瞳〜code name:Euphy

Ⅲ.シェブロアの一つ瞳〜code name:Euphy


 〈吹き荒ぶ風の合間に混ざるのは、死屍累々に蠢く魔物の呻き声。足を踏み入れたら最期、冒険者は屍と化して朽ち果てる〉


 ─────ウォ〜ン、グゥオーン、グーン。。

 まるで迷宮のように入り組んだ機巧仕掛塔ラステアカノン。その構造は常に流動的で、さっき開いた扉も次に開けばまた別の場所に繋がっていました。人気もないのに、あちらこちらで“音”がするのはいつものこと。けれど、今日はいつになく奇妙な音が木霊していました。

「なんだろこの音〜~変なのー」

 王様の住むお城かくやという、両脇には巨大な柱が等間隔に並び大理石の床には赤い絨毯が敷かれた、立派な造りの廊下。

 そのど真ん中に座り込んだトルティーネは、首を傾げました。

「ああ、あまり聞かない音だな。何かの叫び声にも聞こえるが・・・」

 早く立てとトルティーネを促していたうっさんも、気になったように顔を上げました。

 ─────キア〜、ウォオオ、ゴォーン。。

 亡者の呻きや悲鳴をかき混ぜたような不協和音が壁を震わせます。

「ぴぃぃぃいん〜!」

「あはは〜ぴぃ、似てないよ〜」

 帽子の上で高らかに鳴くぴぃに、トルティーネは顔を綻ばせました。

 そんな愉しげなぴぃとは対照的に、いぬはトルティーネのスカートの中に入り込み、いつも以上に震えています。

「いぬ〜、お前大丈夫〜~」

「ブンブン!ぶるぶるぶる・・・!」

 出てくる気配はありません。

「ぬくいから良いけど〜」

 トルティーネは膝小僧に当たるいぬの温もりに頬を緩ませます。

「調べに行くか」

「え〜嫌だよー。歩き過ぎて疲れちゃったよぅ」

 うっさんだけが真面目な面持ちで(いつもと表情は何も変わりませんが)、緊張感のある様子で歩き出しました。しかしそっぽを向いたトルティーネの発言に、ピタリと足を止めます。

「嫌・・・、だと~」

「だってどこから音がするかわからないし、それに迷子だしぃ・・・」

 ぶーぶー、と口を尖らせるトルティーネに向かって。うっさんは目から光を放出せんばかりの気迫で振り返りました。

「そもそもの迷子は、お前がいきなり窓から飛び出すからだろう!」

「繋がってると思ったんだよぅ。なのに下の景色がいきなり変わっちゃうからぁ・・・」

 トルティーネはもごもごと言い訳を始め、うっさんの怒りは一気に頂点に達します。

「だいたい、いつもいつも、何の考えもなしに飛び出しおって!もっと効率的に“パーツ”を見つけようと思わんのか!」

「思ってるよぅ思ってまぁ〜ふぅわ」

「欠伸をしながら言うな!」

「うえー。それ以上言われたら疲れが溜まって、もっと立てなくなるぅー」

「トルティイイ!」

 そんな不毛な言い合いをしているふたりの背後。

 奥にある玉座へ続く立派な扉が、まるで意思でも持ったかのようにゆっくりと、音もなく、しかし確実に開いていきます。

「うっさんはいつも細かいんだよぅ〜」

「お前はもっとしゃんとせんかッ!」

 独りでに開いた分厚い扉から覗いたのは、ギョロギョロとした大きな“目玉”でした。ふたりはまだそのことに気付いていません。

「もう次は鍵使って、ゆりかご戻ろー!」

「またそうやって楽をしようと・・・!そんなことばかりしているから、体力も気力もなくなるのだ!許さん!“パーツ”を一つでも見つけん限り、鍵を使うのは駄目だ!」

「えぇ〜もう足が棒だよ〜一歩も歩けないよー・・・」

「ならゆりかごにも帰れんな」

「ゆりかごまでなら歩けるよぅ!・・・う~」

「・・・・ん~」

 はた、と。

 ふたりの語尾に、疑問符が付きます。

 ずん、と。

 ふたりの頭上に、何かが覆ったような暗闇が落ちました。

「「・・・・・・」」

 互いに顔を見合わせて、一時停止。

 トルティーネは振り向けば、うっさんは見上げればそれが見えてしまいます。

 しかし、そうしないわけにはいきませんでした。

 ふたりは恐る恐る、ぴぃも同じようにゆっくりと振り返ります。

「「・・・・・・」」

 全員仲良く、緻密な氷像のように固まりました。

 キラキラと輝く豪華な廊下を埋め尽くしてしまう大きさ。縦も横もぴったりな、まあるい球体。真ん中の瞳孔は収縮し、アイスブルーの虹彩はギリギラと光り不気味です。そんな巨大な瞳がぐるぐると回り、トルティーネ達を見下ろしています。

 ─────ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 猛々しい効果音を背景に、それは絶対的な威圧感を放っていました。

 鐘が三つ鳴る間を置いて。

『ヴォォオオオオ!グルァアアアア!』

「ぬぁんなとぉぉおおお~!」

「いかん!走れぇえええ!!」

 絶叫するより速く、トルティーネはぴぃを握り締めて立ち上がり、うっさんは顔を出したいぬの耳を鷲掴み、目にもとまらぬ勢いで走りだしました。

『グルェオオオオ!』

“目玉”はどこから上げているのか全くわからない奇声を放ちながら、逃げ出したトルティーネ達を追いかけるように転がり始めます。

 轢かれたら最後、ぺしゃんこにされるのは目に見えていました。

 長い長い廊下を一瞬で駆け抜け、蹴破るように開けた扉の先は、曲がりくねり斜面になったまた廊下でした。

 さっきよりもやや広めで、両側の壁はレンガ造りに変わり天井から等間隔に下がるダイヤの形をしたランプは可愛らしいのですが、トルティーネ達にそれを見ている余裕はありません。

“目玉”が更に加速した為、トルティーネ達も必死になって走り、あまりの速さに足は渦を巻いているように見えます。

「これ“パーツ”〜~!でかー!良かったねぇええうっさんんん!“パーツ”見つかったよよよー」

「良いわけあるかあぁあ!この状況でよくそんなことが言えるなぁあッ」

 場違いにもどこか周囲にお花を散らしているトルティーネとは対照的に、うっさんは幾筋もの青い線を額に垂らして叫びます。

 パリン、パリン、バリバリ、と、“目玉”がランプを次々割っていく音が自分達の末路を予感させ、どれだけ息が切れても足を止めるわけにはいきませんでした。

 それから手当たり次第に見つけた扉に駆け込むも、その大きさからどうやって通り抜けたのだとツッコミたくなる程、“目玉”はトルティーネ達の行く先に必ず現れ、執拗に追いかけてきました。

「はぁ、はぁ、あ、あれは厄介だな・・・」

「だ、ねー・・・。あ、足が、棒、より、い、石かもー・・」

 今しがた通ったジグザグした階段で、相手が折り返す度に減速していた隙に距離を取ることに成功したトルティーネ達は、ホールのような空間にある二階部分のカーテンに身を潜めていました。

「あー・・・喉がかぺかぺする〜。あれじゃ話も聞けないしー・・・」

 いつもより何割増しもだらだらと、トルティーネは床に座り込み目を回しています。いぬは勿論の事、ぴぃはあまりの力で握られていたせいで、口から泡を吹いて倒れていました。

「また来たか・・・」

 うっさんが柱の陰から顔を出して見下ろした階下には、トルティーネ達を探すように、瞳孔をギュルギュルと動かしながら、“目玉”が辺りをゆっくりと練り回っています。

 天井に輝くきらびやかなシャンデリアの下で、何十列にも設置されている椅子は、噛み砕かれるような音を上げて潰されていきます。

「あの大きさでは、炉にくべるのも難しそうだな」

「うーん・・・、小さくないと運べないし〜」

 床に突っ伏したトルティーネは、伸びた蛙のようです。うっさんも含めこの場にいる全員が限界を迎えていました。次に見つかったらまた始まるかけっこのことなど、考えたくもありません。

 うっさんは暫く、考え込むように床の一点を見つめていました。

「・・・仕方ない。一つ、強制的に止めるとするか」

「・・・~」

 少ししてから、何かを決めたように項垂れた皆を見回します。

 うっさんの瞳はあの“目玉”と同じように、ギラリんと光ったのでした。


   ◇   ◇   ◇


「いぬ〜っ行っけー!」

「くぅおおおん・・・!」

 半円型の舞台は赤いカーテンに彩られ、今にも袖から役者達が出てきそうでした。背面に描かれるのは曇天を貫くような険しい峰。不毛の崖に聳えるのは霧に紛れた古城です。麓には城下町が広がっています。

 演じる者がいない壇上より手前、観客席は今や更地になっていました。

 人が軽く三千人は座れるであろうスペースを、縦横無尽に走り回るのはいぬです。椅子の残骸、瓦礫の上を号泣しながら全身全霊で疾走しています。自分の涙で滑ってしまわないか心配ですが、そんなことになれば最後、

『グルォオオアアアアア!』

 追いかけてくる“目玉”にミンチにされてしまいます。

 いぬの震えは絶頂に達するも、その足の早さはまるで光速。逃げたい一心で駆けるいぬのそれは天下一級です。

「お〜!いいよーぅ!」

 二階から声援を送っているトルティーネの手には、ずっしりとした金糸で織られた太い紐が握られていました。それは舞台の袖から上に伸びてきているもので、装置の一つでしょうか。

 トルティーネは小さなバルコニーの手すりの上に登り、面白そうにいぬを目で追っています。

「そこだ!舞台へ!」

「く、ひぃ・・・ん!」

 トルティーネの隣で指示を出すうっさんの叫びに呼応して、いぬが進行方向を九十度変えました。“目玉”を引き連れ、いぬが飛び込んだのは舞台の上です。

 いぬはジャンプしましたが、勢いのままに突っ込んだ“目玉”は、舞台と客席の段差に阻まれ激突します。木造の床を抉り舞台を破壊しながらそれでも“目玉”は進み続けましたが、壇の中腹辺りで減速しました。

 そこへ、

「よし、トルティ!」

「おっけえ♪いっくよ〜!・・・あーあ、あ〜〜!」

 うっさんの声にトルティーネは手綱を思いきり引き上げ、そのままバルコニーを飛び降りました。紐の先にしがみつきながら、振り子の要領でホールの空中を滑空します。溝にはまったように身動きがとれなくなっていた“目玉”目掛けて、

「どぅりゃぁああああ〜!」

 タイミングよく手を離し、その球体ど真ん中へとブーツの裏側を合わせて、渾身の力を込めた飛び蹴りを決めました。遠心力も加わり、足は“目玉”にぐにゃりと食い込みます。

 音が歪んだ直後、けたたましい破壊音を上げて“目玉”は舞台を更に粉砕しながらめり込んでいきました。背景の壁手前に到達してようやく止まります。

「ふ〜ぅ、出来た〜」

 しゅたっと、達人のような空気を切る音を纏いトルティーネは客席の方に着地しました。“目玉”はそれこそ目を回しています。

 更に追い討ちをかけるべく、

「今だやれ、ぴぃ!」

「ぴぃ!」

 うっさんが最後の号令を掛けたのは、頭上で輝く巨大なシャンデリラの上でした。蝋燭の光に紛れるように黄色い体を埋めていたぴぃは、返事をしながら、翼を広げ身を屈めます。

 そして、

「ぴぴぴぴびぃいい!! 」

 シャンデリアを思いきり蹴り飛ばし、まるで弾丸のように回転しながら、ぴぃは飛び出しました。身を屈めたトルティーネの頭上をすり抜け、舞台袖に引っ込んでいたいぬの目の前を一瞬で通過し、ぴぃミサイルは目標に着弾します。

『グゴォォオオオオオ・・・ッッ!』

 その痛恨の一撃が“目玉”を容赦なく貫きました。

 凄まじい絶叫と共に、弾痕を中心にヒビが走ります。衝撃に煽られ周囲の瓦礫は舞い上がり、“目玉”はやがてひび割れたガラス玉のように砕けていきました。

 そして卵の殻が割れ中から黄身の塊が出てくるように、ころんころん、ころん・・・と跡形もない舞台上に転がってきたのは、─────小さなアイスブルーの瞳でした。


   ◇   ◇   ◇


 そこは、薄暗い煉瓦造りの大部屋でした。

 一面の壁は歯車が床から沸き上がるようなオブジェで出来ています。その下部にある穴から流れ出しているのは、色彩が次々に変わっていく不思議な液体でした。ほんのりとした赤みは次第に橙になり、黄色になり、緑がかっていき・・・七色を繰り返しています。

 それは足下に張り巡らされた水路にたゆたい、上からみれば幾何学的な模様が見てとれました。高い高い天井の所々からは、ぽちゃん、ぽちゃんと色々な形をした“パーツ”がそこへ落ちてきます。

 中心にある一本の太い柱に差し込まれた多種多様な歯車が幾つも重なり合ってぐるぐる回り、その動力はラステアカノン全体へと伝わっていくのでした。

 ─────機巧仕掛塔の核心であるこの“炉”を今、トルティーネ達は歩いていました。

 その手には先程やっとの思いで手に入れた“パーツ”を持っています。

「ふんふん、ふふんふ〜ん♪」

 いつになくご機嫌なトルティーネを見上げて、うっさんは尋ねます。

「今日は“パーツ”を素直にくべるのだな」

「う〜ん、この子はもう次の物語に還らなきゃいけないからねぇ」

 当然のような口調で返ってきた答えに、うっさんは何かを考えるようにトルティーネを見つめてから、視線を元に戻します。

 やがて歯車を型どった小さな台座式の“炉”の前で立ち止まりました。

 トルティーネは手のひらの上で“瞳”を転がし、最後にぎゅっと握り締めてから、その中へそっと入れてあげました。

「じゃあ、バイバイ。またどこかでね〜」

「ぴ〜ぃ」

「くぅ〜ん」

 お別れを言うように、ぴぃといぬも“炉”の縁に乗り出します。

 紫色に変わった水面に名残惜しむように浮かんでいたその瞳も、やがてゆっくりと“炉”の中へと沈んでいきました。

 しばらくその場に留まり見送ってから、

「わたしも魔物になったら、かっこよくなるかなぁ〜~」

 トルティーネがどこか遠くを仰ぎ見ながら不意に呟きます。

「魔物になったら~よくわからんが、それはないな」

「なんでぇ~意外に怖くなるかもよ〜~」

「いぬで考えてみればいい。こいつが魔物になったとして、恐いか~」

「う〜ん・・・全然だねぇ★」

「だろう」

 くぅ〜ん、と少し悲しそうないぬを、トルティーネは後ろから抱き上げました。

「いぬはこのままでいいんだよ〜もふもふ、もふもふ。あ、でももっと大きいともっともふもふかも〜~」

 いぬの首の後ろに顔を埋めたトルティーネは、はっとしてから抱き代えて正面に向き合います。

「いぬ、でかくなれ」

「くぅ〜ん」

 そのほっぺをぐにぃ〜っと引き延ばすと、涙混じりの鳴き声が木霊しました。いぬをいじりはじめたトルティーネを止めるように、うっさんが裾を引っ張ります。

「さあ、“パーツ”も一つくべることが出来たし、今日はもう休むか」

「ぴふ〜」

「おっ、うっさんもお疲れモードだねぇ」

「くひ」

「流石にな」

 途端手を離されて落下したいぬの頭にぴぃが降り立ちます。

 扉へと歩き出すうっさんの後に続いて、みんなで歩き出しました。

 トルティーネは腰のポーチに掛かっている、いくつかの鍵の中から一つを取り外しくるくる回しながら、身を屈めてうっさんを覗き込みました。

「たくさん走ったもんねぇ。明日もおやすみでいいかなぁ~」

「戯け」

「あだっ」

 調子に乗ったトルティーネの発言に、うっさんがそのおでこを叩きます。

 こうして、ひとりと三匹はとても疲れてはいましたが、一仕事を終えた達成感で足取りは軽く、ゆりかごへと戻っていきます。

 いつもよりちょっぴりアクティブな日を過ごして、今日はたくさん眠れそうなトルティーネ達なのでした。

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