機巧仕掛塔ラステアカノンのトルティーネ

el ma Riu(えるまりう)

第1話 プロローグ~Tortine’s every day

Ⅰ.プロローグ~Tortine’s every day


────ジー、ボッ、ボッ、ザー、カランカラン・・・。

 どこからともなく鳴り響く音達。

 軋む歯車、途切れるノイズ、割れた鈴の音。

 色々な音があちこちで動き回り、一日のはじまりを告げる。

 見上げても見上げても天井が見えない広間。

 降り注ぐ光が、どこまでも高い壁に掛けられた絵画やステンドグラスに反射して、色とりどりに輝く。照らし出されたのは、大小様々な玩具や人形たち。広間の床を半分以上埋めつくし、無造作に積み上げられていた。

 ひとつ。

 原型はもうわからないガラクタが山積みになった一角から、何かの部品が溢れ落ちた。それは独りでに動きだし、下へ下へと続く階段をカシャンカチャンと落ちていく。

 共鳴するように動き出したのは、室内に開かれた出窓。自動的に開いたそこに引っ掛けられた梯子は、更に下のバルコニーへと続いていた。途中、嵌め込まれたミニチュアの家から、小さなハトが一羽飛び出す。クルッポーと鳴きながら、ネジから外れて飛び立っていった。

 木片の羽を舞い落としながら舞い上がったのは、中空に吊るされた巨大な球体。赤銅色の金属で出来たそれは、まるでゆりかごのようにゆらゆらと揺れていた。

 中は一面のベッドだった。綿飴のようにふかふかした布団。

 その真ん中でまるで蹲った雛のように埋もれながら、────トルティーネはいました。

「すぴーすーすー、すぴー・・・ぷへ」

 気持ち良さそうに寝息を立てて眠っています。癖のある長い髪は、白いシーツの上で自由にはねています。

 飛んできた小さな白いハトが“ゆりかご”の縁ににちょこんととまりました。

「クルックー、クックッポー」

「ぴぃ!ぴっぴっ」

  首を傾げるその子の隣にもう一羽、やってきた鳥が寄り添います。一回り大きく、背中にネジを付けた黄色い小鳥の人形でした。

 小鳥は頷くように羽を広げると、体をぴょこぴょこ動かしながら、眠るトルティーネにゆっくりと近付いていきます。顔の上に飛び乗り、その可愛らしい目でパチパチと瞬きました。

 トルティーネはすやすやむにゃむにゃ、幸せそうに眠っています。起きる気配は一向にありません。

 小鳥はその寝顔をじぃ~と見つめ、そして、

 ────ぐさっ!

 なんの前触れもなくその鋭いくちばしで容赦なくこれでもかという勢いで、頬っぺたを突き刺しました。トルティーネのりんごのような頬に深々と、黄色いくちばしがめり込みます。

 一拍の間を置いてから、

「・・っっ・・~!・・・の、ぉおおおおぉおおお!!」

 トルティーネの強烈な絶叫が、木霊しました。

 ビリビリと塔の芯をも震わせ、階下に広がる円形に沿って作られた本棚から、何冊もの本が落ちていきます。

 ハトはバサバサバサと羽ばたきながら、素知らぬ顔で“ゆりかご”から飛び去っていきました。


   ◇   ◇   ◇


「起きたかトルティ」

 窓枠から飛び出したゼンマイを回すと、鎖で繋がれた“からくり”がゆっくりと動き出しました。どこかに収納されていた足場が一段一段飛び出し、みるみる階段が出来上がります。

 まだふらつく足取りで階段を下りたトルティーネに、話しかけたのはブリキで出来たうさぎの人形でした。赤や青、黄色といった可愛いらしい花々が咲く庭園で、レンガ造りの花壇の上に腰掛けています。体と同じ大きさはある本を閉じると、その四角い顔を上げました。

「う~ん・・・。今日もおはよう~うっさ~ん」

「ぴぃ」

 トルティーネはまだ開ききっていない目を向けて挨拶をします。長い髪を纏めて入れた、ネジの細工があしらわれた大きめの帽子の上には、上機嫌のぴぃが当然のように乗っかっています。トルティーネの頬っぺたには赤い丸がまだくっきり残っていました。

「あれだけ大声を上げたのに、まだ眠いのか~」

「う~ん・・・なんか、毎日喰らってるとなれちゃう~」

「よし。ぴぃ、明日からは連打でいくか」

「ぴぃ!」

「えーさすがに顔壊れちゃうよ~」

 気のない返事をしながら、トルティーネは庭園を横切ります。足元ではカタカタとジョウロが動いて水を組んでいます。風もないのにはためくカーテンをすり抜け、ひとりと二匹は室内に入りました。

 そこは、美しい調度品が並べられた綺麗な小部屋でした。

 人物画や風景画が飾られ、額も細かい紋様で縁取られています。高級そうな花瓶に生けられた薔薇は満開に。鼻腔を良い香りが擽ります。部屋の角にはカラフルな積み木や、テディベアが転がっていました。

 幾何学模様のレースが掛けられたテーブルの上には、足のついたお皿がいくつも積み重ねられ、チョコチップがふんだんに入ったスコーン、丸や三角、お星さまの形をしたクッキー、ぷっくりと膨らんだマフィンに、大きな苺が乗ったケーキなど、たくさんのお菓子が盛られていました。その中のひとつにトルティーネは手を伸ばすと、小さな栗型のチョコをつまみ上げます。

「ふへ~。ひょうのはみるふてぃあじぃ~♪」

 顔を綻ばせながら、トルティーネは口の中で至福の味を噛み締めます。ぴぃは帽子からテーブルの上にちょこんと降り立つと、手前の平皿にあるドライフルーツを啄みました。

 すると。

 カタン、タン、タン。

 均衡を保っていたお皿が一つ傾きました。それは波紋のように次々と伝わり、斜めの力が働いていきます。

 コツン。

 一番端のお皿が天秤のように傾くと、ラッパを吹く猫の置物の頭を叩きました。衝撃を受けた猫は驚いたように息を吹き出します。

 ぷおー。

 ガタン、ガタン。

 それを合図にして壁に設置されていたアンティーク調の時計が、ぐるぐるぐるぐる回りだします。内部では連動した歯車が回転し、外へ繋がれたベルトがゆっくりと動き始めます。

 トルティーネがひとつ、またひとつとチョコを口に運んでいる間にも、“からくり”は順番に稼働していき、最終的にはシャンデリアの輝く天井に到達しました。張り巡らされたレールにぶら下がるのは、気球についているような小さな籠です。ぎこちなくもレーンを進んでいき、テーブルの上に差し掛かると自然と傾きます。入っていたのは出来立てのお菓子たち。トルティーネ達が空けていったお皿にひとつ、またひとつと落とされ、補充されていきます。不思議なことに、お菓子は見えない風船でもついているかのようにふわふわと落下します。

「ぶるぶるぶる・・・」

「おほ~いぬ。おはおー」

 お皿に乗る前に中空でお菓子をひったくり摘まみ食いを始めたトルティーネは、いつの間にか足元にいた、いぬに気付きました。

「・・っく・・・お前もいる~~」

 まるで雨に打たれ寒さに縮み上がるように震えているぬいぐるみ、いぬは小さく頷きました。どこか具合が悪いわけではなく、ただ極度のビビり犬なのです。

「よぉし、じゃあとってこーい!」

「・・・くぅん~!」

 突如トルティーネは手にしていたお花型のビスケットを振りかぶりました。放り投げられたそれは放物線を描きながら宙を舞い、開けっ放しの扉から部屋の外へ飛んでいきました。

 いぬはつぶらな瞳に涙を浮かべながら、追いかけ走っていきます。

「うんうん~!今日も元気だねぇ~」

 楽しそうに頷くトルティーネに、うっさんはボタンで出来た瞳に哀れみを浮かべながら首を振ります。そんな視線には気づくことなく、トルティーネは真ん丸なチョコをもう一つ口に放り込むと、手をぱん!、と合わせました。

「よほぉし!わたしたちも行こっか~」

「ぴっぴぃ♪」

 肩に飛び乗ったぴぃに頬を寄せつつ、元気よく歩き出します。うっさんもちゃんと後に続きます。

 いぬが飛び出していった扉を出て、窓がいくつもある真っ直ぐな廊下を渡ると、眼下には長い長い螺旋階段が続いていました。終わりの見えないそこを、トルティーネは飛び跳ねるように降ります。

 空中に浮かぶ月と太陽のオブジェがいったり来たりするのを横目に、トルティーネは鼻唄まじりに呟きました。

「今日のパーツは何かなぁ~~」

 どこへ繋がっているかわからない、次の扉を目指して。

 ひとりと三匹は、ゆっくりと歩いていきます。



 ここは────機巧仕掛塔(からくりとう)ラステアカノン。

 “忘れられた終着点”には、今日もたくさんの物語のパーツがたどり着きます。

 トルティーネ達の毎日は、こうしてはじまるのでした。

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