ノエル20 『浮き雲の忘れ物』



「白くて丸くて、ほんのり甘いとろけるお菓子?」

「そう、それが『浮き雲の忘れ物』じゃ。アレはほんとうに旨かったのぅ」


 それは、ククルが生まれる前、まだタヌキおじいちゃんのツガイが存命だったころに良く作ってくれていたお菓子だったそうだ。

 戦いに明け暮れるおじいちゃんは、夕食の最後に出されるそのお菓子を楽しみに、日々を生きていたらしい。食べている最中に、何度か作り方を話しているのを聞いていたものの、おじいちゃんは料理が下手だったのもあり、結局作り方を覚えないままツガイと死に別れてしまった。


「白くて丸くて口溶けがよいお菓子……いっぱいあるよ。材料とか覚えていないの?」

「覚えておらんよぉ。なにか柔らかな雲のような食い物だ」

「……柔らかい雲? うぅん……何かかかっていた?」

「蜜のようなものがかかっていたよ」

「蜜? ……じゃあ、雲の味は甘くなかったってこと?」

「甘かったよ。けど、焼き菓子のような甘さじゃなかったかのぅ。ほんのりとした優しい甘さだった」

 蜜がかかってるってことはあまり強く甘さを主張しないお菓子ってことだ。くどくなっちゃうから。


「……想像ができない。私もこの世界の食材を全部知っているわけじゃないし、知らない材料とか使っていたらお手上げだよ」

「一時期ワシが気に入って、毎日のようにばぁさんに作ってもらっていた。あの頃の我が家には特別な材料などなかった。普段食っているようなものでできていたはずだぁ」

 毎日食べられるんなら、材料はそう高い物じゃないってことね。


「普段食っている物でできている筈なのに、ばぁさんが死んでからは、とんと見かけぬ。二百年間一度も口にできてない。その幻のお菓子を、是非孫に食べさしたいのだ。……頼めぬかのぅ」

 幻のお菓子か……。

 正直、検討も付かないけれど事情を聞かされたらはい、そうですか知りませんなんて言えるわけがない。

 なにより、死んだおばぁちゃんの作っていた料理だよ。絶対ククルに食べさせたい。


 私はたぬきの置物みたいなおじいちゃんと、犬のぬいぐるみを着ているような犬の姿をしたククルを交互に見つめ、うなずいた。


「分かった。自身はないけれど、やってみるね」


*****


「と、安請け合いをしたものの、軽率だったかなぁ……」

 戻ったら早速、とばかりに晩ご飯の準備かねて浮き雲の忘れ物作りに挑戦する私。


 今日の晩ご飯はエント玉ネギとリリス大豆のスープ、それにお酢で柔らかくしたお肉のたまごあえだ。

 スープはもう作ってあるし、お肉もお酢に漬け込んでるから後はさっと焼くだけ。

 フィリーとお父さんが帰ってくるまではお菓子作りの時間がある。


「白くて丸くて口溶けの良い……」

 その上、柔らかい雲みたいなほんのり甘いお菓子か……ぱっと思いつくのはムースとかババロアとかゼラチンで固める感じのお菓子だけど、ゼラチンはともかく冷やすのがネックなんだよね。

 冷蔵庫がないから冷やして作る料理が作れない。

 一部の魔族なら氷魔法とか使えるから食材を冷やしとけるけれど、ククルのおばぁちゃんは闇魔法の使い手だったらしい。

 流石に料理とは関係無いだろうから、魔法は使っていなかったんだと思う。


「じゃあ、もうコレしかないかな……」

 焼き釜から良い匂いが漂ってくる。実はもう頭の片隅にコレじゃないかなというのはあった。

 久しぶりに作るから、できるか心配だったけれど無事完成しそうだ。


「できた……コレだ」

 ケーキ形に整えた生地が旨く焼き上がり、そのできの良さに我ながら背伸びしたくなる。


 たまごの卵白だけで作った真っ白なスポンジケーキが、誇り高い雄姿を私に見せつけていた。


 昔、まだ私が人間だった頃に真っ白なロールケーキを作りたいっ! って頑張ったことがあった。その経験を思い出し、似たような材料で頑張ってみたのだ。


 ……それにしても美しい。なんてキレイなんだろう。

 火加減は大変だったけれど、なんとか真っ白なケーキ生地が焼けた。


「後は冷めたコレに蜜をかければ……」

 浮き雲の忘れ物の完成だ!


*****


「違うねぇ……。まるで別物だぁなぁ」

 翌日ウキウキしながらたぬきのおじいちゃんに見せたところ、秒で首を振られた。


「やっぱり……」

 いや、私もさぁ……途中からおばぁちゃんこんなオシャレなお菓子毎日作ろうとか思う? とか自分の問いかけが聞こえてきていたんだよ。無視してたけど。

 なんか作り始めた手前、途中でやめられなくなったというか、楽しくてやめられなくなってしまったというか……。


「でも、全然違うものなんだね。……もっと何か手がかりになりそうなのないの?」

「ワシが食べたのはもっと水っぽかったよぉ。振れば崩れそうなほどだった」

 タヌキおじいちゃんは昔を思い出しながらホワイトスポンジケーキをバクバク食べている。……ちゃんとククルの分残しておいてね。


「水っぽい……それなのに甘いお菓子……?」

 早く言ってよ。

 そんなの、アレしか思いつかないじゃない。


*****


「できた……コレだ、これしかない」

 家族が寝静まった夜、冷めきったそれを型から取り出し、不敵な笑みを浮かべる。

 お皿にはスライムのような丸い液体がプルプルした雄姿を見せつけていた。


 水信玄餅。お水をアガーで固めた山梨県の特産品だ。

 それを乳で色づけし、雲の色に近づけてみた。……う、うん。雲というにはちょっと無理があるけれど、きっとこれだよね。口溶け良いし水っぽいっていうか水だし。

 それにしてもアガーを見つけるのは大変だった。海が近くにないから寒天とかの代用品がない。ゼラチンだとちょっと匂いがある。

 豆の種が原料だから、ダメ元でウェンディの喫茶店に行ってみたらホコリが溜まった瓶を出してくれた。親が昔仕入れたやつが眠っていたらしい。


 ふふ……でも、ちゃんとできて良かった。後はコレに果物のエキスを混ぜた蜜をかければ……。


*****


「ぜんっぜん、違うのぅ……というかコレはコレで旨いのぅ」

 気に入ったのか、たぬきのおじいちゃんはバクバクと食べている。

「ですよねぇ……」

 ゼラチンなら簡単に手に入るから、ゼラチンで作った説も考えたけれど、そもそも雲っぽくなさすぎる。

 コレを昔食べてたんなら、水でできたなにかとか、スライム種っぽいなにかとか言う筈だ。


 分かっていたけれど、私の手は止められなかった。足が速いから朝早くの涼しいうちに起きて、つい気合い入れて赤色とか桜色とか青色のやつとか作ってしまった。

 中に小さなお花とか入れて無駄に凝ってしまったし。

 美味しかったからいいけどさぁ。


「浮き雲の忘れ物は、ここまで口溶け良くはなかったよぉ。何かが口の中に残っておった」

「うぅん……分からないよ……もっと何か思い出せることない? 後味とか匂いとか」

「匂いかぁ……そういえば、後味に豆のような匂いを感じていたような……」

「豆? 豆が材料なの?」

「分からん。あぁ、でもな、あの浮き雲の忘れ物が出された時は……決まってばぁさんは、白いカスを食っておったよぉ」

「白いカス……?」

「ワシも一口食ってみたがあまり好きじゃなくてなぁ、それっきりだったのぉ。たしかばぁさんはこう言っていた……『これは、雲の絞りかす』だとな」

「雲の絞りかす……?絞りかす……あっ!? ま、まさか」

 豆……絞りかす……白い……水っぽくて、ほんのり甘い。


 もしかして、アレのこと? え、アレをおばぁちゃんが作ってたの? 嘘でしょ?


 いやいや、でもまさかアレはない。アレは魔族の街ここでは作ることはできない。

 一番大事な材料が手に入らないから――


 ……。


 ――!?――


「そ、そうか……そうだ、そうだよ!」

 人間時代に経験してきたこと、今回経験してきた色んな出来事が頭の中を駆け巡る。

 様々な材料が、頭の中で組み合わさり一つの料理を作り出す。


「分かった、分かったよ……『浮き雲の忘れ物』の正体が!」

 後は戻って、材料をかき集めて私のキッチンでアレを作り出すだけだ。

 待っててククル。きっと明日にはおばぁちゃんの幻のお菓子を食べさせてあげるね。


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