⑤<少女2> 『悪の魔族戦』


⑧【ソフィア】

 ナルヴィの両腕が広がり、大人型の影が二匹、何もない空間から現れる。

 また、あの影!? なめないでよ!


「“私”、あの二匹を倒して! 私はナルヴィを相手する!」

 “私”がうなずき、影の一匹へと突きを繰り出した。二体の影の攻撃を避けながら攻撃している。もう相手の動きも読めた。二体がかりの攻撃だけど負けることはないと思う。


 光の粒子が広がるのを横目に、ナルヴィに向け駆ける。


「ナルヴィ! あなたの相手は――うぁああああ!?」

 黄色の閃光が私の頭上を通り過ぎる。瞬時にしゃがみ込みこみ、なんとか避けきれた。偶然、たまったまだ。


『ちょっと、背中が焦げた……』

 頭の上にいるメフィスも無事らしい。ほんの少しだけどこんがり焦げた匂いが鼻を通る。

 ナルヴィの背にある黄色の炎が燃え上がる。

 咄嗟に走った私の周りを閃光が駆け巡り、背後で爆風が噴き上がる。


「で、出ろ! 『全身鏡』!」

 私の目の前に現れた全身鏡に閃光が反射され、ナルヴィへとぶち当たる。

 自分の閃光を受け、爆風が身体で広がる。背中の炎が消え、ナルヴィが呻き声を上げて仰け反った。


 今だ!

 隙を突く、咄嗟に近づいた私は自分の決断を後悔した。

 ナルヴィの背から外れた青い炎が、丁度私の頭上付近に浮き上がり大きく広がったからだ。


 何か、くる!


「出ろ! 『空っぽの本棚』!」

 斜めになるように本が入っていない本棚を目の前に呼び出す。地震の後、お片付けをするときに見たやつだ。

 狙うは、一番下の棚。私の身体がすっぽりと入る!

 身体を転がし、滑り込むように倒れ込む本棚へと入り込む。一番下の棚に入った瞬間、激しい音が本棚の中にいる私目掛け反響を繰り返す。


 本棚を消した瞬間、身体周辺につららが落ちてきた。私の胴体くらいの太さだ。刺さったら私の身体なんて簡単に突き破れそう。

 つららが突き刺さる床を飛び越え、ナルヴィから距離を置く、その私の周辺に紅色の炎が床を這い、赤く丸い線に囲まれる。


 ――マズい、逃げ場がない!


「『樽のお風呂』!」

 小さく飛び上がりながら身体を縮め、私の周辺を囲うように樽の風呂釜を呼び出す。すっぽりと収まるように風呂釜が現れる。

 爆風が上がり、お風呂ごと高く舞い上がる。爆炎の余波が樽の中まで入ってくる。

 

「ったぁああ!?」

 床に落ちた樽は無残に崩れ去り、床にへたりこむ私。

 うん、なんか、臭い……。


『ソフィア! 腕!』


「うで……うぁああああ!?」

 私の着る服、その袖が燃え上がっていた。


「で、出ろぉ! 『台所にあるなんか分かんないけどずっと水が流れている金属の筒』!」


『よく噛まずに言えたね!?』

 設置された台ごと生み出された筒から流れる水で腕の炎を消す。

 くそう、この服、気に入っていたのに。

 でも腕が無事で良かった。ちょっとひりひりするけど、そんなに深い火傷になってなさそう。


 それにしても……


「ムリムリムリムリ!! あんなのどうやって倒すのよ!? 私、絵本の英雄じゃないんだよ!? ただの女の子だよ!?」


『さすがに、厄災の眷属なだけあるね。……でも妙だ。攻撃が止まった』

 メフィスの言葉に落ち着いてみると、ナルヴィは浮かび上がったまま私の動向を見つめている。

 大人型の影も消えていた。私が消す前に、“私”が倒してくれたのだろう。


「どうして? あの黄色い炎を撃ってきても良さそうなのに」


『……多分、彼のお陰だ。そこに倒れている王子』

 確かに、メフィスの言うように私の近くにはロキ王子が倒れていた。


「……王子様には攻撃をしてこないってこと? なんで? さっき握りつぶそうとしていたよね?」


『分からない。でも二人の会話を聞く限り、ナルヴィは王子に愛情を持っているようだった』

 ますます訳がわからない。


「好きなんだったら、なんであんなことしていたのよ」


『ナルヴィは多分、人の意識ヒトノイだ。人の愛情なんて、僕に分かるはずがないよ』

 私だって分からないよ。

 でも、今はそれを利用するしかない。とにかくこの場所でナルヴィに攻撃をすれば――


 す、すれば――


 私の動向を見守っていたナルヴィの背に動きがある。背中に背負った魔方陣が回転し、黒い炎と白い炎がナルヴィの肩越しに現れた。


 黒い炎が魔方陣から離れ、床に落ちる。黒煙が噴き上がり、影が膨れ上がる。

 それは今まで見てきた影達とは別種の姿形をしていた。


 真っ黒な影に光る縁取りは変わらない。けれど、その姿は人とはほど遠い姿をしていた。

 シーカーガルの二倍はありそうな横幅、顔は獣のそれで長い牙と爪を持っている。

 丸太みたいな両腕と脚をしていて、筋肉が隆起している。


『……マズいよ、魔族だ。多分、眷属の一匹だ』


「嘘でしょ……」

 一匹だけでも持てあましているのに、他の眷属も?

 絶対、私に倒せるわけない。


 私が瞬きをした瞬間、眷属の影が目前へと接近した。

 爪と細剣レイピアが激しく重なり合った。



⑨【ソフィア】


「――早すぎ、でしょ!?」

 襲いかかる爪の猛攻を必死に切り払う。受けてすぐに分かった。

 この魔族、強すぎる。


「出ろ! 『シーカーガル』!――あっ!?」

 シーカーガルが出た瞬間、首が宙を舞った。

 私があれだけ苦戦したのに、瞬殺ですか。


「『シーカーガル』! 『シーカーガル』! 『シーカーガル』! 『シーカーガル』! 『シーカーガル』!」

 距離を置きながら狼を出す。出す度に切り裂かれ、引きちぎられ、首や腕が吹き飛んでいく。

 なんなの、この魔族。あんなに固い狼を紙みたいに引きちぎってる。


「こんな化け物、どうやって倒したのよ!?」

 昔の人、凄い。ってそんなこと考えている場合じゃない。


「だったら、これなら――『変な彫刻の石』!」

 出た瞬間、粉々になる石柱。


『ソフィア! ナルヴィが!』

 いつの間にか黄色い炎を背負ったナルヴィが閃光を放ち、それを紙一重で交わす。

 激しい光が通り抜け、眷属の影が動きを止めた。


「こ、こんなの相手してられない! 『大白鳩シェバト』!」

 飛び上がった私の眼前に巨体を持った魔族の身体が迫る。脚力で飛び上がり、私を突き刺そうと迫る。


「出ろ、『彫刻の石』!」

 咄嗟に背中の大白鳩シェバトを消したものの、出した瞬間、固い石柱は粉砕される。


 駄目だ。逃げられない。

 この影の攻撃を食らったら、私なんて簡単にバラバラになる。

 避けても、ナルヴィの撃つあの魔法の閃光が――


 ――!!――


「出ろ! 『メダルのお化け』!」

 封印していた記憶を蘇らせる。二度と見たくないと思っていたけれどそうも言ってられない。

 目の前に現れた魔物の身体が、粉砕される。……けれど、一部分だ。中央部分は無事。

 甘いよ。この子を相手するなら、狙うのは中央の目だ。

 そう、身体が半分焼けても生きてるこの子なら、中央の大きな目が無事なら――


「いけぇ! 光魔法!」

 魔族の身体を貫通するように、閃光が放たれた。

 眷属の影が拡散し、光の粒へと変化する。光魔法の閃光はナルヴィの身体をかすめ、部屋の壁にあたって爆風を上げた。ナルヴィが大きく仰け反り、背中に付いている魔方陣の炎が全て消える。


 着地した私は既に確信していた。

 ナルヴィの弱点、それを既に見つけていた。


「お、王子様! 失礼します!」

 慌てて倒れ込んでいる王子に近づき、王子の懐を漁る。

 えーっと、これは、違う。違う。違う! こ、これだ!


 記憶を頼りに目的の固い物体を引き抜く。

 あった! これだ!


 王子様はこれを、マシューの部屋で使ってみせた。

 まさかこんなところで、役に立つなんて。

 私の手には綺麗に削られた拳大の宝石が握られていた。


『どうするの? それを』


「そんなの決まってるじゃない! メフィス、目を瞑っててね!」


 黒い炎が床に落ち、新たな黒い影が生まれる。今度は足が蜘蛛みたいになった女の子が生み出される。

 もう眷属の影を相手するなんて、こりごりだ。


「ナルヴィ! これを見ろ!」

 初めての経験。だけど、できる、私ならきっと――

 夢魔法と同じように、意識を宝石に集中させる。


 半球型の天井を持つ部屋。その全てが閃光に包まれた。



⑩【ソフィア】

 閃光が放たれた瞬間、黒い炎から生まれていた蜘蛛の女の子が消し飛んだ。

 ナルヴィが激しく苦しみだす。


「やっぱり、思った通りだ!」


『どういうこと? 説明して』

 説明なんてしている暇はない。

 ナルヴィの弱点は強い光だ。強い光を浴びると背中の炎が消えて苦しみだす。


「そうと分かったら――」

 ナルヴィが背中に炎を灯すたび、閃光を放って動きを止める。

 苦しんでいる間に接近する。


『ちょっと、眩しい! やるなら言ってよ!』


「うるさい! 余裕ないの!」

 片手に宝石、片手に細剣レイピアを持ち接近する。私の間合いに入った瞬間ナルヴィのエラが大きく広がり、爪が私に襲いかかってきた。


「この程度なら――!」

 細剣レイピアで受け流し、腕を突き刺す。

 ナルヴィが叫び声を上げ、大きく後ろに下がった。けれど、遅い。


 既に私は、間合いを詰めていた。ナルヴィの両腕に狙いを定め、突きを繰り返す。

 ナルヴィの腕から緑色の血が噴き出す。


「もう諦めて! あなたの負けよ!」

 両腕が使えなければ、きっと諦めるはず。戦意を喪失するはず。

 そう考えていた私は、自分の考えが甘かったことを悟る。


 閃光を光らせた直後、私は気がついた。

 ナルヴィの背中に付いた魔方陣、その中に半透明の炎が燃え上がっていることに。陽炎のようにゆらめく炎の幻影が消えていないことに。


 視界が白に包まれた。想定外の強い光を浴び、私の目がその役割を放棄する。


「うそ、でしょ……」

 目が、見えない。

 視界が暗闇に包まれ、私の思考は混乱した。


『ソフィア! 離れて!』

 メフィスの言葉に、両足に力を入れる。けれど、遅かった。

 両足を何かに絡め取られた。足が、動かない。


「『無の燈』は私が受けた魔法をそのまま返す魔法。私がどんな状況であったとしても、これだけは使える。けれど、私が『閃光』の魔法を使うのには少し抵抗があった」

 ナルヴィの落ち着いた声が聞こえてくる。

 私の視界が徐々にその役割を戻してくる。


 自分の周りには緑の炎が広がっていた。

 足には長く伸びた木の幹が纏わりつき、私の身体を這うように昇っていく。


「見てのように、『緑の燈』は相手の足元から樹木を生み、動きを封じながら絞め殺す魔法よ。……さて、負けるのはどちらかな?」

 両腕から血を流したナルヴィが肩から息を吐きながら私を指差す。

 木の幹が私の身体を伝い、首筋を這いながら両腕の動きを止める。


 ……もう少しだったのに。


 もう少しで、勝てたのに。


「この『燈のナルヴィ』相手に、良く頑張りましたと誉めてあげる。ここまで、深手を負ったのは『帝都決戦』のあの日くらいよ。……まあ、どうせすぐに“戻る”のだけどね。ゆっくりと、自分を称えながら樹木になりなさい」

 息ができない。

 身体を這う樹木が徐々に太くなっていく。樹木から生えた葉っぱが顔を覆っていく。


 どれだけ考えても、もう巻き返せない。

 私の負けだ。


 勝てるはずがなかった。

 調子にのって、眷属に勝負を挑むこと自体が、間違いだったんだ。


 ごめん、マシュー、私はここで――


「あなたの負けよ。ソフィア」


『いいや、ナルヴィ。君の負けだ』

 顔を覆う葉の隙間から私は見た。

 いつの間にか、メフィスがナルヴィの頭に乗っていた。

 体中がかがやき、赤い雷をまとう。


 バチンと、激しい音が響き渡った。


 瞬間、私の身体を覆っていた樹木が消え去った。

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