⑫<王子4> 『魅惑の女』
⑮【ロキ】
『眠り病』は魔法の力。そう推測を立てた俺は、『教会』戦闘員に魔法をかけた魔族、『黒いローブ』の男を見つけるため、オーレンと議論を交わしていた。
問題の発端となったのは二週間ほど前に
そこで五人の男と一匹の魔族が現れた。そして、恐らくだが魔族の返り討ちにあった男達が『眠り病』に侵されたというわけだ。
つまり、五人の屈強な男達を昏睡させることのできる魔族が、未だノカに野放しになっているということ。
だが、『灰色の樹幹』では黒いローブの男の消息は掴めていなかった。
問題が広がる前に『眠り病』を起こした黒いローブの男を見つけ出さなくてはならない。
会食を終えた俺はオーレンに別部屋へと連れられ、情報収集を専門とする構成員を一人紹介されていた。
「第五王子って王都で噂の『碌でなし王子』よねぇ? 何をしたのかしら」
シルワと名乗るやけに色気の強い女が腕を絡ませてくる。長く伸ばしたブロンドの髪が印象的な女だ。
「たいしたことはしていない。少し、女のケツを追いかけていただけだ」
「それはそれは……じゃあ、さぞかしアチラの方も上手なのでしょう?」
腕に押しつけてくる乳房は大きく、強い果物の匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
コイツは、厄介なタイプだな。
「アチラがどちらかは分からないが、今はその話をするつもりはない。黒いローブの男を知る人間を探しているだけだ」
押し寄せてくる柔らかな物体から腕を離し、女の瞳を見つめる。
垂れ目の大きな瞳は起き抜けのようにとろりとしていて、口調と合わせて眠気を誘うような女だった。
「それって二週間前の転移男達のことよねぇ」
「そうだ。
「転移したその日は色々聞いていたみたいだけど、次の日には居なくなってたわよぉ。私たちも、黒いローブの男を見つけたんだとばかり思っていたわ」
次の日か。思ったより早くカタを付けられたようだな。
「次の日、ということは転移した初日はどこかに泊まるつもりだったんじゃないか? 宿屋とかはどうだ?」
「五人の男達の話? 宿には泊まるつもりなかったようよ。帳簿には名前がなかった。もちろん、黒いローブの男を見た宿の主人もいないわ」
「……主人が見なくとも、使用人の誰かが――」
俺の唇に、シルワの人差し指があたる。
「便宜上、そう言っただけよ。私の調査よ。……五人の男達も、黒いローブの男も、宿に泊まっていない。それは間違い無いわ」
ま、まあ……魔族が人間の宿に泊まるというのもおかしな話だ。間違っていないのだろう。
「疑うなら、今から行ってみる? ……ちょっと休んでいってもいいし」
シルワの左手が俺の太股の上に置かれる。なんだこのボディタッチ女は。積極的にもほどがある。
「悪いが、据え膳を見ると疑ってかかるタイプなんでね。遠慮しておくよ」
「すえぜん? たいぷ?」
「……目の前に旨そうな肉が置かれたら、毒が入っていないか気にならないか?」
「ならないわ。むしゃぶりついちゃう」
だろうな。そんなタイプだ。だが俺は違う。
ここは自称自警団を名乗るゴロツキどもの拠点、『灰色の樹幹』。
そこにこんな女が居る時点で怪しさが鼻を曲げるほど臭ってくる。
手を出したものならばその後何をされるか分かったものじゃない。
「『灰色』を心配しているなら。無用よ。私は特別だから、ここの碌でなし達の慰み物にはなっていないわ」
「だったら余計心配だな。オーレンのお気に入りに手を出したら、本国にも迷惑がかかりそうだ」
「あら、彼は男色よ。心配性なのね」
……聞くんじゃなかった。想像してしまったじゃないか。
「と、とにかく……黒いローブの男が宿に泊まっていないということは、野宿か……誰か
「ここは観光地だから、見ようによっては怪しげな男ばかりよ。それでも、二週間も『森のノカ』内で野宿している男が居たなら、私が知らないはずがないわ」
「ということは、匿っている人間がいるということだな。……家捜しでもしてみるか?」
「ノカの町全てを? 現実的じゃないわ。……それに人が居なくても隠れられる場所があるじゃない」
「……『夜のノカ』か」
あそこに潜んでいたら、お手上げだ。捨てられた町といえどもかなりの建物があった。虱潰しで探しても相当な時間がかかってしまうだろう。
「それに、魔族なのでしょう? 何故、まだこの辺りの家に潜んでるなんて思うの? 人とは違うのだから、森の中に潜んでいるかもしれないし、とうに魔界に帰っているかもしれないわよ」
そうだ、黒いローブの男がどんな魔族なのかは分からない以上、可能性を上げればキリがない。だが――
「魔族がこの辺りに潜んでいるのは間違いないだろう。そして、誰かは分からないが人間の協力者もいる。昨日の『子供の影』事件もそうだが、もう一つ、根拠がある」
「……聞くわ」
流石は情報専門だな。急に顔が引き締まった。
「俺は『眠り病』を治すため、『教会』に頼まれてここに来た。そして治す直前にワイバーンに襲われ、それを中断してしまった。……その直後、五人は何者かに殺された」
「……確かに、出来過ぎてるわねぇ」
「この町の状況を逐一見守らなくてはできない所行だ。そして、『教会』は五人の治療を考えていた。ならば五人を殺したのは……魔族側に付く人間の仕業だ」
「……魔族が殺したという線は?」
「わざわざ、毒を使ってか? 人を眠らせ、魔物を呼び出せる魔族がそんなことをする必要はない」
「……人が関わっているのならば、魔族もその人間に匿われているという理論ね。……理にかなっているわぁ」
「とは言っても、現状では当て推量でしかないがな」
人間が関わっている。が、それが分かったところで特定できなければなんの意味もない。……本当に雲を掴むような話だ。
「今はまだ私も当て推量しかできない。もう少し、何か情報が欲しいわね」
シルワの言う通り、現状は情報が全く足りていない。だが、調べるにしても足がかりが欲しいところだ。
「……せめて大聖堂で何があったのか、それが分かればな。……二週間前、ルスラン大聖堂で何があったのか。何故、魔族がこの町に来たのか、その辺りがまるで分からない」
通信石がない以上、馬か
「……そうね。始まりの場所。二週間前の男達が現れた場所をまず調べてみるのもいいかも」
顎に手を置き考えていたシルワが提案を出す。
二週間前、男達が現れた場所か……ということは――
――……あれ。
――ちょっと、待て。
――二週間間前。そうだ、男達が現れたのは二週間間前だ。
「俺は……馬鹿だ」
「へ?」
何故、今の今まで、その可能性に思い至らなかったのか。本当に、俺は阿呆だ。
「シルワ、一つ答えてくれ。……“この町に、
俺の質問に、シルワはその大きな瞳を瞬かせる。
「……え、ええ。アナタなら、当然知っていると思っていたわ」
そんなこと、エメットからは聞いていない。だが、推測はできた。
『けれど気をつけてね。一度使ったら、半年は使えなくなっちゃうから』
俺は、
そう、男達と魔族が現れた二週間後に俺が現れた。そして……
シルワが補足するように、続ける。
「男達はアナタとは違う
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