⑧<少女5> 『嫌な予感』


⑩【ソフィア】

「はぁ……はぁ……も、もう嫌、私もうこの乗り物、絶対乗らない!」

 大白鳩シェバトあるし! 飛んでも半日くらいかかりそうなくらいの距離移動した気がするけど絶対もう乗らない!


 薄暗い森の中に降り立ち、私を運んできた乗り物を蹴り飛ばそうと振り向く。


 浮島は既に飛び去っていた。


 瞬きのうちに木々の間をすり抜け小さくなっていく。


「ちょっ……帰り、どうすんのよぉおおお!!!!」

 私の叫びが木々をこだまする。

 勝手に連れてきておいて置き去りとか無責任にもほどがある!


『ほらほら、一人で遊んでないで、早く弟君探すよ。……何か嫌な予感もするし』

 頭の上のメフィスが不穏な発言をする。

 ……でも、私も降りた瞬間分かっていた。


 高くそびえた木々から差し込む閃光は薄く、森全体が薄暗く鬱蒼としている。

 視界は狭く霧も出ているせいか、少し先でも見通せない。

 森の町にいた時は気にならなかった虫の這う音が連鎖する。気味の悪い鳴き声の鳥が森のあちこちで合図を出しあっている。


 森の町は木の枝を利用して、高い位置に作られた町だ。そこから少し離れた私の住んでいるところも、標高は高い。

 でもここは違う。森の町の遙か下、古木が根を這う大地に私は降り立ったんだ。


「こんなところ、マシューが来たらすぐに泣き出してもおかしくないわよ。早く探しましょう!」

 とは言ってもどこを探せばいいんだろう。大きな木の根っこが這い回っていて、迷路のようになっているし、少し先も真っ暗で視界が悪すぎる。


「出ろ! 『ランタン』!」

 カシャン、と細剣レイピアの先にランタンの持ち手が重なった。淡い光が私の周辺に広がる。

 よし、これで少しはマシになったけど……それでも暗い。欲を言えばもっと森全体を照らせる光が欲しかった。


「ねえメフィス、太陽とか出せないの?」


『うん、もし出せたとしても僕らは焼け死ぬだろうね』

 ちっ分かってるよ、冗談だよ。


「マシュー! いるなら出てこーい! いないなら、いないって言えー!」

 ……こう言えば、いつもなら「いないー!」って答える筈なのに、返事はない。

 この辺りにはいないんだろうか。ってか、私が全然違うところに来たんだとしたらどうしよう。

 かさりと、目の前の巨大な根っこの影で何かが動いた。私の心臓が跳ね上がる。


「マ、マシュー?」

 私の声にガサガサ、と物音で反応する。

 ……なぁんだ、そこにいたのね可愛い弟よ。


「……なぁんて言うと思ったか! 馬鹿め!」


『うぁ! 急に大声出さないでよ。ビックリした!』

 私は先に付けたランタンごと細剣レイピアを構え、様子を伺う。

 どうせアレでしょ? マシューだと思って近づいてみたら変な魔物で、うわーきゃーひゃー的な感じでしょ? もう私は簡単に騙されないわよ。

 私は成長したのよ! 純粋なソフィアさんはもういないのよ!


「よ、よーし! 三つ数えるから、すぐに出てきなさい。じゃないと私のこの剣がアンタの口をかっさばいて頭を貫いて脳髄をズタズタにしちゃうわよ!」


『脅し文句が怖いよソフィア……』

 慎重に、慎重に、物音のする方向に近づいていく。

 もうすぐだ。もうすぐ、物音の正体が分かる。


「こら! 返事しろって言ってるのよ!」


『言ってないし、魔物だったら返事できないよ』

 メフィスが何か言うのを無視して私は脚力を使い、一気に距離を詰めた。

 そして――


「きゅい!?」

 尾っぽがフサフサした小動物が落ちていた木の実をかじっていた。

 突然現れた私を見て、目を見開いて驚いている。


「か、可愛――あっ!」

 見とれる私を置いて、小動物は飛び跳ねながら逃げていった。

 逃げなくてもいいのに……私とちょっと遊んでくれてもいいのに。


 ふう、でも安心した。


「そ、そうだよね、良かったぁ~、そう簡単に魔物なんて――」

 ま、魔物なんて――

 あー……

 後ろに気配を感じる。何かすっごい視線を感じる。


 恐る恐る振り返ると、私のすぐ後ろにそれはいた。

 私の理解を超えた存在が、そこにいた。


 それは大きなメダルのような生き物だった。

 私の背丈くらい大きな丸い生き物。

 身体全体が石のように硬そうで、ぱっと見では無機物のような雰囲気を持っていたけれど、私が生き物だと判断したのは理由がある。

 メダルの縁を囲うように小さな人の顔がびっしりと付いていた。その一つ一つが動いていて、何か良く分からない言葉を垂れ流している。

 顎は全てメダルの中心を指していて、メダルの中心は大きな眼球になっていた。

 私の顔くらいの大きさ。そのつぶらな瞳が、私をじっと見つめていた。


「#$%&&””!」

 音速の突きが眼球に突き刺さる。

 細剣レイピアの刀身がメダルの中心を貫いた。ランタンが眼球にぶち当たり割れて燃え広がる。


『ちょっと、今なんて言ったの!?』


「うるさい! 何あれ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いぃぃぃいいい!」

 既に私は走っていた。とにかくあの気持ち悪いメダルのお化けから逃げる事だけを考えていた。

 何よあれ、なんで人の顔があんなびっちり付いてるの。真ん中の目玉もなによ。なんであんな大きいの? 嫌でも目が合っちゃったわよ。ああ、もう夢に出てきそう。ホント気持ち悪い!


「大体、出会い頭の落差が酷すぎるでしょ! あんなに可愛い小動物に会えてほんわかしてたのに! ああもう! 出ろ! 『謎の小動物』! 出ろ! 『私の部屋のぬいぐるみ』! 出ろ! 『この前雑貨屋さんで見た可愛らしい鳥の置物』!」


『夢魔法を無駄遣いするなぁ!』

 可愛い物を次々に出して傷を負った心を癒やす。

 なんか、後ろからゴロゴロ何かが近づいてきている気がする。見たくない! 私は絶対見たくない!

 だめだソフィア。どれだけ嫌でも、現実を見つめなきゃいけないときだってあるんだよ。もしかしたら私の勘違いの可能性だって……


 振り向くと、先ほど倒したはずのメダルお化けが、転がりながら私に近づいてきている。


「そうですか! こんな時は予想通りですか! 読者の予想は裏切って期待には応えなさいよ! どれだけ性格ねじ曲がってんのよ!?」


『誰と何を話してるの!?』

 私も分からない。もう、気持ち悪過ぎて頭が混乱してしまっている。


 あぁ、えっとどうしよう。と、とにかくあのゴロゴロを止めないと。ゴロゴロを……ゴロゴロをぉおおおお!!!


「出ろ! 『ワイバーン』!」


『嘘ぉん!?』

 細剣レイピアの先から噴射された巨大な翼竜がゴロゴロを飲み込む。そのまま上空へ頭を持ち上げ……消えた。

 ワイバーンの口があったあたりからメダルのお化けが飛び出してくる。


「短すぎでしょ!? しっかりしなさいよ!」


『言ったよ僕は!? 瞬きの時間って言ったよ!?』

 ワイバーンもせめて一噛みしてから逝きなさいよ! ってアイツ宙を浮いてない!?

 嫌々見ると高速で回転しながら私を見つめるつぶらな瞳。

 ってか目玉ぶっさした筈なのに何事もなかったかのように復活してるし。

 で、でもここまま宙に浮いていてくれれば、逃げ切れる。私は気持ち悪いアレから解放される!

 次の瞬間、私の背中を悪寒が走った。何か分からないまま真横に転がる私。その横を光の光線が駆け抜ける。

 爆風が上がり、土煙ごと私の身体は吹き飛ばされ、後ろにあった木の根にぶち当たった。


「げほっ、げほっ何今の?」


『多分、光魔法だ。上位の魔物は魔法が使えるんだ』


「どう見たってアイツ闇寄りじゃない!」


『知らないよ!』

 でもこの目でも見た。あのメダルお化けは中央の目から光線を発射させて攻撃してきた。認めたくないけれど、あの敵は『光魔法』も使えるんだ。


「……だったら、やることは一つでしょ!」

 私は立ち上がり、細剣レイピアの先を浮かぶメダルお化けに合わせる。

 中央の目玉が私を睨み付け、白く光る。……今だ!


「出ろ! 『脱衣所の全身鏡』!」

 どん、と私の前に見慣れた全身鏡が置かれた。メダルお化けから発射された光魔法の光線は全身鏡に反射され自分に跳ね返る。

 硬い金属音のような音を立て、メダルのお化けは地面に落下した。


 近づいてみると、身体の半分が焦げたメダルのお化けが、地面に倒れながらうごめいている。気持ち悪い。


 真ん中の大きな眼球がぐるぐる色々な方向に目線を送っている。気持ち悪い。


 生き残った縁に付いている顔達が何かを呟きながら次々に舌を出していく。気持ち悪い。


 え、……沢山の長く伸びた舌で焦げた身体をベロベロ舐めてる。舐めたところから焦げた身体が元の状態に戻っている。私が突いた眼球が回復したのってこれの所為?


「ホントに気持ち悪い! 出ろ! 『道端にあった変な彫刻の石』!」

 メダルお化けのちょっと上の方で変な彫刻の石を呼び出す。

 呼び出した瞬間、自重で落下し、メダルお化けの身体を押しつぶす。


 ……うわぁ……石と地面の間で沢山の長く伸びた舌が触手みたいになってびちびち動いている。


「気色悪い気色悪い気色悪い! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』!」


『ちょっ、ちょ、ソフィア落ち着いて!』

 はぁ……はぁ……き、強敵だった。何度も心が折れそうになった。けれど、私は打ち勝った。恐怖に打ち勝ったんだ。

 メダルのお化けは地面と大きな石の間でもはや形も残してないだろう。紫色の液体が広がっていく。……夢魔法の解除はちょっと後にしよう。見たら多分、吐く。


「さ、さてと、マシューを探さな……きゃ……」

 私達の周りをゴロゴロと重い物が転がる音がする。連続して。私の周りを囲うように。


『あぁ、これは……良くないかもね』

 うるさい、分かってる。……これは、とってもマズい。

 私の周りを囲うように、沢山のメダルお化け達が集まってきている。

 どれも真ん中の目が血走っていて私を睨み付け、様子を伺っていた



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