③<王子1> 『聖者の依頼』

③【ロキ】

「眠り病?」


「うん、その名の通りの奇病だよ」

 エメットがキラキラした光を撒き散らしながら紅茶を口に含む。

 そんな仕草も妙に様になっているところが余計腹が立つ。

 王都一番の大通り、有名店のカフェテラスで喧噪に紛れながら男二人が顔を付き合わせていた。


 お洒落な町並みでお茶タイム。これが女の子相手ならばまだ俺のテンションも上がるんだが、残念なことに俺の前に座っているのは『教会』きってのチャラ男、『愛の伝道師』を自称する金髪祭司のエメットだ。


「眠り続けて目覚めない病気か……水をぶっかけてみても駄目なのか?」


「そんな可哀想なこと、やってみる人間なんて君ぐらいだけど、仮にそれをしたとしても起きないだろうね」

 あきれ顔のエメットを見つめながら状況を整理する。


 帝国との小競り合いを乗り越え、ルスラン王国第五王子ロキ、つまり俺の守護するエスタール公国は平和を取り戻した。

 取り戻したはいいが、所詮は辺境にある田舎国家エスタールだ。その後トラブルが続くこともなく、何事も起こらない日々が続いていた。

 俺自身も復興作業をしつつ、従者であるガラハドと一緒になって農作物を育てるのんびりとした日々を送っていた。まあ、良いことなんだがな。


 そんなある日、俺の住まうエスタール領主邸に上等な鳥が一羽舞い降りてきた。

 その足には、しっかりと括り付けられた一枚の手紙が。

 『教会』押し印付きの仰々しい見た目をした封書だ。

 嫌な予感を覚えつつ開いてみると……


『やあ、元気かい? たまにはキミと会いたいな』

 見た瞬間破り捨ててやろうかと思った。

 いや、実際続く話がなければ微塵のためらいもなく破り捨てていたことだろう。


 よくよく読んでみると、ルスランの領地内、一部の地方で妙な病が流行りそうだから一度相談したいといった内容。

 国王にも封書を送ったらしいのだが、現在、戦争の気配を感じ取った直後らしく、後手後手に回されているとのことだった。


 正直、病の治し方など専門外もいいところだったが、放っておくわけにもいかない。

 流行病ほど怖い物はない。前の世界でも、ペストなんかが流行って何人もの犠牲者が出たりしていた訳だしな。


 ということで、従者ガラハドを引き連れて再び王都に凱旋を果たしたという訳だ。


 ああ、今現在ガラハドは城内に待たせている。

 俺の母親シャルルに会い、それとなくガラハドを連れてきていることを伝えといたから、今頃は困り顔をしながらも二人の会話を楽しんでいる頃だろう。

 二人とも、本当に奥手だからな。まったく、世話を焼かせる。


「『教会』として拾えているだけでいい、現在の患者はどれくらいだ?」


「五人。ここから西にずっと行ったところにノカって町があるんだけど、発症した人間は今、その地方にしかいない」


「森の町ノカか。観光名所だな」


「知ってるんだ。そう、ターンブル領からも観光客が来るほど、そこそこ賑わっている町だよ。当然、『教会』としてもお布施が馬鹿にできないんだ」


「結局は金か。慈愛の心はどうした」


「勿論、この大陸中生きとし生けるもの全てに『教会』は慈愛の心を持っているよ。ちょーっとだけ優先順位があるだけさ」

 酷い話だ。まあ『教会』への文句は今更言っても仕方がない。

 問題は『眠り病』への対策だが……


「ここまで来ておいてなんだが、俺に医療知識など、皆無だぞ。探せば、腕の良い医者くらいは見つけられるかもしれないが」


「ああ、それは大丈夫だよ。医者はもうとっくに派遣しているから。もうね、原因不明のお手上げ状態だってさ」

 まあ、『教会』と医者なんて持ちつ持たれつの関係性。腕の良い医者など、王族以上に独自ネットワークが構築されているはずだ。だが、その医者ですらお手上げならば益々俺をここに呼んだ理由が分からない。


「ならば一体、俺に何をさせようとしている? 先に行っておくが義援金ならば他を当たるんだな」


「ロキが年中、素寒貧なことくらい分かってるよ。そうじゃなくて……」

 エメットは自分の懐をあさり、一つの小さな物体をテーブルの上に転がした。

 それを見た瞬間、悪寒が背筋を駆け巡る。


「……なんの冗談だ、気色が悪い」

 エメットが取り出したそれは、小さな宝石が付けられた指輪だった。

 リングを捻ったような見た目で、主張しすぎない装飾が施されている。


「勘違いしないでもらいたいなぁ……僕だって、指輪をあげるなら可愛い子羊ちゃんの手に渡したいんだから」


「それでこそチャラ導師だ。遂に気が触れたのかと心配したぞ。……それで、なんだコレは?」

 恐る恐る手に取ってみるが、特になんの変哲も無い指輪だった。サイズが小さめなので、俺の小指に丁度良いくらいだ。小ぶりの透明な宝石が取り付けられていて、婚約指輪を連想させる。


「さっき、王に封書を送ったって言ったでしょ? 返答はなかったわけだけど……変わりに王太子殿下から送られてきた」


「兄上から? コレをか?」

 兄上であるテュール王太子は今現在大陸中央南にあるキューリア湾のいざこざにかかりっきりになっていた筈だ。

 城内に居るには居るが、こんな地方の小事に関わろうとするとは思えない。

 王から何かを言われたのだろうか。


「使いが言うには、『コレを王族の誰かに渡せば、分かるよ~』ってお言付けもあったらしいね。だから、キミをここに呼んだんだ」

 なるほどな、今現在暇を持てあましている王族となると限りがある。

 王やテュール王太子は論外、第二王子は王太子のサポートでもっと忙しい。

 第四王子も領地内で小競り合いを抱えていたはずだ。


 王族というカテゴリーで言うならば公爵達や腹違いの姉あたりか。ああ、腹違いならば妹も一人居たな。まだ俺がエスタールに赴任する前に会ったきりだが。


 四人の兄上含め俺もそうだが、全員国王譲りの真っ白な髪に赤い瞳を持っている。

 妹はそれに加え、色白で透き通るような肌をしているからな。病弱で薄幸な少女を連想し、心配したものだ。


 その妹や上の姉達は政治から比較的離されているので除外。 

 王太子の兄上は選族思考が高い。王太子殿下の言う“王族”とは恐らく王とその息子、王子達のことを指すのだろう。


 となると、誅殺大好き第三王子ボンクラか俺かってことになる。

 第三王子バルドルに物事を頼むと後が面倒くさくなるのは周知の事実。

 となると、俺しか残らないということか。

 

「まんまと貧乏くじを引かされた、というわけだな」

「そう言わないでよ。それで、何かわかった?」

 そう言われても、残念ながらさっぱりだ。

 この指輪どころか、悲しいことに二度の人生で婚約指輪すらろくに拝んだことのない男だぞ。

 兄上もなんのつもりでこんな指輪を……うん?


「――この宝石、恐らく、魔石だな」


「そうなの?」

 エメットが意外そうに聞き返す。それもそうだ。人が魔法を使うために必須の鉱石、魔石はもっと大きめ、どんなに小さな物でもピンポン球くらいのサイズはある。こんな小さく加工がされた魔石など見たこともない。


「魔石には独特な光の歪みがある。『血の盟約』を行ってみれば、もっと確実なことが分かるだろうがな」

 魔石と所有者をリンクさせ、魔法の使用を可能にする『血の盟約』はルスラン王族のみが行える。

 だからこそ、王族はどんな魔石でも扱う事ができ、魔法の使用者を限定することで大陸東半分を支配してきた。


「『血の盟約』、出来るようになったんだ。ちょっとやってみせてよ」

 エメットが目を輝かせて身を乗り出している。


「冗談言うな。兄上からも使用を許した者以外はなるべく見せるなと言われている。こんなところで、こんな胡散臭い男が居ながらやれる筈がない」


「ケチ。さっきの前振りはなんだったのさ」

 チャラ導師が残念そうに頬を膨らませている。そして、その姿は恐らく、そう見せかけているだけだ。コイツの本心はもっと別の所にある。それが透けて見えるからこそ、胡散臭いと言われる原因だろうに。まあ、人の事は言えないがな。


「なんにせよ、父上が兄上を通してわざわざ送って下さった物だ。『眠り病』の解決に役立つ魔法が使えるのだろう」


「そうだろうね。キミさえ良ければ、是非解決まで一肌脱いでもらいたいけど、どうだろう?」


「……まあ、乗りかかった船だしな。知らぬ人間にこの魔石を使わせるくらいならば、いいだろう」

 幸いにも、今現在エスタールは平和そのもので、緊急でやることも無い。良いことではあるのだが退屈もしていたから、丁度良い。


「キミに封書を出して正解だったよ。それで、ノカにはどうやって向かうつもりだい?」

 エメットがよく分からないことを聞いてくる。どうやっても何も、この国の移動手段は主に馬か馬車だ。当然、俺もそのつもりでいた。


「王都からノカまで馬車で五日かかるよ。もっと別の、良い手段があるんだけど」


「良い手段?」

 エメットが頷き、キラキラした笑顔を向けながら続ける。


「転移石さ。キミも、エスタールで見かけたでしょ?」


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