第五章 ――白色の王子と透明な少女――

プロローグ  『決戦の影』

【プロローグ】


 ――約五百年前


 帝都は戦渦に包まれていた。

 夜空を炎に包まれた不死鳥が舞い、煉り石で造られた建物が次々に倒壊していく。

 形を残した建造物も炎に包まれ、激しく繰り広げられる魔法の連鎖により、至る所でその短い余命を散らしていた。

 花の都と呼ばれた美皇帝の裾野はもはや見る影もなく、命からがら逃げ出した帝都の民達の悲鳴で彩られていた。


 ターンブル帝国皇帝の下に突如現れた『帝都の厄災』。

 そしてその眷属達の引き起こした災禍は遂に極限まで達し、国と国が損得の垣根を越えた連携を見せた。

 名声を轟かせた勇者達が結集し、幾多の犠牲を乗り越え、遂に『帝都決戦』を決行する。


 激しい戦いが繰り広げるその影で、一人の男が瓦礫の隙間をひた走っていた。

 脇にミスリル製の小さな宝箱チェストを抱え、息を切らしながら目的の場所まで走っていた。


「どこに逃げようってんだコラ」

 瓦礫の上から重圧が降り注いできた。

 それは先を急ぐ男の足を止めるに十分な程の威圧を放ち、男の身体を縛り付ける。


「正直そいつのことは好きじゃねぇが、エルデナのお気に入りだからな。逃げられると後が面倒くせぇ」

 暗闇に包まれた黒い影が拳を鳴らす。巨体であることは分かるが、その姿は影に隠れて男の目には映らない。


 男は、震える脚に活を入れ、再び走り出した。

 影が小さく舌打ちする。


「逃がさねぇッつってんだろ!」

 巨体が一瞬にして男の背中へと距離を詰めた。鋭く伸びた爪が男の背中に襲いかかる。


「!?」

 次に巨体が見たのは、身を犠牲にし男を庇った兵の亡骸だった。

 胸を爪に串刺しにされながらも、安らかな顔で逝っている。


 開きつつある逃げる男と巨体の距離を埋めるように、続々と雑兵達が集まってくる。


「雑魚がいくら集まろうとも、同じなんだよ!」


 逃げる男の背中へ、野獣の咆吼が届いてきた。


*****


 どれだけ、男は走っただろう。

 どれだけの犠牲を払ったのだろう。


 遂に男は目的地へと辿り着いた。


 燃えさかる噴水の前に白馬に乗った男がいた。


 その男は白い鎧と凪をその身にまとい、戦乱に包まれた帝都であることを忘れさせる雰囲気を持っていた。


「……良くやった」

 白い鎧の男はそう言い、宝箱チェストを男から受け取る。


「どうぞ、お逃げください。私はここに残ります」

 振り返る男の背から覚悟を感じ取り、白い男は頷く。


「すまない。お前の犠牲、無駄にはしない」

 白馬が、駆けだしていった。

 残された男に、影をまとった巨体が迫りつつあった。


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