魔族と人間4 『星空』

【**** **】   


 ガラハドは重い足取りを気力のみで支え、行政区へ向かう階段を登る。


 背中に矢が刺さり、右手はズタズタに裂かれている。

 いつ倒れてもおかしくない状況で、それでも愛する者の下へと歩いていた。任務を遂行した。それを言いたいが為だけに。


 その女はガラハドが離れた時と変わらぬ格好でそこに居た。


 亡骸の隣に座っていた。血塗られた姿で泣いていた。


 後ろ姿を見るだけで、心がはち切れそうになる。暴れる心臓の鼓動をガラハドは必死になって抑えつける。


「敵は……殲滅させました。一兵たりとも、ブルシャンには居ないでしょう」

 痛む足を堪え、女の隣にひざまずく。


 両目を閉じていた女の瞼が開かれた。ガラハドの心を魅了した輝きは失われ、淀んだ大きな瞳をガラハドに向ける。


「……もう一人、居る」

 泣き枯らした声だったが、腹の底から響く気迫がこもっていた。

 ガラハドは誰のことを指しているのかすぐに察し、両目を閉じる。



「死を持って、償え。この魔族殺し」

 低く、ざらついた、そして心地良い声を聞き、ガラハドは眉間に皺を寄せ、大きく呼吸を整えた。


「……かしこまりました」

 このお方の為ならば、それも仕方ない。ガラハドは立ち上がり剣を抜く。

 もう一度女の方を見ると、歯を食いしばり血走った瞳でガラハドを見つめている。


 欲を言うならば、最後に笑顔を見たかった。

 だが、どんな表情であれガラハドの目から見るならば何よりも美しく、気高かった。

 その御前で死ねるならば、本望だった。

 

 甲冑を脱ぎ捨て、腰の剣を抜き、胸にあてる。剣先から鼓動が聞こえそうだった。

 不意に、星空が浮かんできた。こことは別の場所で見た光景だ。誰かと眺めていた記憶がおぼろげに浮かんで来る。


『シャルル様……』

 心の中に、誰でもない女の名が反響する。

 いつの間にか、ガラハドは星空を見上げていた。星屑はガラハドが少年だった頃と変わらず降り注いでいた。


「やめろ! ガラハド!」

 星空に白い髪の男が飛んでいた。

 翼を持った魔族に抱えられ、焦燥を帯びながら近づいてくる。

 知らぬ男の筈なのに、歓喜が訪れ涙が溢れる。

 最後に、その目に、男の姿を焼き付ける。


『殿下。お別れです』

 ガラハドの剣が、その体の中に吸い込まれていった。














        ****




【ガラハド 星空】


「私はこうやって二人で、こうやって星空を見上げるのが大好きなのです」

 ガラハドの腕を枕に、シャルルは星空を見上げる。


「今、でなくとも、毎日ともに見上げる日々が来ます」


「本当ですか?」


「……お約束します」

 ガラハドは震える手を少女の頭上に上げ、


 葛藤の後に髪を撫でる。愛おしく。


 生涯にわたり、出せなかった勇気が生まれていた。

 この時をもっと大事にしていれば……違った結末もあったのかもしれない。

 シャルルと結婚し、自分の子と過ごしていたかもしれない。


 歩んできた人生とは別の可能性を少しだけ想う。

 だが、ガラハドは今までの人生を後悔していなかった。後悔があるとすれば、ただ一つだけ。


「……愛しております。シャルル様」

 するりと、ガラハドの口から零れ出た。ずっと伝えたくて、伝えられないままでいた言葉だった。

 シャルルはガラハドの腕の中、頭を撫でられながら、気持ちよさそうに眠っている。

 ガラハドが初めて伝えた想いは、シャルルに伝わる事はなかっただろう。


 だからこそ、言えた。


 伝わらなくても、それで良かった。



 最後まで、私は不器用なままだったな。と、ガラハドは寝顔を愛おしく見つめる。


「申し訳ございません……貴女との約束を、私は何一つ守る事が出来ませんでした」

 ガラハドはシャルルの頬をそっと触る。


 共に星を見上げる日々。


 生涯掛けて子を護り続ける日々。


 どちらももう、手の届かない所に行ってしまった。


「……ですが、あなたの子は立派に成長されてます。私がいなくとも上手く立ち回って行かれることでしょう」

 まだ少し、心配ですがね。と軽い調子で付け加える。


 第五王子ロキ。

 愛するシャルルの産んだ子で、生涯の忠誠を誓った存在。

 彼は幼子の頃から全てを達観したかのような目をしていた。

 希望も未来も捨て去った目をしていた。

 ガラハドと同じ目をしていた。


 だから余計に気が合ったのだろう。一緒に居る間、沢山の心配もしたが、それ以上に沢山の楽しい思い出も生まれていた。


 その立ち振る舞いで誤解されることも多いが、心根は真っ直ぐで他者に優しく、君主として相応しい存在だった。

 自分が忠誠を誓うに相応しい存在だった。


「シャルル様、あなたの子はきっと、この世界を良き方向に導いてくれます。それだけ、大きな器を持った存在です」

 ガラハドの言葉が届いたのか、シャルルは眠りながらも微笑みを浮かべる。


「願うならば、たった一言、殿下にも私の言葉が届けば良いのですが」

 彼が君主に向け、最後に贈った言葉は、星の一つに変わっていく。


「お別れです。あなたを好きでいれて良かった。……あなたの子と過ごせて、本当に良かった」

 ガラハドはシャルルの 額に口づけして、星空へと消えていった。




        ****

 星が、煌めく。



『ロキ様、どうか、お幸せに――



        ****

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