魔族と人間5 『サキュバスと王子』


【ノエル 行政区】


 黒い甲冑の男が倒れると同時に絶叫が響き渡った。

 突然空から振ってきた白い髪の男が悲鳴を上げていた。


 うるさいな、叫びたいのはこっちだ。

 舌打ちをしながら、駆け寄ってくる男に火炎弾を放つ。業火の塊が男の足下に落ち、爆風を上げた。


「近寄るな!」

 火炎弾を避け、それでも向かってくる白い男に片手を差し出す。

 いつでも炎を発射出来るように手を輝かせ魔力を貯める。

 白の男はそれを確認して、無理矢理ながらも足を止めた。さっき撃ち込んだ火炎弾が頭を過ぎったんだろう。


「……もう少し早く来てよ。この男に殺させたのに」

 白い髪の男は高級そうな服に軽装の鎧をまとっている。背中にはマント。

 多分、それなりに偉い人だ。人間は全て殺せとアイツに命じてあったのに。


「お前……ガラハドに何をした!」

 男の整った顔が醜く歪んでいる。私もきっとそうなんだろう。


「何って? 報いを受けさせただけだよ」

 この黒い汚物はお父さんを殺した。魔族に手を掛けた。その報いだ。


 白の男は私の足下で転がる死体に目を向ける。

 震えていた。

 きっと、この人にとっても、ガラハドと呼ばれる男は大事な人だったんだろう。


「報い? 報いだと!? ガラハドが一体何をした! 俺の仲間が一体何をした!?」

 何をした……? この人、本気で言っているの?


 ぴきん、と私の頭の中で何かが弾ける。

 ドラゴンを傷付けた。

 街を攻めた。

 皆を苦しめた。

 魔族を殺した。

 リレフを殺した。お父さんを殺した。お父さんを殺した。お父さんを殺した。

 全て人間がやった。あなた達がやった。それで、どの口が言うのか。


「何をした……? 何をしたって!? ふざけないでよ!! この街を見てなんでそんなことが言えるの!?」


「それは魔族と帝国の問題だ! 逆恨みでガラハドを……俺の従者を……ふざけんじゃねぇ!」

 逆恨み? 違う。恨みだ。私はお父さんの仇を取っただけ。お母さん譲りの力で、人間の尊厳を奪ってやっただけ。


「……従者? 家来ってことだよね? ……じゃあ、……じゃあやっぱり貴方が元凶か!」

 この白い男が指示を出したんだ。

 ブルシャンを攻めたのもコイツ。リレフを殺したのもコイツ。お父さんを殺したのもコイツの指示……。

 許せない。魔族をなんだと思ってるんだ。人間がどれだけ偉いと勘違いしてるんだ。


「お前は何者だ」

 男が腰に付けた剣柄を握り、私に問う。


 私はつい、笑ってしまった。そんなこと、ずっと私自身が考えてきたことだ。


 元は人間で、ただの高校生だった。

 ある日、本当に好きだった相手と付き合える直前にこの世界に飛ばされて、魔族になった。

 それからずっと、人間と魔族の狭間で揺れ動いてきた。


 自分が人間なのか、魔族なのかハッキリしてなかった。


 でも今なら言える。ハッキリと、口に出して言える。


「サキュバス種のノエル。この街の住人。ただの魔族。平和に暮らしてた一市民」

 そうだ。私はもう人間つばさじゃない。魔族ノエルだ。


「俺の名はロキ。ルスラン王国第五王子。そこの騎士ガラハドと永遠の主従の関係を結んでいた。……供に歩むと誓っていた!」


「だからなによ! 私だってお父さんと……家族と一緒に暮らしていこうと思ってた! この街が……家族が大好きだった!」


「……お前に同情などしない。ルスランの名に掛けて、王家の威信に掛けて! 仲間の仇を取らせてもらう!」

 男が剣を抜いた。そう……私が仇、かたきね。

 上等だ。


「なら私の仇はあなた。お父さんの……リレフの……この街の皆の仇、私が撃つ。あなたは魔族の敵だ!! 人間は全員死んでしまえ!!」


「たかだか魔族の小娘が人間を舐めるな! 王族を舐めるな! 絶対に、どんな手段を使っても、お前は俺がこの手で撃つ。殺してやる!」


「やってみろ!」

 人間が魔族を憎み、魔族が人間を憎む。憎しみと憎しみのぶつかり合い。

 その果てに立つのは私だ。絶対にこの男には負けてやらない。

 二つの人生の中で最も憎い相手へ向けて、私は特大の火炎弾を放った。


        ****


【ロキ 行政区】


「やめろ! ガラハド!」

 俺の言葉は虚しく消え去り、ガラハドの胸に剣が沈み込んでいった。

 俺は叫び声を上げ、エアから転げるように飛び降りる。

 倒れ込むガラハドの横に、髪の長い女が立っていた。俺の存在を汚物を見るような目で見つめている。


 ガラハドに近寄ろうとした俺の前に、炎の塊が飛んで来た。咄嗟に剣の鞘を地面に叩きつけ、それを避ける。円い炎の塊は俺がいた地面にぶつかり、爆風を上げて炎上した。

 この女、ガラハドを殺した挙げ句、迷い無く俺を殺そうとしてきやがった。

 ふざけやがって!


「近寄るな!」

 髪の長い女は片手を掲げ、手の平を光らせる。……高火力の炎魔法だった。まともに当たれば、ひとたまりもなく消し炭になるだろう。


「……もう少し早く来てよ。この男に殺させたのに」

 女の美しい顔立ちが憎しみで歪んでいた。その大きな目も血走っている。


「お前……ガラハドに何をした!」

 あいつはこんな簡単に死ぬような男じゃなかった。こんな場所で死ぬべき存在でもなかった。こんな魔族の女に殺されて終わる人生じゃなかった筈だ。


「何って? 報いを受けさせただけだよ」

 思わずガラハドを見る。この堅物と騎士道の塊みたいな男が?

 この魔族は一体何を言ってるんだ……?


「報い? 報いだと!? ガラハドが一体何をした! 俺の仲間が一体何をした!?」

 俺達は魔族に恨まれるようなことはしてきていない。

 むしろ、積極的に助けていた。ガラハドだってそうだ。

 魔族全ては守れないにしろ、出来る限りの助力はしてきたはずだ。


「何をした……? 何をしたって!? ふざけないでよ!! この街を見てなんでそんなことが言えるの!?」

 女の言葉を受け。俺は全てを理解した。

 そうか……この女、勘違いしてやがる。

 人間である俺達が攻め込んできたと思い込んでいる。

 

 ……馬鹿馬鹿しい。

 こんなことで……こんな女の勘違いなんかで! ガラハドは死んだのかよ!


「それは魔族と帝国の問題だ! 逆恨みで俺の従者を……ふざけんじゃねぇ!」


「……従者? 家来ってことだよね? ……じゃあ、……じゃあやっぱり貴方が元凶か!」

 従者という言葉に反応したのか、勘違いを増幅させる女。

 言葉は重ねない。コイツがどんな勘違いをしていようともどうでも良い。

 この女がガラハドを殺した。それは変わらぬ事実だからだ。

 王国に害を為した。それだけで首を切るのに十分な理由だ。


「お前は何者だ」

 俺の問いに、不意に女が笑った。それは妖艶で美しく、儚かった。


「サキュバス種のノエル。この街の住人。ただの魔族。平和に暮らしてた一市民」

 サキュバス……婬魔。夢魔。人の心に入り込み、魅惑させ、堕落させる魔族。


 ……そうか。

 ガラハドは、最後の最後に、今際の際に……心を塗り替えられ。死んでいった訳だな。

 あれほど純粋に、真摯に自分の身を犠牲にして過ごしてきたガラハドの想いを、この女は最後に汚した訳だな。


 ……ふざけるな。

 この女は一体何様のつもりなんだ。

 一人の男の尊厳を奪い、拠り所を塗り替え、平然としている。

 ガラハドの……生涯を掛けたシャルルへの愛情を打ち壊して笑っている。

 そんな存在を許して良いはずがない。

 俺は絶対許さない。……許せるものか!


「俺の名はロキ。ルスラン王国第五王子。そこの騎士ガラハドと永遠の主従の関係を結んでいた。……供に歩むと誓っていた!」

 名乗りを上げ剣を抜く。


「だからなによ! 私だってお父さんと……家族と一緒に暮らしていこうと思ってた! この街が……家族が大好きだった!」


「……お前に同情などしない。ルスランの名に掛けて、王家の威信に掛けて! 仲間の仇を取らせてもらう!」

 ガラハドの騎士道は俺が引き継ぐ。ガラハドの代わりに、王族じぶんの義を執行する。


「なら私の仇はあなた。お父さんの……リレフの……この街の皆の仇、私が撃つ。あなたは魔族の敵だ!! 人間は全員死んでしまえ!!」


「たかだか魔族の小娘が人間を舐めるな! 王族を舐めるな! 絶対に、どんな手段を使っても、お前は俺がこの手で撃つ。殺してやる!」


「やってみろ!」

 この魔族は人間の尊厳を踏みにじった。

 コイツは『悪』だ。紛れもない、邪悪な存在だ。

 俺はこの悪を討ち滅ぼす。絶対に許さない。例え復讐心で歪んでようとも、『悪』に『正義』は負けない。

 二度の人生の中で最も殺意を覚えた相手が、俺に向かって巨大な火炎の塊を放ってきた。


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