悠人10 『それぞれの戦い②』
【ルールー 領事館内】
館長が全ての元凶。ロキはそう言った。
「クルト。お前はターンブルと内通していたな?」
「い、いえ、そのようなことは……」
館長が……? 帝国に情報を漏らしてたってこと?
「思えば今回のターンブル進軍劇。初めからおかしな事だらけだった」
ロキは掲げた剣をくるりと回し、刃先を床に突き立てる。
「まず一つ。ターンブルの準備が良すぎる」
館長に向かい指を折っている。準備、とは魔族の街へ進軍する準備のことだろう。
「普通は慣れぬ土地、慣れぬ街を攻める。その上ラーフィア山脈を越えての進軍。俺が同じ立場ならば半年はかけて、準備する」
兵士の数が思っていたより少ない、とロキ達が言っていたのを思い出す。兵が少なかったのは準備不足だったから。
「ターンブルには圧倒的な軍事力がございます。増長したのでしょう」
「過去どんな国も達成できなかった『魔界』への進軍なのにか?」
ロキの言葉に、館長は明らかに顔色を変える。
「次に、ターンブルの進軍スピードが速すぎる」
それは私も思った。見かけた途端、そのまま進軍。交渉もなにもなし。最初なにが起こったのかまるで分からなかった。
「正直俺はラーフィア山脈攻略に丸一日はかかると踏んでいた。恐らくおとりを使い乗り越えたのだろうが、問題はその後だ。ターンブルはその勢いのまま突撃した」
でもターンブルの立場からすると、魔族に抵抗される前に攻撃するというのは当然な気もするけれど。
「なぜ、それがおかしいのです? それこそ増長していたのでしょう」
「良く考えてみろ。初めて見る初めての街、それも魔族だぞ。どんな兵力、どんな魔法、どんな組織力を持っているかも分からない相手だ」
「魔族を侮っていたのでしょう。ご存じのように、魔族は魔法が使えると言っても個人差が激しく、強力な魔法を使える住人となりますとたった一握りです。侮り、ろくに調べないまま突撃したとしても不思議はありません」
「そうだな。事実このルールーも戦闘には向かない魔法しか使えない。魔族の魔法はムラがある。同盟国の
ロキが頷くのを見て、館長はここぞとばかりに自信満々に繋げる。
「そうです。魔族の魔法はそう脅威なものではないのです。一気に攻め込めばなんとかなると思ったのでは?」
「なるほど、なるほど、じゃあ、何故、帝国がそれを知っている?」
「……」
私達魔族の同盟国はルスラン王国のみだ。王国が帝国に情報を渡すはずがない。
「もしかすると本国の
「いえ、あのドラゴンはラーフィア山脈を『越えた』者には手を出さないと――」
そうだ。ししょーは確かにそう言っていた。だからターンブルは安心して、本陣も敷いて腰を下ろした状態で魔族を攻めたのだろう。
「それは知っている。本国に送られた報告でも見た。だが、それこそ何故ターンブルがそれを知っている?」
……あっ。そうだ。
私も前日に聞いた話。なんでターンブルが知ってたのだろう。
考えられるのは、事前に山脈へ調査部隊を送ってたとか? でも――
「この数年、兵が来た事はない、とそこのルールーが証言している。また、この数ヶ月間、女友達がドラゴンと住んでいるが、山脈は平和だったとも聞いた」
そうだ。誰でもない、私が良く分かってる。もし人間が山脈を『越える』か『越えた』事件が起こったら、ドラゴンを通じてノエルが必ず私に報告してくれるはずだ。注意するように言ってくれるはずだ。それがなかったということは、ここ数ヶ月間はドラゴン山脈に人間は近づいてなかったということ。
「そ、それを私に言われても……」
「一度、ここまでの話を整理しようか。今回のターンブルの進軍は全てを把握した動きだった。街に戦える魔族が少ないこと。ドラゴンが『越えた』人間を襲わないことを何故か当然のように知っていた。更に言わせてもらうが」
指で剣の柄を弾く。
「そもそもの発端の話だ。……何故ターンブルはここに皇太子がいて、生存していると知っていた?」
もしドラゴンに襲われて、断罪の崖から落ちたんだとしたら……
「それは……例えば皇太子の鶏馬車が落ちた際に誰かが目撃していたのかもしれません」
そう。考えられるのはその時の生き残りからの証言だろう。けどロキはきっぱりそれを否定する。
「断罪の崖からか? ……つまりこう言いたいのか? 皇太子が崖から落ちたのを把握しドラゴンに襲われつつも無事に生還した超人がいた。まあ、そんな人間を一人は知っている。ない話じゃない。だが、皇太子の乗った鶏馬車があの高い崖から落下する。その瞬間をその人間が目撃したとして…… 一体誰が皇太子が生きてると予想できるか?」
確かにあの崖から落下すれば……十人が十人とも死んだと判断するだろう。
「……くっ……そもそも落ちてないというのが私の持論でして」
そんなことを館長が言っていた。
「なるほど、転移石を使ったとでも? お前は知っているだろうが、魔界に通じる転移石は
「は、はい……どちらかに賄賂でも握らせてそれで……」
「『教会』管理の
「ぐっ……」
「その前の管理者もルスラン王家と関わりの深い人物だ。アレがターンブル皇太子を王国に隠し、わざわざ『魔界』へと送る理由はない。断言するが、敵国の皇太子を見つけたのだとしたら、まず真っ先に俺にそれを伝えてくるだろう」
そもそもだけど、複雑な手順を踏んで、人間の子供を魔界に送る理由なんてないはずだ。
こうして考えると、館長の言っていた子供達は転移石を使い魔界までたどり着いたのかもしれない。という推論は違和感だらけな気がする。
「断言するが、
ロキはニヤリと微笑み、一拍置いてから続ける。
「何故、
ロキの質問に、館長はなにも答えない。ただ、青白い顔でガクガクと震えている。
「極めつけは今回の件だ。お前は突如、この領事館に帝国兵が現れ、子供達を連れ去ったという。ターンブルは行政区内を迷いなく進軍し、ここに兵が辿りついたことだな。この大きな街を “まるで道を知っていたかのように"動き、的確に領事館に辿り着いている。違うならば行政区内でもっと沢山の敵兵に遭遇している」
ロキは「つまりターンブルの動きはこうだ」と続ける。
「皇太子が生きていると 『誰か』から伝達の石で連絡を受けたターンブルは、すぐに兵を徴集した。帝国としては本当はもっと時間を掛けて準備をしたかったはずだ。……だがそうも悠長にしていられなくなってしまった。
皇太子の回収部隊。それがロキ達のことなんだろう。
「ターンブルは予定を変更し準備不足のまま進軍する。その 『誰か』はドラゴンのことを良く把握していて、魔族の内情にも詳しい。入り組んだ行政区内の道も把握している 『誰か』のお陰で兵をここまで送り込めた。そして 『誰か』の手引きを受け、皇太子を回収しすぐに戻った」
子供達のことを知ってる人物。ルスラン本国と連絡が取れる人物。ししょーと会話出来る人物。魔族と人間、どちらにも信用されている人物。行政区内に詳しい人物。
――そして、領事館に居る子供を兵に引き渡せる人物。
「……その情報をターンブルに納得させるだけの立場にいる 『人間』。それはお前しかいない」
「館長……」
館長が……魔族を裏切った?
「ち、違う! 私は! こんな……っし、証拠はあるのか! 証拠は!」
「証拠?」
ロキの眉間に皺が寄る。
「殿下の仰られていることは所詮憶測でしかない! 私を怪しいと思うならそれでもいい。だが、人を裁けるのは『教会』だけだ。そ、そうだ。
鼻息荒く腕を振る館長を見て、ロキは……笑った。声を殺して。笑う。
「弁護士を呼べ……ね。お前は二時間サスペンスドラマでも見たのか? ミステリー小説にでもかぶれたか?」
「……言ってる意味が、わからん」
私も分からない。でも良い意味でのたとえ話じゃないことは分かる。
「お前には謀反の罪が問われている。そして俺は国王よりこの地で起きる全ての問題を解決する『権限』を与えられている。なんせ俺は『王子様』だからな」
「お、横暴だ!」
「だからなんだ? 横暴であれ、なんであれ……今ここで俺が、お前のことを王国の敵。王国に害する悪だと決めれば、それは王が決断したのと同じ。 裁判も糞もない。王の裁断権利、せいぜい有効に利用させてもらう」
「こ、ここはブルシャンだ。ルスラン国ではない。王の権利は国内のみの権限のはずだ」
「お前は馬鹿か。ここを何処だと思っている」
はっと館長はすぐに思い立った。そうだ。ここは領事館の中。つまり。
「領事館内の法は、その領事館を管理する国の法に則られる」
「くそ……」
顔中に汗を流す館長に、ロキが不適な笑みを浮かべ言った。
「王族をなめるなよ。クルト」
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