悠人9 『それぞれの戦い①』
【帝国軍 居住区】
アレクシスを知っているか? 赤きグリフォンの質問を受け、ヴィクトルは鉄色のアーメットの中で頭を回転させる。
総司令官の名。何故それを魔族の街にいるグリフォンが知っているのか。疑問が頭の中を駆け巡る。
「きさまの質問に答える義理はない」
だがそれをはね除け、手に持ったハンマーに力を入れる。
「そうかい。ならしゃあねぇ……俺もお前らゲスどもと会話したくはねぇしな」
ヴィクトルは元々武人であり、参謀を張り巡らすのには向いてなかった。
考えることは得意とする所ではない。任務を全うすることこそ自分の使命だ。ヴィクトルはその信念の下、ずっと生きてきた。
だが猪突猛進なだけでは軍団長は勤まらない。任務を遂行するために、ヴィクトルは現状に置いて、最も有効な計を放っていた。それは即ち。
「お連れいたしました」
部下の一人がヴィクトルに囁く。行政区から三人の子供が兵士に抱えられてヴィクトルの隊へと向かっていた。
大型のグリフォンに変身した際、他の魔族がいなくなったことを即座に察したヴィクトルは密かに兵士に指示をし、行政区へ先行させていたのだ。
「よし、わしを置いて本陣までお連れしろ」
「は? ヴィクトル様はどうされるので?」
「わし以外に誰がコヤツを足止め出来る」
目の前に立つグリフォンを睨み付ける。今は皇太子殿下を無事本陣に届けることが最優先であった。その為にはこの赤い男を足止めしなくてはならない。現状それが出来るのはヴィクトルのみだ。
「ああ、領事館ところのガキか。てめぇらの目的はそれか?」
「答える必要はない! いくぞ、片翼のグリフォンよ」
ヴィクトルは怒声に合わせて手に持ったハンマーを投げつけた。
巨大な鉄の塊が空を切りグリフォンへと襲いかかる。その重量に任せた威力はかなりのものだったが、グリフォンは易々と鉤爪でいなす。
それを予測していたヴィクトルは既に跳躍している。そのまま勢いに任せグリフォンに襲いかかった。
その巨体の勢いで石畳が粉々に飛び散る。だが、そこにいたはずのグリフォンは既に消えていた。
ヴィクトルの背後から鉤爪を振る。
「むぅん!」
丹田からの気合いを込め、振り向きざまヴィクトルの腕に付けた
火花が散り、余りの威力に重心が崩れるが、それでも続けざまに襲いかかる鉤爪を受け流していく。
「やるな、じいさん」
「ジジイ扱いされる歳ではないわ!」
なんとか持ち直したヴィクトルは息づく間もなく両方の拳を連打する。
ガントレットと鉤爪が互いにぶつかり合い広場に甲高い連続音が響き渡る。
グリフォンの素早さを見て取ったヴィクトルは己の武器であるハンマーを不利と判断し、捨て去った。
後はミスリルで強化された両拳と両腕に付けた
対するグリフォンも翼が折られた今、両手の鉤爪と鍛え上げられた肉体だけが頼りだった。
互いに譲らない攻防が続いたが、鉤爪の受け流しを一瞬だけ早く浅く受けた拳が拍を崩し、その隙を突いて鉤爪がヴィクトルの体に滑り込む。
衝撃と共にヴィクトルが吹き飛んだ。
だが鉤爪だけの力ではない。体に入る、と判断したヴィクトルが瞬時に背後に飛んだのだ。
結果、弾かれるだけで済んだが一歩遅ければ甲冑を突き破り心臓を抜かれていたかもしれない。
「ミスリルか。こっちじゃ採れない貴重品だ。死んだ後は有効活用してやるぜ」
「武具も魂もくれてやるつもりはないがな」
再び拳が合わさろうとした時、異変が起こった。
街の空間が歪み、青白い光に包まれる。石畳の地面に何本もの光る線が引かれ、そこに文字が浮かび上がってきた。
「『エリシャの杭』。ようやくか」
防壁外で複数の『エリシャの杭』を互いにリンクさせ、街全体を覆い尽くす反魔法フィールドを形成する。街の外を回っていた遊撃隊がやっと目的の結果を出したのだった。
ブルシャンの街にいる魔族は魔法が完全に封じられた。
****
【帝国軍 本陣】
帝国軍本陣が張られた大地の至る所から火柱が吹き上がった。幾人かの兵が巻き込まれ吹き飛び、体中が火だるまになって暴れている。
「百人隊に別れ、包囲! 火柱は上がる前に地面が光る! 確認したら即、その場から離れよ!」
アレクシスの指示を受け、兵達が散らばっていく。オリヴィアはそのまま残り、辺りを舞うオレンジの蝶を迎撃していた。エルデナが両手から蝶を噴き出しながらアレクシスの下へゆっくりと近づいている。骨盤をなまめかしく左右させながら歩くさまは嫌でも兵士達の目を釘付けにする。
「アルテミス隊! エルデナへ集中! 撃て!」
号令と共に無数の矢がエルデナに放たれる。だがエルデナの周辺に炎の球体が出現し、その矢はことごとく焼き尽くされた。
「
アレクシス周辺の蝶を切り払いながらイヴォンが呟く。
「怯むな! 連続では出せん! 続けて撃て!」
続けて発射された矢はアレクシスの言葉通りエルデナの体に突き刺さっていく。だが、次の瞬間エルデナの体が溶け、黒煙を噴き出しながら炎の柱と変化した。
「
陽炎と共に再び姿を現したエルデナを見て、兵たちが次々と息を呑んだ。五体に分裂していたからだ。それぞれ体から黒煙と火を噴き出している。その厄災たちは散り散りに飛び上がり、兵たちに襲いかかる。
「本物は一つ! 各個撃破せよ! 絶対に本物の目を見るな! 魅了されるぞ!」
指示を出すアレクシスにエルデナの一体が襲いかかった。
すぐに軍団長筆頭と親衛隊長が前に立ちふさがり二刀の剣閃が放たれる。残像すら残さない剣撃だったが、エルデナは両手でそれをいとも容易く掴んだ。
イヴォンが曲刀から手を離し回し蹴りを頭に叩き込む。
「どうせなら違う得物を掴んでもらいたかったぜ」
「あら? これもなかなか太くて立派じゃない」
蹴りが頭に直撃してもまるで意にかえさず、厄災はイヴォンの曲刀を舌で舐め上げた。
オリヴィアが続けて体に蹴りを放つ。無駄のない姿勢から放たれた鉄の脚がみぞおちに入る。
エルデナは両手を剣から離し、背後へととびのいた。そこにイヴォンがアルテミスを放つが、やはり炎の膜に妨害されて燃え尽きる。
膜が消えたところで槍を持った兵達が雄叫びを上げエルデナの両側から突撃をかける。
だが、エルデナが両手を広げた瞬間、無数の輝く炎の線が、手の平から放射線状に発射され、兵達の体を貫通していった。
「せっかちね。私に
兵達が一斉に倒れ込んだ。
オリヴィアが周りを見渡すと、兵達が同じように次々と燃やされてる。
ある者はエルデナに抱きしめられ体中から炎を噴き出し炭になっていく。
ある者は爪を鋭く伸ばしたエルデナに突き刺され、切り裂かれている。
地面からは無造作に火柱が吹き上がり、巻き込まれた兵士達が炭になっていく。
この世に
「この化け物め!」
オリヴィアが声を絞り上げる。
「こりゃあ勝てる気しねぇわ。逃げますか? 大将」
イヴォンの提案にアレクシスは首を振る。
「……いや、周りを見よ」
次々と吹き上がる火炎流を紙一重で避けながら、イヴォンは周辺を見わたす。
「……そうかい。逃がす気はねぇってか」
いつの間にか、部隊の周りに巨大な茨が伸びている。
それは炎で出来ているとは思えないほど重量感に溢れ、赤い火花を飛ばしながら成長を続けている。
円を描くように生えた巨大な茨の内側に、アレクシスの部隊は閉じ込められていた。
逃げ道はない。その事実は、兵士たちの志気を著しく下げていく。
「覚悟を決めよ! ここで、『帝都の厄災』を仕留めなければ、我らの未来はない!」
オリヴィアが鼓舞の声を上げながら『厄災』の一人に斬りかかる。だがその剣が届く前に、女は陽炎のように消え失せた。
「若いっていいわね。元気が良くてがむしゃらで。もっと相手をしてあげたいけど、少し休んでもいいかしら?」
一体に戻ったエルデナが唇に指をあて、甘い吐息を吐いた。
その吐息は星屑のように煌めきながら上空に広がり、霧散していく。
輝く光の粒がアレクシスたちを囲う茨の中に吸い込まれていった。
「次はなにをする気だ……サキュバス」
アレクシスの言葉に、エルデナは舌をちらりと出し、答える。
「代わりの子呼んどいたわ。大勢に囲まれて頑張るのも、悪くないものよ」
突如、茨から金切り声が上がった。
それは茨から茨へ次々と伝染していく。この世のものとは思えない叫び声が響き渡る。
茨の一つ、付け根の先からずるりと、なにかが顔を出した。
それは黒い炎をまとった骸骨だった。
手には燃える剣を持ち、兵の一人めがけ叫び声を上げながら突撃する。
悲鳴を上げる間もなく、兵の首が中を舞う。炎の剣に体を焼かれ、炭へと変わっていく。そうこうしているうちに茨の至る所から次々に同じ骸骨が飛び出してくる。
悲鳴が場を満たした。
もはやそこには、陣形も策も存在しなかった。永遠と思えるほど、次から次へと炎の骸骨たちは生まれ、兵の命を奪っていく。
部隊が小さくなっていく。
「マズいですぜ、大将。このままだと全滅だ」
「……いや、なんとか、間に合った」
アレクシスは事前に百人隊を三部隊使い、指示を与えていた。
言葉通り大地に異変が起こる。青く発光する線が引かれ、文字が映し出されていく。
本陣周辺が『エリシャの杭』の放つ光に包まれた。それに合わせ、骸骨たちの体が薄れていく。
大地から燃え上がる炎が陽炎となり消え失せた。
****
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