夢4 『夢色の仲間たち』

「もうちょっとさぁ! 大事に、扱って、――よ!」

 宙を飛びながら両手を光らせ、特大の火炎弾をメフィスに発射する。

 業火がうねりを上げ、メフィスへ向かっていく。

 爆炎を前に、メフィスが動いた。


「そろそろ――来ると思ったよ!」

 赤い電撃が地面に走る。地面からにょきにょきと人の形をした何かが生まれていく。

 電撃は急速に形作られ一人の魔族の姿に変化する。


 アレは……アレは!!


「さあ、今度は自分相手だ」

 業火の前に“私”が立っていた。襲いかかる火炎弾に向け、右手をかざしている。

 爆炎と爆炎が重なり合った。


 同じ威力の火炎弾同士がぶつかり合い、空中でお互いを相殺していく。

 落ちる私に向け、“私”が片手を輝かせている。もう一発、火炎弾を討つ気だ。


 でも――


「遅いよ!」

 私は既に両手を振り上げていた。

 魔力を練り、地面を輝かせて狙いを定めていた。


 狙いは当然――


 私が放った火柱に、“私”が包まれた。


「はっ!? はぁあ!?」

 消し炭になっていく“私”を見ながらメフィスが驚愕の声を上げる。予想外の展開に思考がついてきていないようだ。その隙を突いて、私は落下の勢いをつけたまま、メフィスに飛びかかった。


 ぶつかり合い、地面を転がる私たち。

 メフィスは抵抗するけれど、力はそこまで強くない。だから私でも――


「抵抗しないで! 撃つよ!?」

 マウントのポジションを取った私は、メフィスを押さえつけながら右手を光らせた。


「……ごほっ、き、君は馬鹿なのか? なんで、あんな躊躇ちゅうちょ無く自分に魔法を……」


「友達相手は無理だけど、自分相手なら撃てるよ。それに――」

 撃つ瞬間、私は自分が『つばさ』だと思っていた。

 『つばさ』が『ノエル』に向け、魔法を撃っていた。ノエルが別の存在だと認識したからこそ、躊躇なく魔法を撃てた。


 ――。


 なに――私のこの感覚は――。


 私、どこかおかしいのかな。


 だめだ。今はそんなこと考えている場合じゃない。フィリーを助けなきゃ。


「――なんでもない……それより、早くこの悪夢を解いて!」


「駄目だって言ってるよね。僕の存在が消えるんだから」

 私にのしかかられながら、メフィスは動じていない。むしろ落ち着きを取り戻してきたようだ。


「……なんなの!? あなたの目的はなに!? なんで、フィリーを襲ったの! あの“石碑”がある場所でなにをしていたの!?」


「質問が多いね……答える義務なんか……ない!」

 地面に赤い電撃が広がった。円状に広がる電撃がまとまっていき、沢山の形が作られていく。


 形作られた電撃の一つが私に襲いかかってきた。


 咄嗟に飛び避け、距離を置いて腰を沈める。


「……ゴブリン」

 黄色い目、裂けた口、潰れたネズミのような顔。地面から次々にゴブリンが生まれていく。

 私に沢山の敵意が向けられていく。


「さっきの質問だけど、一つだけ教えてあげるよ……僕の目的は、魔族を全て消し去ることさ」

 メフィスが立ち上がり、ローブに付いた汚れを払う。


「ツガイの呪いに縛られる魔族なんて、不幸でしかない」

 メフィスの目には憎しみが浮かんでる。


「全員死んでしまえばいいんだ!!」

 メフィスの叫びに合わせて、ゴブリンの群れが私に襲いかかってきた。


 襲いかかるゴブリンを焼いて、燃やして、消し炭にする。

 いくら私が火炎弾で燃やそうとも、火柱で数を減らそうとも、新たなゴブリンが次々に現れる。

 メフィスが赤い電撃を地面に放ち、新たなゴブリンが生み出される。


「……キリないんですけど!!」

 両手から生まれた二つの火炎弾がそれぞれゴブリンを焼き尽くす。

 まずい、このままだとマズいかも。私の魔力はまだまだあるけど、向こうがどれだけ残っているか未知数だ。

 なんか、“石碑”に付いている宝石で魔力を吸っていたみたいだし、ゴブリン一匹生み出すのにあまり大きな魔力を使ってないっぽい。

 私の魔力が枯渇したら、私はこの世界から追い出されてしまう。


 ちらりと、上空を見る。


 フィリーもエアとリレフに苦戦しているみたいだ。

 私は死んでも現実世界に戻るだけみたいだけど、この世界のフィリーはどうなるんだろう。


 死んでも同じようにどこかで復活するのかもしれない。


 でも違うかもしれない。アレはフィリーの自我みたいなものだから、自分を失ってしまう可能性だってある。そうなったら、最悪だ。


「やっぱりここで、この局面、なんとかするしかないよね!」

 火柱がゴブリン達を焼き尽くす。

 減ったと思ったらまた増え、徐々に私をゴブリンが取り囲んでいる。

 いくらでも自分の味方を増やせるなんて、チートだ。


「ああ、もう! うっとうしい!!」

 こんなやつどうすればいいの。――。


 『――ああ、後、少しだけサービスしておいた』

 ふいに、もやの中にいた、うさんくさい男のセリフが頭に響いてくる。

 そうだ、あの人は言っていた。もし、黒いローブの男と戦うハメになったら――


 なったら――


「えっと、なんだったっけ?」

 爆炎がゴブリンを吹き飛ばしていく。

 あの人はなんか碌でもないこと言っていたような……。


 ――って!


「もう、思い出してるじゃん!!」

 殴りかかるゴブリンを消し炭にしながら、私は思い出した言葉を反復する。


『もし、黒いローブの男と戦うハメになったなら、……俺を思い出せ』

 男は確かにそう言っていた。


 思い出した。思い出したよ!? だからどうだというんだ。


 念の為、ゴブリンを燃やしながら自分の身体を確認する。――特に、変化はない。

 魔法も強くなってるわけでもない。


「結局なにがしたかったのあの人は!!」

 人の指を傷付けといて……。


 そ、そうだ。そういえば、他に何か言っていた。


 えーっと、たしか、終わり際、何か言っていた。


『お前はもう魔――』

「まっ、ってなによ! まっ、て!」


「さっきからなにをぶつぶつ、言ってるんだ!」

 メフィスが相変わらず、ゴブリンを生み出している。

 魔が付く単語なんて沢山あるよ。魔族、魔物、魔界、それに――


「……なにを、君は――」

 ふいに、メフィスの魔法がやんだ。

 私に向け、驚愕の顔を浮かべている。


 それは私も同じだった。自分の腕に現れた変化に驚いていた。


「君はなにをしている!!!!」

 メフィスの問いかけに、私自身も答えられない。


 指輪から赤い電撃が溢れていた。それは指輪に付けられた、輝く宝石から溢れ、私の腕に絡みついている。

 見た感じ、メフィスが出していた夢魔法の電撃と同じものだ。


「……ま、ほう? 魔法!?」

 お前はもう、魔法を使える。そう言いたかったの?


 男の言葉が頭の中に響く。


『その指輪とお前の間に、『血の盟約』を行った』

 『血の盟約』ってのが何かは分からない。

 とにかく、私と指輪になにか繋がりができたんだ。だから、この現象を引き起こせている。


 ――この指輪は、夢の中に入り込める力を持っている。


 ――それは、言ってしまえばメフィスの使っている魔法と同じ力。


 ――そう、同じ、魔法だ。


「だったら――もしかしたら!」

 指輪に魔力を込める。赤い電撃が私の身体を伝い、地面へと流れていく。


「君は……何故……君は一体、……一体なんなんだ!!」

 知らないよ。私はただの魔族。

 この力は、もやの中にいた『人間』の力。

 指輪の力だ。


「……これで、対等だね」

 私の周りには、私の生み出した集団がいた。

 それぞれ武器を構え、ゴブリン達に向けて威嚇の声を放っている。


 メフィスは夢の世界で、ゴブリンの集団を生み出し仲間にした。

 それと同じように、私も生み出し、仲間にした。


 ぬめぬめした皮。身体は人間のように大きいけれど、顔はトカゲのそれ。目は真っ黄色で、口から細く長い舌をチロチロと出している。 


 リザードマンの集団がゴブリン達へと襲いかかった。


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