夢3 『夢の息吹』
④
「――どうした? 僕を探していたんだろ?」
不意に黒いローブの男が語りかけてくる。思っていたよりも高めで落ち着いた声だ。
「……探していたよ。フィリーを解放して」
状況を分かっている私が返答する。
油断はできないけど、話ができるならどうにか説得できるかもしれない。
「それは無理だよ。この夢は僕の存在意義そのもの。本体は別にいるけれど、ここが無くなったら、今ここに存在する僕はもう僕でいられなくなる。この世界は僕のだ」
「悪夢で他を苦しめる世界なんて……私たちは望んでない」
「君たちが望んでようと、そうじゃないとしても、関係ない。僕の『
ローブの男が深く被ったフードを脱いだ。
灰色の肌。離れた小さい目。鼻が長く、太いホースみたいになっていて顎のあたりまである。私の知る中で、一番近い見た目の動物は像だ。
「メア種のメフィスだ。君はサキュバス種だよね? 僕達の種に近い能力を持っているのは知っていたけれど、まさか夢の中にまで入ってくるとは思わなかった」
「これは違う。別の人の力。……でも、あなたがフィリーを解放するまで、私は何度でもここに来る」
「そうかい。なら僕は何度でも抵抗するよ――こんなふうにね」
「ノエル!」
不意にフィリーが私を弾き飛ばす。その隙間を半月状になった緑の風が通り抜けていった。
――『
「エアちゃん……」
エアの翼の先が輝き、私たちに向けて狙いを定めている。いつものニコニコした表情は消え、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている。
「てめぇ……アイツらになにをしやがった!!」
「君がさっき言ったよね。ここは夢の中だって。なかなか心の底から信じられないだろうけど、その通りだよ。ここは夢の中で、彼女らは僕が作り出した幻想さ」
エアがリレフを鷲づかみし、飛び上がった。町並みの屋根を越えたところでリレフの魔石が輝き、魔法反射の壁が次々に生み出されていく。
「気をつけろ……なにかやってくる」
「……あのふたりとは、戦えないよ」
「オレだってやりづれーよ」
そんなことは言っていられない。
そんな状況なのは分かっているけれど、ついつい口から出てしまった。
「リザードマンを使って、君たちの戦い方はもう知っている。友達相手だと戦い辛いだろ? ……ま、せいぜい頑張りな」
メフィスが手を振るのと同時にエアの翼が再び輝いた。
「ノエル下がってろ!」
襲いかかるカマイタチに鉤爪をあて、次々と弾いていくフィリー。
弾かれた半月状の風は空中で霧散し消えていく。
「フィリー! 横からも来る!」
「糞――がっ!」
死角から飛んできた風にも関わらず、フィリーは肩にあたる寸前に、切り払う。
両腕を残像が生まれそうなほど早く振り回し、緑の風を消し飛ばし、避ける。
フィリーが弾ききれなかった緑の風が私に襲いかかり、身を低くしてかわす。
けれど、それは長く続かなかった。
エアの発射する
それはリレフの仕業だった。
リレフは『反射』の魔石を持っている。魔法攻撃を跳ね返す魔法を使うことができる魔石だ。
リレフは次々に魔法反射の壁を生み出し、私たちを囲うように配置していく。
その壁にカマイタチがあたり、反射して私たちに襲いかかる。
思ってもみない方向からの攻撃はほんとうに厄介だ。
致命傷を避けはするものの、私たちの身体には切り傷が少しずつ増えていく。
「このままじゃ……」
「分かって――ノエル! 足!」
気がつけば、私の立つ地面が輝いている。ま、まず――
足元から緑の竜巻が発生した。私は風に乗せられ、竜巻の中をぐるぐる回転する。景色が私の視界を動き回る。
突如衝撃を受け、視界がクリアになった。回る目を無理矢理押さえつけながら状況を把握する。
どうやらフィリーが竜巻に突進し、中にいた私を抱えて飛び出したようだった。
いつかのようにフィリーの腰のあたりでお腹を抱えられ、空を飛んでいる。
「フィリー、ありが――来たよ!」
緑の風をまとった塊が私たちに向け突撃してくる。私の呼びかけを受けてそれに気がついたフィリーが上昇し、直撃寸前でそれを避けた。
血が、私の顔に降り注いだ。フィリーの胸が大きく切り裂かれ、吹き出た血だった。
「フィリー! 大丈夫!?」
「ああ、たいしたことねーよ。……リレフの爪だ」
緑の風をまとい、飛び回るエアは足でリレフを鷲づかみにしていて、リレフは爪を剥き出しにしている。
高速で動き回るエアに翻弄され、フィリーの身体にリレフの爪痕が次々に生まれていく。
「……勝てねぇな。アイツらは良いツガイだ」
フィリーが寂しそうに呟く。
「私たちだって……でもごめん、私がなにもできてない」
火炎弾とかあるけれど、高速で動き回る標的にあてられるほど、器用じゃない。
そもそも、偽物と分かっててもエアに向けて魔法なんて撃てない。完全に足手まといだ。
「謝るんじゃねーよ。……手分けするか」
「手分け?」
「オレがあの二羽を相手するから、ノエルはその間に奴を……倒す。できるか?」
エアの突進を避けながら、フィリーが顎で合図をする。
黒いローブの男、メア種のメフィスが私たちを見上げていた。
「……うん! 任せて」
元々、そのために来たんだ。それに友達を相手にするよりかは気が楽だ。
「なら、アイツの近くに――落とすぞ!」
「へ!?ちょ、ちょっと!」
フィリーが私を抱え空高く舞い上がった。
そのまま急降下し、地面すれすれを滑空する。
「行って――こい!!」
「ぎぁああああああ!!」
フィリーは力を込め、メフィスに向かい私を投げ飛ばした。
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