夢3 『夢の息吹』

「――どうした? 僕を探していたんだろ?」

 不意に黒いローブの男が語りかけてくる。思っていたよりも高めで落ち着いた声だ。


「……探していたよ。フィリーを解放して」

 状況を分かっている私が返答する。

 油断はできないけど、話ができるならどうにか説得できるかもしれない。


「それは無理だよ。この夢は僕の存在意義そのもの。本体は別にいるけれど、ここが無くなったら、今ここに存在する僕はもう僕でいられなくなる。この世界は僕のだ」


「悪夢で他を苦しめる世界なんて……私たちは望んでない」


「君たちが望んでようと、そうじゃないとしても、関係ない。僕の『夢の息吹インドリーム』は悪夢の中に僕を生まれさせる夢魔法だ。僕が生まれたからには、宿主が死ぬまでこの世界を守る」

 ローブの男が深く被ったフードを脱いだ。

 灰色の肌。離れた小さい目。鼻が長く、太いホースみたいになっていて顎のあたりまである。私の知る中で、一番近い見た目の動物は像だ。


「メア種のメフィスだ。君はサキュバス種だよね? 僕達の種に近い能力を持っているのは知っていたけれど、まさか夢の中にまで入ってくるとは思わなかった」


「これは違う。別の人の力。……でも、あなたがフィリーを解放するまで、私は何度でもここに来る」


「そうかい。なら僕は何度でも抵抗するよ――こんなふうにね」


「ノエル!」

 不意にフィリーが私を弾き飛ばす。その隙間を半月状になった緑の風が通り抜けていった。

 ――『風切りの刃カマイタチ』。


「エアちゃん……」

 エアの翼の先が輝き、私たちに向けて狙いを定めている。いつものニコニコした表情は消え、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている。


「てめぇ……アイツらになにをしやがった!!」


「君がさっき言ったよね。ここは夢の中だって。なかなか心の底から信じられないだろうけど、その通りだよ。ここは夢の中で、彼女らは僕が作り出した幻想さ」

 エアがリレフを鷲づかみし、飛び上がった。町並みの屋根を越えたところでリレフの魔石が輝き、魔法反射の壁が次々に生み出されていく。


「気をつけろ……なにかやってくる」


「……あのふたりとは、戦えないよ」


「オレだってやりづれーよ」

 そんなことは言っていられない。

 そんな状況なのは分かっているけれど、ついつい口から出てしまった。


「リザードマンを使って、君たちの戦い方はもう知っている。友達相手だと戦い辛いだろ? ……ま、せいぜい頑張りな」

 メフィスが手を振るのと同時にエアの翼が再び輝いた。

 風切りの刃カマイタチが連続して私たちに襲いかかる。


「ノエル下がってろ!」

 襲いかかるカマイタチに鉤爪をあて、次々と弾いていくフィリー。

 弾かれた半月状の風は空中で霧散し消えていく。


「フィリー! 横からも来る!」


「糞――がっ!」

 死角から飛んできた風にも関わらず、フィリーは肩にあたる寸前に、切り払う。

 両腕を残像が生まれそうなほど早く振り回し、緑の風を消し飛ばし、避ける。

 フィリーが弾ききれなかった緑の風が私に襲いかかり、身を低くしてかわす。


 けれど、それは長く続かなかった。

 エアの発射する風切りの刃カマイタチの数は時間を重ねるごとに増え続け、私たちの回りを縦横無尽に緑の風が飛び交っていく。


 それはリレフの仕業だった。

 リレフは『反射』の魔石を持っている。魔法攻撃を跳ね返す魔法を使うことができる魔石だ。

 リレフは次々に魔法反射の壁を生み出し、私たちを囲うように配置していく。

 その壁にカマイタチがあたり、反射して私たちに襲いかかる。


 思ってもみない方向からの攻撃はほんとうに厄介だ。

 致命傷を避けはするものの、私たちの身体には切り傷が少しずつ増えていく。


「このままじゃ……」


「分かって――ノエル! 足!」

 気がつけば、私の立つ地面が輝いている。ま、まず――


 足元から緑の竜巻が発生した。私は風に乗せられ、竜巻の中をぐるぐる回転する。景色が私の視界を動き回る。


 突如衝撃を受け、視界がクリアになった。回る目を無理矢理押さえつけながら状況を把握する。

 どうやらフィリーが竜巻に突進し、中にいた私を抱えて飛び出したようだった。

 いつかのようにフィリーの腰のあたりでお腹を抱えられ、空を飛んでいる。


「フィリー、ありが――来たよ!」

 緑の風をまとった塊が私たちに向け突撃してくる。私の呼びかけを受けてそれに気がついたフィリーが上昇し、直撃寸前でそれを避けた。

 血が、私の顔に降り注いだ。フィリーの胸が大きく切り裂かれ、吹き出た血だった。


「フィリー! 大丈夫!?」


「ああ、たいしたことねーよ。……リレフの爪だ」

 緑の風をまとい、飛び回るエアは足でリレフを鷲づかみにしていて、リレフは爪を剥き出しにしている。

 高速で動き回るエアに翻弄され、フィリーの身体にリレフの爪痕が次々に生まれていく。


「……勝てねぇな。アイツらは良いツガイだ」

 フィリーが寂しそうに呟く。


「私たちだって……でもごめん、私がなにもできてない」

 火炎弾とかあるけれど、高速で動き回る標的にあてられるほど、器用じゃない。

 そもそも、偽物と分かっててもエアに向けて魔法なんて撃てない。完全に足手まといだ。


「謝るんじゃねーよ。……手分けするか」


「手分け?」


「オレがあの二羽を相手するから、ノエルはその間に奴を……倒す。できるか?」

 エアの突進を避けながら、フィリーが顎で合図をする。

 黒いローブの男、メア種のメフィスが私たちを見上げていた。


「……うん! 任せて」

 元々、そのために来たんだ。それに友達を相手にするよりかは気が楽だ。


「なら、アイツの近くに――落とすぞ!」


「へ!?ちょ、ちょっと!」

 フィリーが私を抱え空高く舞い上がった。

 そのまま急降下し、地面すれすれを滑空する。


「行って――こい!!」


「ぎぁああああああ!!」

 フィリーは力を込め、メフィスに向かい私を投げ飛ばした。


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