遺跡3 『人生経験』

「ありがとう。もう大丈夫だから」

 人の姿に戻ったテトラに水筒の水を渡す。

 壁に背もたれて喉を潤すテトラ。

 落とし穴に落下した私たちはなんとか一命を取りとめ、モノトーンのタイルが並んだ通路の途中に腰を落ち着けていた。

 さっき落ちてきた落とし穴は閉じられ、上に飛んで抜けることはできなそう。


「少しここで休んでて。私たちは抜け出せそうな場所を探してみるね」

 ローブの隙間からテトラの身体を見てみたけど、大きなアザができてる。

 内蔵とか傷ついていないといいけど。

 テトラはしばらく動けそうにない。さっきは助けてもらったし、今度は私たちが頑張らないと。


「すぐに戻ってくるからな。何かあったら声を上げろよ」


「ええ、ありがとう」

 テトラに手を振り、私たちは通路をひたすら歩き続ける。奥の方にうっすらと灯りが見えるので、あそこまで行けば何か見つかるはず。多分。


「ったく、エアも碌なことしねーな」


「本当だよね。……ふたりとも無事だといいけど」


「だな。ま、悪運が強い二匹だから大丈夫だろ」


「だねー……で、この手はなに?」

 フィリーの太い腕が私の肩に回され、引き寄せられている。


「あー……気にすんな」


「……気になる」

 なんか強い力で引き寄せられて離れられないんだけど。気にするなって方が難しいんですけど。


「嫌か?」


「べ、別にぃ……」


「ならいいだろ」

 強引か。フィリーの癖に。


 なに急に。フィリーの癖に。


 私の心配ばかりして。フィリーの癖に!



 ……。



「……う、うぁあああああ!!」


「な、なんだ!? どうした!?」

 はぁ、はぁ……。ま、マズイ。気が動転して不思議ちゃん系のヤバい行動とった気がする。だめだ。落ち着けノエル。あなた元つばさでしょ。人間でしょ。


 人生経験豊富なんだからこんなことで……取り乱し……人生、経験――



 ……。



「つばさの時もろくな経験無いじゃん!!!!」


「どうした!?」

 はぁ、はぁ。もうやめよう。変な子だと思われる。でも叫んだらちょっと落ち着いた。

 ホント、フィリーもやめてよ。私こういうの慣れてないんだよ。


 しばらく道なりに歩いていると広いドーム状の空間に辿り着いた。

 高い天井からホタルみたいな光が放たれ雪のように散っている。

 見わたすと私たちが出てきたような出口が沢山並んでいた。

 いくつもの道がこの空間に繋がっているのだろう。


「ノエル。オレの後ろに下がれ」

 隣に立つ、フィリーの言葉は耳に入ってこなかった。

 私はそれだけ、心を揺さぶられていた。


 広場の中央はその部分だけ土台のようにせり上がっている。

 そこに真っ黒のローブを着た存在が立っていた。

 黒いローブの前には光り輝く物体が浮かび上がっている。


 私は、その光る物体を知っていた。

 この世界に生まれる前から、既に知っていた。


「“石碑”……? 嘘でしょ!?」

 あの日、常見重工ビルの屋上で、私たちは謎の石碑に遭遇した。

 砕かれて、小さくなっているけれど見間違えるわけがない。


 目の大きな女の人の絵を見間違えるわけがない。


 広場の中央には、私と悠人が転生する前に出現した、石碑の欠片が宙を浮いていた。


「なんで!?……なんでここにあるの!?」


「ノエル……なにか知ってんのか?」

 フィリーの質問にも答えられない。それだけ動揺しているし、答える事ができない存在だ。


 石碑の欠片にはあの日のように拳大の宝石が取り付けられている。

 そこから眩い光がしじまのように発射されていて、黒いローブの伸ばした手に吸収されていた。

 なんだろう……まるで、宝石の力を吸い取っているみたい。

 しじまは黒いローブの全身を伝って消えていく。


 ふいに、静寂が訪れた。


 黒いローブが振り返り、私たちを確認した。深めのフードを被っていて顔はまるで見えない。


「ノエル、気をつけろ……何かしてくんぞ」

 ローブの存在がまとう空気を読み取ったのか、フィリーは全身の力を込め、鉤爪を構える。


 ローブの腕が高々と掲げられた。


 ローブの手から赤い閃光が走り、壁を伝って出入り口の中に入り込んでいく。

 あまりのまぶしさに私たちは身を低くしてその光をやり過ごす。


 なにあの赤い電気っぽい魔法。雷魔法? でもいつかのゴブリンが撃ってきた雷魔法とは雰囲気が全然違う。よく分からないけど、あたったらマズイ気がする。


 ぱっと、電気のスイッチを消すように赤い光がやんだ。


 それと同時に出入り口から物音が湧き出てくる。


 それは伝染し、出入り口の至る所から沸き上がってくる。



 がしゃがしゃと、ずるりずるりと。


「糞が……」

 フィリーの喉から、唾を飲む音が聞こえてきた。


 そして、私は見た。

 出入り口から鎧を着たトカゲが這い出てくるのを。


 ぬめぬめした皮。身体は人間のように大きいけれど、顔はトカゲのそれ。目は真っ黄色で、口から細く長い舌をチロチロと出している。


「リザードマン……」

 私の呟きに呼応するかのように、人の大きさをしたトカゲたちが続々と這い出てきた。


 ボロボロの鎧を着込んでいて、剣やハンマーを持つトカゲ達もいる。

 真っ黄色の目が次々に私たちを捕らえていく。



 トカゲの集団が私たちに襲いかかってきた。


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