遺跡2 『アエルヒューバの遺産』

「本当にこんなところに魔族が住んでるのー!?」

 青空を滑空しながらエアが叫ぶ。足にリレフの身体を捕まえている。

 その横では馬の姿になったテトラが空に道を作り駆けている。

 私はテトラにまたがり、片手にたてがみ、片手に地図を握り閉めていた。

 落ちてしまうのを心配してるのか、フィリーは私とテトラのすぐ後ろを飛んでいる。


「そろそろ、この子が教えてくれた場所だよ」


「にー!」

 私の頭上には妖精フェアリーが一匹しがみついている。落ちても知らないよ。

 テトラに揺られながら下を見下ろすと歯形断層と呼ばれているでこぼこの地形を越え、沼地にさしかかったところだった。


「この辺りの沼地はリザードマンの縄張りだよ。巣が点在しているから間違っても沼に落ちたりしないでね」

 エアに鷲づかみにされているリレフがフラグっぽいことを言ってくる。

 ホントやめて。もうゴブリンの時みたいなことは沢山。


「飛んでも飛んでも沼地ばっかりー! もう飽きたー!」

 エアがしきりに文句を言っている。


 でもほんとそう。どこを見ても沼地とそこに生える背の高い草ばかり。

 水とかちゃんと飲めそうにないし、どう考えてもこんなところに魔族が住んでるとは思えない。


 どうせ住むんならテトラみたいに川が近くに流れているところに住みそうな――

 痛っ、いたたっ!?


「にー!! にー!!」


「もー! どうしたの?」

 頭の上に乗っていた妖精フェアリーが髪を引っ張ってきた。

 ちょ、やめて暴れないで。髪型乱れるから!


「なにか知らせたいみたいだね。降りてみよう」

 妖精フェアリーの異変に気がついたリレフが提案してくる。


「つーか、アレじゃねーか?」

 フィリーが指さす方向をみると、その一画だけ緑で覆われている箇所が目に入ってきた。背の高い草が群生して生えているんだけど、真四角に集合しているからすっごい不自然になってる。


「ホントだー行ってみよー!」


「わー! 凄い! 凄い!」

 薄緑色の光を発光させる巨大な洞窟内を飛び、動き回るエア。


「こんなところに遺跡なんてあったんだね」

 私の声が反響を繰り返す。遺跡を見つけた功労者、妖精フェアリーは今、私の胸に抱えられて、寝息を立てている。


「リザードマンの縄張りだからこそ碌な調査がされてなかったんだろうね。大発見だ」

 リレフも満足そう。


 真四角に群生した草をかき分けてみると、石でできた大きな階段が現れた。

 地下へと続いているそれは全体が苔むしていて、奥の方は真っ暗な闇が続いていた。

 話し合いの結果、松明を取りに戻ろうとしたところエアが壁に設置された変なボタンを見つけてしまい、私たちが止めるのも聞かずに押してしまった。

 その途端、まるで電気を付けたかのように、階段全体が淡い薄緑色の光に包まれた。

 その階段をずーっと下っていったら、大きな洞窟へとたどり着き、今現在こうやって高い天井を見上げながら、洞窟内を歩いている。


 エアはすっかりはしゃいでしまい、テンション高く飛び回っている。

 私たちはというと、左右に石柱が並ぶ道を歩き、目の前に鎮座する大きな建物へと向かっていた。

 石造りのその建物は、全体が苔むしていて昔の寺院を思わせる。


「見た感じ、古そうだけど風化していないのね。環境が良かったのかしら」

 人型に戻ったテトラが石柱を触り、指を擦る。


「ボクも本で読んだ知識だけど、古代アエルヒューバ王朝の遺跡に似てるね。だとしたらもう何千年も前、伝承の時代の遺跡だよ」


「アエルヒューバって人間と魔族が暮らしてたって時代の?」

 リレフが頷く。


 私も何かの本で読んだ気がする。昔は魔族と人間が仲良く暮らしていて、今と違って色んな情報交換が活発だったんだって。

 文明が急速に発展したんだけど、空が落ちてきてその文明は滅んでしまった。

 生き残った魔族と人間は憎しみあうようになって、今に繋がる。


 そんな話だったと思う。

 その時代、人間と魔族の全てを支配してたのが、アエルヒューバ王国。

 その遺跡だとしたら、私たちは結構な大発見をしちゃった気がする。


「ここからはちょっと薄暗いね。皆気をつけて」

 リレフの注意に従い、慎重に建物の中を歩く。石柱や謎の魔族がモチーフの石像を通り過ぎ、しばらく歩いていると祭壇のような真四角の石が置かれた場所に辿り着いた。

 石の回りにはよく分からない文字が彫り込まれていて、醸し出している雰囲気がまるで違う。

 なにか大事なものなのだろう。


「何が起こるか分からない。気をつけてね」

 鼻をすんすんさせながら慎重な発言をするリレフ。


「他に進む道なさそうだよーどうしようか?」

 飛び回っていたエアが戻ってきた。


「つーか、やっぱこんなところに魔族が居るのかよ」

 そうだ、貴重な発見をして浮かれていたけど、私たちの目的はテトラのツガイを探すことだった。


「凄い建物だとは思うけど、普段住みには絶対向いてないよね。トイレとかお風呂とか無さそうだし」

 私の意見にリレフも賛同する。


「そうだね……遺跡探検はまたの機会にして、一度戻ろうか」


「ほうっといたら、またエアが余計なことするかもしれねーしな」


「ホントにそうだよ」

 私達の冗談話を聞いていたエアが祭壇の上に降りたった。


「ちょっと、余計なことってなにー! さっきだって、私のおかげで――あっ!?」

 がこん、と大きな音が響き渡った。エアの目線が自分の足先に映る。

 明らかに、エアは傾いている。祭壇に立つ片足部分が沈み込んだんだろう。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……てへっ」


 突如床の至る所から壁がせり上がってきた。ゴゴゴゴと石と石が擦れる音を響かせ、壁がパズルのように広がり、組み合わさっていく。


「エアちゃぁあああん!!!!」


「期待通りのことしてんじゃねーよ!!」


「ごめんね! ごめんねぇ!!!!」


「そーいうところだから!! エアのそーいうところだから!!」

 みんなの阿鼻叫喚が遺跡中に広がる。

 マズイ、壁に妨害されみんなと分断されてしまった。


「ちょっと、なにこれ……テトラ! 無事!?」

 さっきからテトラの声が聞こえない。まさか壁に挟まれたりとか――


 突如、私に迫ってくる壁の一部が輝いた。

 ぼんっと音を立て、馬に変化したテトラが壁をすり抜けてくる。


「ノエル、乗って!!」

 テトラに従い、飛び乗るように背にしがみつく。一連の騒動で目を覚ました妖精フェアリーが私の頭にしがみつく。


「みんな! どこ!?」

 動き回る壁を避けながらテトラは叫ぶ。けれど、はぐれたみんなから反応がない。


「もう一度、抜けるよ。しっかり捕まってて」

 迫ってきた壁に向け、テトラの角から光が発射された。

 その光は壁に当り、テトラの身体くらいの大きさまで広がる。


「ちょ、ちょっとぶつかる、ぶつかる!!」

 壁に向かいスピードを緩めず駆ける。テトラの角が壁にぶち当たる。

 ぼんっと音を立て、私たちは壁をすり抜けた。


「す、凄い。これって空魔法!?」


「そう。少しの時間だけど、床や壁を空に変えることができるの。……いくよ!」


「うぁあああああ!!??」

 スピードを緩めず、どんどん壁を突破していくテトラ。すり抜けるって分かっていても、壁に突進していくのは怖い!


「ノエル! 無事かよ!?」

 突如上空から聞き慣れた声が。

 見上げてみると、フィリーが壁に挟まれ、両手を広げて壁の動きを止めている。

 迫り来る壁に押され、両腕の筋肉が盛り上がってプルプルしている。あんたが無事じゃない!


「待って、フィリー! 今助けるから!」


「飛ぶね!」

 テトラの角が光り、空間に道ができる。フィリーが居る場所まで一直線に駆け上がる。


「フィリー! 飛んで!」

 私はテトラの背からフィリーに向かい手を伸ばす。フィリーも壁から飛び上がり、片手を私に向け伸ばす。

 二人の手が合わさった。


「フィリーさん! 私にくっついて! 抜けるよ!」

 テトラの角が輝く。ぼんっと音を立て、目の前の壁をすり抜けた。フィリーも無事すり抜けている。


「あとふたり!」


「エア、リレフどこ――あっ」

 視界の隅から壁の一部が迫ってくる。

 マズイ、早すぎる!


「テトラ! 危な――」

 壁がテトラの横腹に直撃した。

 テトラが息を呑み、バランスが大きく崩れる。

 背に乗っていた私は吹き飛び、フィリーと一緒に宙を舞う。頭の上で騒ぐ妖精の鳴き声がやけにスローに聞こえてくる。


「ノエル! 妖精! オレにしがみつけ!」

 フィリーの叫びに従って、腕に力を込めてなんとかフィリーの腰に腕を回す。


「フィリー! テトラが!」

 気絶したテトラが落下していく。その先は落とし穴のように大きく広がった暗闇が口を開けていて、テトラが落ちてくるのを待ち構えている。


「わかってん、よ!」

 フィリーが飛ぶスピードを上げ、みるみるテトラに近づいていく。

 落とし穴の中、落下を続けるテトラを掴もうとフィリーも急降下を続ける。


「フィリー! じ、地面!」

 目の前に迫るのは、落とし穴の終着点。

 綺麗なタイルが敷かれた硬そうな床。

 それがぐんぐん迫ってくる。


 けれど、フィリーは怯まない。むしろ、スピードを上げている。



 フィリーの腕が、テトラの身体に辿りついた。

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