遺跡

遺跡1 『シャラク』


「駄目だ、見つからない……」


「ねー」

 二週間後、テトラの住む洞窟に私たちは訪れていた。


 エアはテーブルに突っ伏して足をパタパタさせている。

 隣に座ったフィリーは腕を肩で組んで難しい顔をしているし、リレフは妖精フェアリーのオモチャにされている。


「私は大丈夫よ。もう片一羽カタワレの生活にも慣れたんだから。みんな無理をしないで」

 私の向かいに座るテトラが気を使っているのが目に見えて分かる。

 それだけ、私たちのツガイ捜索は難航していた。


 だってさー。そもそも魔族って自分の家族が大事だから、他の魔族の家庭環境とかそこまで興味を持ってないんだよ。

 片一羽カタワレを探すだけでも一苦労だよ。

 別に片一羽カタワレかどうかはオープンだから、それを知っている魔族は知っているけど、噂にもならないことだから、探すのが大変すぎる。


「今日で十五匹目だったけど、やっぱり違うんだよね?」

 リレフがひげを妖精フェアリーに引っ張られながらテトラに尋ねる。

 見つけた片一羽カタワレは防壁の外に連れていき、上空からテトラに観察してもらうっていうプランだ。


「うん……自分のツガイなら、分かると思う。あの中には居ないかな」


「もうめぼしい片一羽カタワレはいないし、地道に聞き込みで探すのもこれで限界かなぁ……このまま闇雲に探していても、いつまで経ってもみつからない気がしてきた」

 リレフが妖精フェアリーに尻尾をかじられながら考え込む。


「オレらはわかんねーけど、その相手が近くに居るっていう、片一羽カタワレの感覚ってのはどの程度細かく感じ取れるんだ?」


「それ、私も気になってたー!」

 そうだ。実は私も。

 せめて街のどの辺りにいるとか分かれば、少しは状況が変わってくるかもしれない。

 けれど、テトラは首を振る。


「私も上手く説明できない感覚なの。第五区街シャラクに居るときは、西側の遠く離れた場所に居るって感覚だったし、今は近くに居るって感覚。それ以上の……どの辺りかまでは、分からないの」


「じゃあ、例えばその魔族が近くで泳いでても防壁の外でゴブリンと戦ってても、テ

トラの感覚はこれ以上変わらないんだね」


「相手が第三区街ブルシャンの近くにいる限り、そうだと思う」

 私の言葉にテトラはうなずく。


「そっかぁ……この前のお母さんみたいに、テトラのツガイも旅行とか行かないかな。それなら、テトラも離れてるって感覚になるんだから、特定しやすいと思う」

 温泉に行くとウキウキしてたお母さんを思い出す。


「んな都合よく行くかよ」


「旅行……」

 私の発した言葉にリレフが反応し、動きを止める。

 目をまんまるに開き、群がる妖精フェアリーにも反応せず考え込む。


「……そうか、もしかしたら――」


「どうしたのー? リレフ」

 エアの言葉を受け、リレフは立ち上がる。


「もしかしたら、ボクらは大きな勘違いをしていたのかもしれない」


「勘違い?」

 リレフは私の言葉には返さず、ぴょんと跳ね、テトラ前に降り立った。

 そして、テトラに尋ねる。


「この辺りの地図とかある?」



「そもそもだけど、相手が人の意識ヒトノイってのが間違いなんじゃないかな」

 妖精フェアリーが持ってきた地図をテーブルに広げ、リレフが話しだす。


「でも、テトラが近くまで来てるのに、テトラのことを探そうとしないんだよ」

 だからみんな、人の意識ヒトノイなんだろうと考えたんだ。


「その『テトラが自分の近くまで向かって来ている』って感覚を向こうが持ってなかったとしたら?」


「どういうこと?」

 向こうも片一羽カタワレなら、当然テトラが近くまできているって感覚があると思う。


「いい、ノエル。向こうも実は、『テトラの近くまで辿り着いた』って考えいるかもしれないんだ」


「あっ! そういうことー!?」

 エアは察したらしい。飛び跳ねている。フィリーも頷いている。ピンときてないのは私だけか。


「つまりはこういうことだろ? テトラの相手は“第三区街ブルシャン出身とは限らない”」


「え? だって……テトラは相手を探して第三区街ブルシャンに辿り着いたんだよね?」


「もー、ノエル! 魔族の街は、ブルシャンだけじゃないんだよ!」


「……ブルシャンだけじゃない……あっ!? そういうこと!?」


「そう、テトラの相手も、テトラと同じように彼女を探して、他の街からブルシャンに辿り着いたかもしれないんだ」

 リレフは考えついたことを頭の中でまとめる。


 そうか、私たちが第三区街ブルシャン出生だから失念してたけど、

 なにも魔族の街は一つじゃない。第三区街ブルシャンの西には四番区街オーレドだってある。その先だってそうだ。


 テトラの探す魔族が、四番区街オーレドから来た可能性だってあるんだ。


 私は本の知識から、魔族の街の位置関係を思い浮かべる。


 四番区街オーレドから東に進めば三番区街ブルシャンがあって、そこから東に進めば五番区街シャラクがある。


 テトラは五番区街シャラク出身で、ブルシャンに向けて西に旅をしてきた。


 同じように、テトラの探してる魔族も、四番区街オーレドからブルシャンに向け東に旅してきた可能性だってある。


 そして丁度中間地点、三番区街ブルシャンに辿り着いたところで、どちらも“近くにいる”と感じとった。


「それってつまり……」

 エアの言葉をリレフが繋ぐ。


「向こうも、同じように考えたのかもね。『なんで相手は僕を探しにきてくれないんだろう』って」

 私たちの推論だけど、もしもそうなら、とても大きなすれ違いだ。

 魔族はツガイの感覚を信じきっている。だからこそ、どちらも『近くに辿り着いた』と感じたし、『相手が探しにこない』と感じてしまった。

 ツガイの感覚が起こってしまったすれ違いだ。


「じゃあ、向こうも同じように、私が探しに来てくれるのを待っているってこと?」

 テトラの結論に、リレフはうなずく。


「その可能性は十分にあると思う。似たような思考のツガイなら似たような行動をしてもおかしくない。ブルシャンのめぼしい片一羽カタワレは探したから、後は……」


「街の外ってことね……」

 私はテーブルに広げられた地図に目を移す。

 三番区街ブルシャンを中心に据えた周辺マップだ。魔族に名所扱いされた場所やデートスポットが克明に描かれている。


「この辺りで、ここと同じような洞窟だとか、魔族が安心して住めるような場所を知らない?」

 リレフの質問に、私たちはめいめい首を振る。

 街の中に住まいを持っているのに、他に住めそうな場所なんて考えたこともないからだ。


「私の場合、水浴びしてる時にこの子と仲良くなって、ここに辿り着いただけだから……他は知らない」

 テトラが近くに浮かんでいた一匹の妖精フェアリーに手を伸ばし、胸に抱く。

 妖精フェアリーは小さく鳴いて、テトラに甘えている。


「街の外って一言でいっても広いからね。ボクも知らないし、どうしようかな……」


「しらみ潰しに探すっきゃねーか」


「そんなの時間かかりすぎるでしょ、馬鹿フィリー」


「じゃあどうすんだよ、単純女」


「うるさい、この脳筋」


「脳までお花畑女に言われたくねーよ」


「だ、だれがお花畑だ!」


「あーはいはい! こんなところで喧嘩しないのー!」

 エアの制止を無視してにらみ合う私たち。そしてそれを見て笑うテトラ。


「本当に、あなた達仲がいいのね」


「「良くない!」」

 私とフィリーのステレオにも動じない。


片一羽カタワレの私から見ても、お似合いのツガイよ。羨ましい――あっ」

 テトラに抱かれていた妖精フェアリーがふわりと浮かび上がった。

 ふわふわと浮かび、テーブルに広げられた地図の一点に降り立つ。


「え、もしかして……」


「に!」

 妖精フェアリーは私の言葉に答えるように、小さく鳴き、つぶらな瞳を向けてきた。


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