ロキ14 『運命』


「……いいだろう。聞かせようじゃないか。私の運命をな」

 モルドットは倒れ込む俺に向け、両手を広げ語り始める。


*****


 今から約五百年前、ターンブル帝国には美皇帝と呼称される男がいた。

 そして、モルドットは帝国皇帝の近しい者として、責務に励んでいた。

 勤勉で真面目、更には皇族の血を引く者として信頼され、美皇帝の片腕とまで呼ばれていた。

 そんなモルドットと美皇帝の前に、それは現れた。


 大陸全ての女が霞むほど、美貌と、色気を兼ね備えた女が。


 それは後に『帝都の厄災』と呼ばれるエルデナだった。

 皇帝の側室として迎え入れられた彼女を一目見た瞬間、美皇帝は即座に心を奪われ骨抜きにされる。


 それはモルドットも同じだった。

 寝ても覚めても彼女の姿が頭から離れず、彼女の美しい声を聞くだけで全身が幸せに包まれる。

 エルデナのためならば、全てを投げ打って良いと思っていた。当然、自分の命もである。


 ほどなく、エルデナはその本性を現し、贅を極めていく。

 だがエルデナの恐怖は別のところにあった。

 処女の血を集めた大浴場で泳ぎ、赤子の皮で椅子を作り、老人を腐った肉の海に放り混んだ。

 抵抗する者は全て処刑し帝都の広場に積み上げたため、帝都全体に疫病が広がり、ネズミが大量に発生する。


 帝都は混乱に包まれた。


 その状況を見ながらも、モルドットは幸せだった。

 エルデナの近い位置で働ける自分の幸福に酔いしれていた。


 そんな時、彼らがやってきた。


 エルデナの眷属。

 後にそう呼ばれるエルデナの側近達だった。

 どこからか現れた彼らは、いずれも人の形から大きく外れた、異形の姿をしていた。


 *****


「“魔族”だ。彼らは全て魔族だったのだ」

 モルドットが俺に語りかける。


「つまり……それは――」

 『帝都の厄災』が実在していたことにも驚いたが、眷属が魔族だというならば、つまりはそういうことだ。

 俺の言いたいことを把握したのか、モルドットが繋ぐ。


「エルデナ様は“魔族”だったのだ」


 *****


 帝国が魔族に支配された。

 その情報は近隣諸国に伝わり、激しい戦乱が幕を開ける。

 歴戦の勇者達が次々に倒れ、『厄災』が大陸全土に広がっていく。


 そんな中、ついにモルドットにも戦争の前線へ招集がかかる。

 エルデナの近くから離れることに失意を覚え、悲しみに暮れるモルドット。


 そんな彼を見かね、一匹の眷属が近づいてきた。

 そして彼に、大きな力を与えた。


「お前に朽ちぬ肉体を与えた。これで幾度かは死を免れよう」

 こうして、モルドットは闇へと導かれた。

 その眷属に限りない感謝の意を見せ、モルドットは意気揚々と戦場へと向かった。


 そして彼は死んだ。


 *****


「最初はあっけなかったぞ。民兵に槍で刺された」

 波に乗ったのか、饒舌に話し続けるモルドット。

 爺は昔話が好きだと聞くが、例外はないようだ。


 *****


 生と死の狭間から蘇ったモルドットに待っていたものは、二度目の死だった。

 戦場の真っ只中に取り残されたモルドットは敵兵の良い的だった。

 撃たれ、潰され、切られ、望まぬ死が繰り返される。


 その度に蘇るが、失った身体は異形の組織へと変わっていく。

 戦争が終わった頃には、人とは大きく外れた姿へと変わっていた。


 それでも彼は喜んでいた。生があることに感謝していた。

 幸福で満たされながら、遠く離れた戦場から帝都まで戻る。少しでも早く、エルデナの下へと向かうため、彼は急いだ。そしてやっと帝都へと辿り着いた彼に待ち構えていたものは、帝都陥落の報だった。


 エルデナ達は既に敗北していた。


 彼女も彼女の眷属も、結束した近隣諸国の勇者達により討伐され、帝都から消えていた。


 モルドットは再び絶望の淵に立たされた。


 *****


「エルデナ様の居ない場所で、死なぬ身体がなんになる。私を照らす光が消えたまま、生きていてなんになる。私は空虚な気持ちを抱えたまま、長い年月を生きてきた」


 *****


 『厄災』が消え八十年後、モルドットは再び死を迎えた。

 死因は老衰だった。


 帝国領の僻地に屋敷を建て、一人でひっそりと生きていたため、死は自分自身だけが知ることであった。

 息を吹き返した彼の肉体は、自身の衰えた身体を戻そうと躍動を繰り返す。

 急速な筋肉の膨張に皮が避け、血が眷属の魔力と混じり合い硬化する。


 彼は更に、異形の姿へと変化していた。


 *****


「人として残された、最後の死への希望を失い、最早、私は死に憧れすら抱いていた。そんな私に、一つの吉報が舞い込んできたのだ」


 *****


 それは一つの手紙だった。

「『魔界』に逃げ込んだ『厄災』討伐のため、兵を集める」

 近隣諸国が出したその手紙を読んだ瞬間、モルドットは喜びに打ち震えた。

 死んだと思われていたエルデナが生きていた。

 雌伏のため、魔界へと戻っていただけだった。


 そう理解した瞬間、彼の心に変化が訪れた。


 憧れていた死が、恐怖へと変わったのだ。

 そして、過去、彼に力を与えた眷属の発した言葉が蘇る。


『――これで幾度かは死を免れよう』


 *****


「確かに、幾度か、と言った。それは幾度だ? 私は何度死んだ? 後、何度、死ねるのだ? そう思った瞬間に、あれだけ望んでいた死が、急に恐ろしい物へと変わっていた」


 *****


 『厄災』討伐は失敗に終わった。

 人は魔界へ足を運ぶことが許されなかった。


 エルデナに会いたくても、人であるモルドットは『魔界』に向かうことができない。

 それでも、希望があった。

 不意に生まれた一筋の希望は一気に膨れ上がり、彼の心を駆り立てる。

 エルデナの姿をもう一度目に焼き付けるため、近くに立つため、モルドットは長い年月をかけ、『魔界』の事を調べ上げた。

 

 そして遂に、人間が『魔界』へ入る手段へと辿り着いた。

 エスタール公国の秘密。転移石と宝玉オーブの関係に。


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