帝国軍4 『慈悲の心』
【帝国⑦】
星が消えた。
矢の群れが夜空を包み込み、クラウディアの周辺に降り注ぐ。
クラウディア自身は高い強度を誇る、ミスリル甲冑を着込んでいるため被害はないが、他の一般兵達はそうじゃない。
近くにいた兵達が軒並み矢の洗礼を浴び、命を落としていく。
そして、クラウディアと対峙する領主はというと――。
「まだまだぁ! ワシには当たらん! どんどん撃たんかい!」
怒声を響き渡らせる男の周辺を、矢が舞っていた。
男の周りを風が包み、矢は向きを変え明後日の方向に飛んでいく。
再び矢の雨が降り注いだ。
先ほどより広範囲に広がるそれは兵達の命を次々に奪っていく。
「や、やめて! やめろぉ! お前達に慈悲の心は無いのか!?」
余りの光景にクラウディアは叫んでしまった。
それだけ、一方的な虐殺だった。
「慈悲だぁ!? 馬鹿か女。戦争だぞこれは。そして、攻めてきたのはお前らだ。返り討ちにして何が悪い」
正論を吐かれ、言葉に詰まる。
確かにそうであったが、割り切れない気持ちに満たされる。
クラウディアは知るよしもないが、既にクラウディアの軍は崩壊しており、六千の兵のうち、生き残りはほんの僅かといった現状だった。
そして、それを行った元凶は、この場にいない。
「許さない……許さない! 私は、お前を殺す」
兵を殺され、怒りに満たされたクラウディアが腰を深く落とす。両手の
「おう、その意気だ。……やってみせろ!」
領主も斧を両手で構え、クラウディアの前に差し出す。
斧と
驚異の跳躍力で飛びかかったクラウディアだったが、その軌道を領主は読み取り、斧で受け流す。
だがクラウディアはその勢いを殺さぬまま、身体を回転させかかとを領主の顔面へと振り下ろした。
咄嗟に斧の柄を使い、落ちる一撃を防ぐ。
だが、クラウディアも領主がそう動くと読んでいた。残る足を斧の柄に充て、領主を飛び越える。
着地した瞬間、背から回転しながら領主へと
入る。そう思った瞬間に
人の大きさほどの斧。相当な重さのはずだが、それをまるで感じさせないほど領主は軽やかに扱っていた。
風を帯びた斧がクラウディアに襲いかかる。
間合いを見切ったクラウディアは背後に飛び上がり宙返りして降り立つ。
仕切り直し。そう考えたクラウディアにそれは襲いかかってきた。
領主が魔石を煌めかせていた。
暴力的な風の塊が、一直線にクラウディアの胸元に飛び込む。
不意を突かれたクラウディアは為す術もなく風の直撃を受け、背後の民家まで吹き飛ばされる。
壁が吹き飛び、室内を暴れ回った後に風は過ぎ去った。
クラウディアが民家から飛び出してくる。
「相変わらずミスリル甲冑は固い。この一撃で死なぬか」
領主が残念そうに呟く。
「息が上がっているよジジイ。もう長くないんじゃないか?」
「なあに、小娘に負けるほどではない」
領主は強がってはいるものの、明らかに顔色を悪くしていた。
三日間寝ずで、あれだけの拷問を受けたのだ。本来ならば立っているのもやっとの状態のはずだ。
それにしても、とクラウディアは自分の胸に意識を集中させる。
胸の中央付近に鈍痛が走っている。もしかしたら骨にヒビくらいは入っているのかもしれない。
生半可な攻撃では通らないミスリル甲冑を貫通し打撃を与えてきた。
それは脅威であり、この男が弱っていて本当に良かったと思わせる。
再び跳躍し、激しい勢いで連激を繰り返す。
そのどれもが斧に弾かれ、領主へ刃が届かない。
本当に、私は運が悪い。クラウディアは戦いを続けながら思考する。
彼女としては魔石戦士と戦うこと自体が想定外だった。それも滅多に現れない属性系統の魔石の使い手。
ルスランの守護者がしばらく不在になる。そう聞かされていたこそ、今回のエスタール侵攻にも抵抗しなかったのだった。
『雷英』が不在だと聞かされていたからこそ、成功を確信していた。
とんだ伏兵もいたものだ、と戦闘中ながら、自分の不幸に笑いそうになった。
息をも付かせぬ攻防を繰り返しながらクラウディアは思考する。
この局面を乗り越えたら、実家にでも帰るか。
元々、帝国との関係は家を気ままに飛び出した後、その腕を買われただけのこと。
未練はない。
クラウディアは察していた。自分の部隊が既に壊滅していることも。帝国に戻ったところで、軍団長としての未来は既に消えていることも。
両刀の
次第に領主の動きが鈍り、遂に膝を突いた。
すかさず、領主の持っていた斧を蹴り飛ばす。
「はぁ、……はぁ……これで終わりだ!」
両腕を振り上げ領主の首筋目掛け、
激しい金属音が響き、クラウディアの
「間一髪でしたね。領主殿」
そこには黒い影が立っていた。
「……帝国は、何故争いの火種を生む? 罪なき民を傷つけることが、お前達の正義なのか?」
短く刈り上げた銀髪。黒で統一された甲冑。
一人の男がクラウディアに鋭い視線を送る。
そうだった。とクラウディアは思考を張り巡らせる。
私は、運が悪かったんだった。
自分の不運を憎む余り、彼女の目の前が暗闇に包まれる。
「もしもお前達が、己の義を捨て、民の安息を奪うというならば――」
過去にその姿を見せるだけで、
「今ここで! その行いを――私が正す!」
『雷英』ガラハドが、エスタールの窮地に駆けつけていた。
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