ロキ9 『魔界』
エメットが普段の顔を捨て、真っ直ぐ俺を見つめ微笑んでいる。
「……俺がどうしたいのか?」
「国と国の話は一旦置いといて、ファティちゃんだっけ? エスタールの姫と結婚したいの? したくないの?」
何を言い出したかと思えば……下らない。
「……“今の”俺は王族だ。王族は国を第一に考えることが責務。個人の想いなんか別枠だろう」
俺の心に、つばさの顔がちらついた。
もう、自由恋愛で好き勝手にできる身分じゃない。
「そんなことはないよ。どんなに偉くなっても、人は人。人は誰かを愛するようにできている。そして、愛する人を選ぶ権利がある。王族だって同じさ。ロキがファティちゃんのことを好きなんだったら、国の事情とか関係なく結婚すればいいし、好きじゃないなら、時勢の成り行きに任せてみるのも一つの手段だよ」
「結果、沢山の民が路頭に迷うかもしれないんだぞ。戦争だって起こるかもしれない。そう単純な話じゃない」
「結果国がどうなったとしてもそれは国の所為でしょ。……世界の所為さ。ロキの結婚を受けて、世界がどんな判断を下したとしても、それに対してロキが心を痛めることはないんじゃないかな」
「無責任な話だな」
エメットの言葉を俺は鼻で笑う。
王族の結婚は国と国の問題だ。愛だの恋だのといったメルヘンチックな話は除外して考えないといけない問題だ。
……ファティマのことを好きか嫌いかで言えば好きだ。結婚後もなんだかんだで上手くやっていけるだろう。
だが、その愛情は家族愛に近い。妹を愛でるのと同じ感覚だ。
国の事情を蔑ろにしてまで愛したいかと言われれば、それはノーだ。だからこそ、俺はこうして、ファティマの為というよりも、エスタールの為に、ベストを尽くそうと考えている。
つばさを失ってからは、俺のそういった愛情を司る器官は死んでしまっているのだろう。
「……話を戻そう。一度まとめるか。何か掴めるものがあるかもしれない」
俺は一連の出来事を頭の中で整理する。
敵国であるターンブルが俗国の姫を要求してきた。
それに抵抗するため、姫の一家は国を丸々ルスランに差し出すという暴挙に出ようとする。
見かねた俺は考え、ルスランの王子という身分を捨て自分自身が婿養子になるという案を採用する。
だがそれは国王に却下された。
どうやらルスランはきちんとした意図があり、俺を送り込んでいたようだ。
俺の役目は婿養子として王族から外れることではなく、姫と子を作り、俗国を真の支配下に置くためだった。
「こうして考えると……そもそも、帝国が姫様を要求する時点でおかしいよね。いくら行政特区といっても敵国の管理下に置かれている国の姫だよ。帝国皇族なんだったら、本国にいくらでも相手いるじゃない。姫本人が絶世の美女だったら分かるけどさ。それこそエルデナなみにね」
「エルデナ?」
「うん、『厄災』だよ。お伽噺の……って、え?」
俺の微妙な顔に、エメットは何かを察したようだ。
「ロキ……もしかして、知らない? 大陸に住んでいる人間なら誰でも知ってるくらい有名だよ。ほら、絵本のアレだよ。『帝都の厄災と良き――』」
「絵本なんて、こちらで生まれてから読んだことはないな」
「にしても、読み聞かせとか……あー、ごめんね。なんでもないよ」
エメットが色々と察してくれたようだ。
王家の子に向ける愛情は一般的な家庭とはまるで違う。
俺自身、シャルルから母親らしい行動を受けた記憶が余りない。夜に絵本を読み聞かされた経験もなければ、おしめを変えられた経験すらない。
まあ、俺が悪いのも多々ある。転生者なのもあり、夜泣きもしなけりゃ何かを望みもしていなかったからな。
「まあ、ファティも美人にはなるだろうが……確かに、わざわざ帝国が王国の縄張りにちょっかいを出すのはおかしいな。……もしかすると、帝国も狙いはファティではなく――」
「もしかしなくても、そうなんじゃない?」
「『国』か……」
俺は頭を掻き、深いため息を付く。
王国も帝国もなんなんだ。エスタール公国は田舎の小国だぞ。資源も乏しけりゃ軍備も整っていない。治める価値のない国なのだから放っておけばいい。攻める価値のない国を得てなんになる。
「……国王陛下が伝えたかったのってそこなのかも?」
エメットが呟き、テーブルの魔石を転がす。
「そこ、とは?」
「エスタールの価値。帝国も王国も支配下に置こうと模索しているのなら、そこには何かしらの価値があるんでしょ。でもそれが知られていないということは、大っぴらにできる価値じゃない。そして陛下はロキに魔石を持たせてここに寄越した。だったら――」
「エスタールの価値は、魔石に関連しているということになる」
「何かまでは分からないけれど、それは間違いないだろうね」
……くそ、それがなんにせよ、今は情報が少なすぎるな。
「他に、陛下は何か言ってなかったの?」
エメットもそう感じているのか、珍しく眉間に皺を寄せながら尋ねてきた。
「後は……特に……ああ、そういえば、ラーフィア山脈がどうこう言っていたな」
父上は俺にラーフィア山脈に向かったのかと尋ねていた。
脈絡のなさに、戸惑った覚えがある。
「ラーフィア山脈? 登ったの?」
「いや、一度、麓近くまで向かったことがあるだけだ。本当かどうかは知らないが、ドラゴンが出るという噂もあるしな」
「噂じゃないよ。ラーフィア山脈は凶暴な白竜の縄張り。山脈のどこから登っても、たちまち見つかって食べられちゃう」
「白竜ねぇ……一度は拝んでみたいが」
「冗談。一度見つかったらもう誰も逃げられない。登らなくて良かったね」
やはり本当の話だったか。ガラハドも、ホルマのオッちゃんも絶対に登らないようやけに念押ししていたしな。
「それにしても……ラーフィア山脈ねぇ……陛下がその話題を出したんだったら、何か魔石とも関係性がありそうだけどね」
「例えば、山脈のどこかに魔石の発掘場所でもあるとか?」
「ううん、魔石は確か――あっ!」
俺の思いつきに、エメットが何かヒントを得たのか髪を掻き上げ立ち上がる。
そして、小走りで部屋の隅に置かれた本棚の前に向かい、一冊の本を取り出してきた。
「王国の歴史について独自の解釈でまとめられた本だよ。ルスランでは禁書になった曰く付きのヤツ」
「ちょっと待て、なんでそんな物を持っている」
そしてそんなものウキウキと王族に見せようとするな。
「ここは『教会』なんだから固いことは抜き。ロキのことは信用しているしね……それより、ここを見て」
パラパラとページをめくっていた動きを止め、俺に向かい、本の見開きを見せつける。
それは両ページ全てを使い大きく描かれた地図だった。
古い地図ながら、ルスランとその周辺の国の位置関係が描かれている。
「いい、ここがルスラン王国で、ここをずーっと南に下っていったら……」
「エスタールに辿り着くな」
実際俺はエスタールから延々北上し、ルスラン本国へと辿り着いた。位置関係は身をもって分かっている。
「そして、エスタールの南側には、エスタール平原が広がっていて、そこを進んでいけばラーフィア山脈に辿り着く」
「そうだ。十二の頃、ファティと一緒に向かったから覚えている」
「じゃあ、その更に南は?」
エメットの問いかけに興味を示し、俺は地図の示す場所に目を向ける。
「……なんだこれは」
地図を見ると大陸を分断するかのように、ラーフィア山脈が横一線に入っていた。そしてその先は……黒く塗りつぶされている。
まるで著者が忌み嫌っているかのように、そこだけが乱雑に塗りつぶされてた。
「その先は『魔界』だよ。魔族達が住む世界。人が決して訪れてはいけない世界さ」
「魔族……」
聞いたことはある。人と違い、自由自在に『魔法』を操り、人に害を成す存在だ。
そのどれもが人外な姿形をしており、多様な種が存在するらしい。
大陸に存在する一部のモンスターも魔法を使うが、魔物と魔族の違いは一つ。
魔族は人のことばを操れるということだ。
ことばを操れるということは、心があり、人に害を成すための策略を張れるということ。
そこが忌み嫌われ、魔族は人間達にとって、最も怖れるべき敵だとなっている。
「この本によれば、『魔石』は人間の世界からは絶対に出土されず、『魔界』の中で魔族が作り出しているんじゃないか。って纏められているんだ。そして、それは『教会』の中で当たり前の共通認識になってる。きっと陛下がロキに知ってもらいたかったのはこの部分だと思う」
「待て、魔石が魔界で作られているとして……何故それをルスランが使っているんだ?」
当然の疑問に、エメットは顎に手を置き、しばし考え込む。
「……人には屈しない魔族だけど、ルスランとは一度、友好関係を結んだことがあるみたい。それこそ『厄災』の時代のことだから良くは分からないけれど、もしかしたらそれと何か関係があるのかもしれないよ」
「王国が……魔族と手を組んでいると?」
「公式には関わりはないことになっているけれど、今でも関連があるのかも。その辺りはロキが王族の誰かをつついた方が詳しく分かるかも知れないね」
機会があれば兄上……王太子辺りと面談してみるか。
「……つまりはこういうことか? ルスランは魔石を得るため、『魔界』のすぐ近くにあるエスタールに注視している。できるならば、完全に領土化して手元に置いておきたい。……そして、それに感づいた帝国がエスタールに対してちょっかいを出し始めたと」
「そう考えるのが自然だろうね。それなら、国王陛下がここにロキを寄越した理由が納得できる。魔石ではなく、“魔原石”を持たせたこともね。エスタールは“魔原石”を得るための、何かしらの窓口になっている可能性があるよ」
位置関係としても、そうなっている可能性は……非常に高い。だが、それならばホルマやファティマが知らないはずがないんだが……。
王国、公国。……そして帝国。それぞれの立場、思惑を感じ取り思考を這わせる。
この現状で、俺は一体何をするのが得策なのだろうか。
浮かんでは消える様々な思いに思考を委ねていると、突如部屋に飛び込んできた騎士に中断させられた。
「し、失礼します! ロキ殿下!」
「どうした?」
甲冑から見るに、国王の親衛隊の一人だ。礼儀も知るはずなのに、ノックもせずに飛び込んで来るとは何事だ。
城からここまで走ってきたのだろう。汗だくの顔に焦りの色が浮かんでいた。
男は姿勢を正し、唾を飲む。そして、言った。
「――エスタール公国が、陥落しました。帝国軍です。帝国に、攻め落とされました!」
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