ロキ8 『魔石』

【ロキ⑫】

「エメット~! これ! みてみて!」


「うん? あれれ~、凄いねぇ。エマちゃんが作ったの?」


「うん! スカルと一緒に作ったの」


「スカル君も頑張ったね。僕にくれるのかい?」


「エメット様この前、誕生日だったんでしょ? エマに聞いたの」


「ありがとね~。二人とも大好きだよ」

 昼下がりの庭園。大聖堂敷地内に設置されたその空間は、誰もが息を呑むほど美しく、まるで天使の遊び場のようだ。

 その場所で煌びやかなローブを羽織った金髪の優男が座り込み、小さな子供二人から花で作られた首飾りを受け取っている。


 その横には色とりどりに羽を染められた鶏馬ルロが止められており、大きく口を開けて欠伸をしている。


 その一角だけ、キラキラとした謎の光が飛び交い、嫌でも映画や漫画のワンシーンを彷彿させる。

 それを俺はげんなりしながら見つめていた。


「意外だな。年頃の女しか興味ないのかと思っていたが」


「そんなことないよ~。それにエマちゃんだって、後十年もすれば……って、ロキ? ロキじゃない」

 お前は光源氏か。と突っ込む前にエメットが俺の肩に腕を回してくる。


 やめろ、近い近い。


「久しぶりだねぇ~。なんだ、戻ってくるなら言ってよ。迎えに行ったのに」


「会う予定がなかったんだ。直ぐにエスタールに戻るつもりだったしな」


「またまた照れちゃって。でも嬉しいよ。わざわざ会いに来てくれたんだね」

 ふぁさあ、と髪を掻き上げ、謎の光を俺にぶつけてくるエメット。


 ……そう、この一見イケメンだが残念な男の名はエメットという。


 『教会』の祭司という位置に属し、代々王宮関連の教育係を受け持っている。

 父上の言葉通り、魔石を携え大聖堂へ向かったところ、飛んできたお偉いさんにこの男のところまで案内されてしまった。

 王族と関わりが深い魔石のこととなると把握しているのは『教会』内部でもほんの僅か。その中でもこのチャラ導師が適任だったらしい。


 ……くそう、嫌いな訳ではないが、色々面倒くさいヤツだ。できるならば会わずに帰りたかったんだがな。


「ちょっと待っててね。この子を馬屋に戻したら直ぐに戻るから」


「急がなくてもいいさ。……随分、立派な鶏馬ルロだな」

 俺は目の前のダチョウのような馬鹿でかい鳥の鬣を撫でる。

 赤や青など悪趣味な原色に染められているものの、太股は太く、凛とした佇まいを見せている。


 鶏馬ルロはこの世界の移動手段として、馬の次に使われている動物だ。

 馬ほどの持久力はないが、スピードは馬の倍ほどは出る。


 利便性の問題で、ルスランでは、民の生活も、軍も、馬がメインの生活だが帝国側は鶏馬ルロを好んで使っているようだ。


「ターンブルからの寄贈品。大陸の端から端を一晩で走るって言われている凄い子なんだよ」


「嘘を付け、嘘を」


「まあね。当然、盛ってるけどそれだけ早いってこと。……そうだ、折角だしご飯でも食べに行く? イイ鶏馬ルロ料理を出すお店があるんだ」


「食べてきたから大丈夫だ。……この話の流れで良くその提案ができるな」


「だってこの子、美味しそうな太股だし……あっ折角だから今の迷える子羊ちゃんたちも一緒に連れてくるよ? みんな美味しそうな太股だから――」


「いいから早く行け!」

 本当に聖職者かコイツは。

 ケツを蹴り飛ばしそうになる衝動を抑えながら、俺はエメットをげんなりしながら見送った。


*****


「なるほどねぇ……でもそれって、妙な話だね」

 エメットの自室に連れ込まれた俺は大体の事情を説明した。

 ソファーに向かい合って座る俺達の中間には硝子のテーブルが置かれており、その上には父上から渡された魔石が置かれていた。

 エメットが長い指で転がして遊んでいる。


「妙とは?」


「だって、『教会』が把握している魔石の話なんてごく僅かだよ。ルスラン王族の方がよっぽど深い関わりがあるくらい。わざわざ『教会』に寄越す必要があるのかな? ……エスタールとの関連も良く分からないしね」


「『王族のことは大抵知ってるよ~』と豪語していたチャラ導師でもそうなのか」


「だから、チャラって何さ。絶対イイ意味じゃないでしょ?」

 エメットの膨れ面を無視し、思考を這わせる。

 魔石は王国軍の軍団長以上しか持つことが許されない代物だ。王族が管理し、使用を許すという名目で渡している。

 そんなレアな存在の情報など、出回っているものはごく僅かだろう。


 そもそも『教会』はルスラン王国とは別の組織だ。

 ルスラン本国の城下街に馬鹿でかい大聖堂をこしらえているが、大陸の反対側、ルスランの敵国であるターンブル帝国の帝都にも同じ物をこしらえている。


 中立国が領土の一部を間借りしているようなものだ。

 王国の武器になる代物の情報を簡単に渡すとも思えない。


「僕からは、『教会』が把握している魔石についての情報しか話せないけれど……そもそもロキは、魔石についてどの程度知っているの?」


「どの程度と言われてもな……」

 魔石はルスラン将軍の武器であり、王族が与える物だとは教えられているが……。


「なるほどねぇ。じゃあ、何故魔石を使って戦うのが、ルスラン王国“だけ”なのかは分かるかい?」


「それは……」

 言葉に詰まる。確かにそうだ。微妙な能力も多い魔石だが、『魔法』が使えない人間からしてみれば、使えないものが使えるというだけでも、強力な兵器であることは間違いない。


 敵国である帝国は脅威に感じているはずだ。であれば自分らも使おうと考えて当たり前だが……。


「答えは簡単だよ。ルスランの“王族”のみが魔石を使う人間を選ぶことができるからさ」


「どういうことだ?」


「そのままだよ。“血の盟約”って言うんだけどね。王族がこの人にこの魔石を使わせたい、と思い、魔石を与える。そして特殊な儀式を経て使えるようになる。こういった流れさ」


「なるほどな――魔石を使える人間は限られている。それはそういう事情か」


「逆を言うと“血の盟約”を経てない魔石はただの石ころと同じさ。仮に帝国の軍団長が、王国の将軍を倒して魔石を得たとしても魔法を使うことができない。だから、ルスラン王国だけが『魔石』という強力な武器を使えるというわけさ」


「例えば……仮に魔石を使える人間が寝返ったとしたら?」


「魔石と人を繋げられるんなら外すこともできるでしょ。そもそも、一等親以内の親族程度しか扱えないんだし、王国を裏切ったとしても先はないよ」

 寝返った人間が魔石を使えたとしても、使えるのはその人間だけ。親族全てが扱えるわけでもない。それに今は魔石を使えても、いつ使えなくなるか分からない……か。確かに帝国からしてもメリットは少ないな。


「さて、そんな使用するのに制約がある魔石なわけだけど……唯一、その制約が当てはまらない例があるんだ」

 人と魔石を繋げられるのはルスランの王族のみ。その制約パターンに当てはまらないことだと? ……何か裏技的な抜け道でもあるのか? ……いや、違う、そうじゃないな。


「……王族自身だな」


「当り~。誰であっても魔石を使うには王族の力が必要だけど、王族だけは例外。いつでも、どんな魔石でも、王族本人は魔石さえあれば魔法をなんだって使えちゃう」

 なるほどな。考えてみれば当たり前の話だ。他人に与えられる力ならば、当然、自分でも使うことができるだろう。


「だったら、この魔石も今、俺が使えるのか?」

 テーブルに転がっている、父上から受け取った魔石を手に取る。


「自分自身と魔石を繋げる“血の盟約”のやり方を知らないでしょ? それにね、そこにあるそれは魔石であって魔石じゃないよ」

 なんだその禅問答みたいなものは。


「魔石はもう少し小ぶりで宝石みたく綺麗に削られているよ。これは“魔原石”。魔石に加工される前の鉱石だね」

 魔原石……? どういうことだ? 父上は加工前の魔石を俺に渡して、一体何をさせたいんだ?


「因みに魔石加工の技術も王族が秘匿してるよ~。欠片にも特殊な力が備わってるから、うちも引き取って武器に加工したりしてるけど……魔石本体を加工できるのは王族だけ」

 いつか見た、『魔導具』のことか。カロリーヌが使っていた家宝の弓だ。

 確かにアレも、何もないところから光る矢を生み出していたな。魔法のようだとは思っていたが、アレも魔石の一部だったのか。


「ううん~でも分からないなぁ……僕が知っている魔石の情報はこんなものだし、『教会』の誰に聞いても、これ以上の情報はないはずだよ。なんで国王陛下はロキにコレを持たせて、ここに寄越したんだろうね」

 そこだ。父上はこう言っていた。


 “魔石”と“王族”の関わりについて、詳しく知れば、自ずと何故ルスランがエスタールを手元に置きたいか分かると。


 魔石と王族が深く関わっていることは分かった。だが、エスタール公国は別だ。俺自身、エスタール内では魔石など見たことないし、耳にもしない。

 ……秘密裏に何か、エスタールが魔石に関与しているのか?


「……王国側は俺が思っている以上に、エスタールを支配しようと考えている。俺はそのための布石だ。布石が布石らしく動くよう、俺に情報を掴ませるため国王はここに寄越した。何かは分からないが、エスタールと『魔石』には繋がりがあると考えるのが自然だろう」


エスタールあそこは特殊だもんねぇ。領地だけど領地じゃない。正直裏で何をやってても不思議じゃないけどね」


「だが俺自身、六年間暮らしてきたが魔石の影も形もなかった。旧王朝王族も裏でコソコソと何かをやっていた素振りはない。至って普通の家庭だ」

 ホルマのオッサンやファティは良くも悪くも正直過ぎる。何かをやっていたならば、すぐに感じ取れるはずだ。


「旧エスタール王族の末裔な時点で、普通じゃないけどね。それだけ上手く隠していたか、もしかしたら旧王朝の人達も知らないのかも」


「そんなこと有り得るのか? そもそも、王族相手に隠す魔石の情報なんざあるのか?」


「知らないよ。僕もさっぱりなんだから、考えられる可能性を話しているだけさ……なんにしても、今回の一件を片づけるにはちょっと骨が要りそうだね」

 エメットは椅子に、深く腰掛け、微笑みながら俺の目を見つめる。


「なんだ? 急に黙り込んで。気色悪い……」


「ちょっと小休止。一旦つまらない話はやめにしよう。……もっと気になることもあるしね」


「気になること?」


「結婚の話。どうするつもりなの?」

 どうするもこうするも、現状、どうすることもできない。


「っていってもな……婿養子案を却下されたのだから、公国を守るためにも別の手を考えないといけない。戻ってオッサンに相談を――」


「いやいや、僕が言いたいことは違うよ。そうじゃなくて、……ロキはどうしたいの?」


 エメットが普段の顔を捨て、真っ直ぐ俺を見つめ微笑んでいる。


「……俺がどうしたいのか?」


「国と国の話は一旦置いといて、ファティちゃんだっけ? エスタールの姫と結婚したいの? したくないの?」


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