ロキ3 『特区』

【ロキ⑤】

 エスタール公国はルスラン王国の『行政特区区画』だ。行政特区とは何か。

 ルスランの庇護に入りつつも、政治は全て旧エスタール王朝時代の国王、つまりはあの領主のオッサンに全て委ねられている。これが行政特区だ。

 ただ、ルスランの庇護に入った時点で、オッサンは『王』ではなくなり『公』、一公爵と同じ扱いへ格下げされた。だから今は公国なのだ。

 

 本来ルスランの支配下に置かれた国は、権力者は全て根絶やしにされ公国へと変わる。政治は全てルスランに乗っ取られる訳だ。

 では何故エスタールはそうならなかったのか。

 理由は単純。エスタールにそれをする価値すらなかったからだ。


 国は人でできている。人は大きく分けて『働く人』、『戦う人』、『祈る人』の三つに分けて考えられている。

 『働く人』、つまりは民衆が大勢いて、それを『戦う人』騎士や貴族、俺たち王族が守る。そして民衆と地位が高い人間を『祈る人』、教会の司祭やシスターなんかが『救う』。

 まあ、そういう考えの元で国は成り立っている。


 なんでこんな話をしたのかと言うと、エスタールはその事情が少し違っていたのだ。


 『働く人』が大勢いるのは変わらない、しかし『戦う人』は王族のみ。『祈る人』なんていない。エスタールはそんな状態だった。


 まともな物差しじゃ国として全く機能していないと思うだろ。だって、騎士とかいないんだぜ。戦争があったらどうするつもりなのか。


 ……と、思うが実際はキチンと機能していた。エスタールでは大勢の『働く人』が有事の際には全て『戦う人』に変わるのだ。

 守るべきものは『王家』のみ。

 それ以外は自分の命も、なんなら家族すら簡単に犠牲にする。魂の『救い』を求めないから『祈る人』もいらない。

 正確に言うと民衆は『王家』を崇拝しているので、あのオッサンが『祈る人』と『戦う人』を兼ねていると言うべきだろう。


 ルスランとしては完全に図りきれない存在だった。価値観が全く違うのだからしょうがない。だが南方を平定するに当たって無視できる国家でもない。

 じゃあ攻める? いやいや、それで仮にエスタールの王族が絶えたとする。そしたらきっと民衆の集団自決祭りだ。『祈る人』の救いがなくなるからな。

 『働く人』もいなくなれば、国家として成立しなくなりルスランとしてはただの戦い損となる訳だ。国家一個潰して、近隣諸国に非難され、教会からは虐殺国家のレッテルを貼られる。一つとして利点がない。


 な? 戦争する価値のない国だろ?


 だからルスランは国属化を求め、交渉の末、「俺らの支配下に入ってもらうけど、好きに国作りやっていいよ。あ、お金か物は頂戴ね」という特別な立場が生まれ、行政特区区画は成った。んで、俺が派遣された訳だ。


 説明が長くなって済まないが、ファティが言った台詞、『属国』から『省』へ。これはエスタールの行政特区という特別な立場をぶん投げ、ルスランの国家の一部となりますよ。ってことだ。

 つまりあいつは、俺と結婚したいがために自分の国を差し出してきやがった。

 本当に、碌でもない。



 それを受け、結局俺は婿養子としてエスタールに入ることを伝えた。……しょうがないだろ。エスタールの民衆全部を人質に取って交渉されたようなものだ。


 一応俺もファティの言うルスラン国、エスタール省の案を考えてみた。


 先ず真っ先に考えつくのは懐事情、つまりは税が上がることだが、これは俺が来る前からしてみると比べものにならないほど農業生産が上がってるので十分賄えるだろう。

 それよりも問題なのはルスラン国の一部になる、ということは『教会』がしゃしゃり出てくることだ。

 聖堂が次々設立され、ジャッジメントと呼ばれる法務執行官達が法と行政の一部を担うことになる。

 そいつらは恐らく時間を掛けて、緩やかにエスタールの民衆を『教育』しようとするだろう。価値観の植え付けだ。受け入れられない人間は徐々に排除される。


 んでエスタールの民衆は、ほぼ『教育』を拒絶するだろう、と俺は考えてる。

 排除された人間、その関係者はどうなるのか?

 革命軍、もしくはその予備軍の出来上がりだ。ファティマかその子供を使い独立戦争を起こす未来が見えてくると。


 多分、ファティマはこの未来も考えてる。俺と結婚した上で、一時的に省になり、再び独立して国を戻す。そんな覚悟があるのだろう。


 俺のほうはというと、ただなんとなく今は結婚したくない、という理由しかない。

 天秤に掛けるまでもない。結局、俺の方が折れて、婿養子案を受け入れるのが一番いいよね。となる訳だ。



【ロキ⑥】

「はっはっは、そうか! ファティマも公女としての自覚が出てきたな!」

 ファティマの提案を受け、翌日の朝から、早速領主と三者面談が始まった。俺からの必死の説得にファティマは全く耳を貸しやしない。


「いや、笑い事じゃない。んで褒めるな」


「だがまあ、お陰でロキが決心したんだ。良くやった、ファティマ」

 オッサンは満足そうにファティの頭を撫でる。このオッサンもそうだ。二人して耳が腐りきってんのか。


「ううん、私だって必死だっただけだよ」


「二人とも碌な死に方しないぜ……」


「『属国』を捨てると聞いた時は開いた口が塞がらなかったが……確かにこれならロキは折れるな」


「……この国の連中を路頭に迷わす訳にもいかないしな」 

 俺が婿養子としてエスタール一族に入ることで、当面ルスランとの関係性は変わらないだろう。


「ごめんね、ロキ。ホントはあたしもこんな真似したくないんだよ」


「そんなニヤけた面で言っても説得力ないからな」

 でもまあ、これで良かったのかもしれない。一番の懸念だったファティの気持ちも、何故かは分からないが俺と結婚したい旨が分かった訳だから問題はないだろう。


 俺の方としても恋心云々を別にすれば有難い話だ。ちょっとガサツだが美人だし、性格も悪くない。……多分。今回腹黒い面が見えたので自信はないが、少なくとも明るく竹を割ったような性格って所は変わらないはずだ。


「んで、これからの事を考えましょう。ターンブルへの返答はいつなんです?」


「うむ? 今日だ」


「……また随分急ですね。俺が返答を保留にしてたらどうしてたんですか」


「お前ならば一晩もあれば意思を固められるだろう?」

 何をこのオッサンは俺に過度の期待をしているんだ。俺からしてみても人生の一大事だ。そう簡単に決まるものでもないだろうに。


「私がロキに常日頃から襲われてて、心身共に側室に出せる状態じゃないからロキに責任取ってお婿に来てもらう……ってことでいいんだよね?」


「な、なんかまとめると俺、相当の外道じゃないか?」

 濡れ衣にも程がある。帝国の話を突っぱねるならこの位の方がいいんだろうが。


「おう、どうせ奴らも貰うならば生娘の方が良かろう。しっかり心傷の姫を演じるのだぞ」


「うん! 任せて!」

 ファティが胸を叩く。それを見て満足げに頷く父親。つくづくと、酷い会話だ。


「……まあ、色々思うところもありますが、ターンブル側はそれで良いでしょう。後は――」


「ルスランの方だな」


「そうですね……まあ、多分大丈夫だとは思いますが」

 ルスラン王国の第五王子ロキ。通称『碌でなし王子』。これが俺の総称だ。本国からしてみても、僻地に飛ばした碌でなしがどうなろうが知ったことじゃないだろう。


「だがまあ、大丈夫にしても一度ルスランへ戻り、お前から伝えた方が良いだろうな」

「……まあそうでしょうね」

 また『碌でなし王子』の偉業に新たな項目が追加されるのか。というかその偽の説明を俺の口から言うってかなり勇気が要るんだが。


「なんで? 使者送ればいいんじゃないの?」

 ファティはそう言って、テーブルに置いてあったポラポと呼ばれる皮ごと食べられる梨のような果物にかぶり付く。


「仮にも一国の姫がそんな大変な目に遭った。んで原因は王国側が選んで送ってきた俺。王国側の不祥事になるって訳だ」


「だからその代わりにロキを貰えるんでしょ?」


「王国側が事態を重く見たら?」


「……あーそっか、めんどいね」


「そういうこと。最悪連れ戻されて死罪……はなくても、島流し位はあるかもしれない」


「わしの方からも封書で穏便に済ませたい旨を伝えるがな。王族や側近どもがどう動くか分からん以上、直接行って印象操作できるに超したことはない」

 父上……国王は笑って済ませるかもしれない。が、大臣達がどう動くのか分からない。後は第三王子(ボンクラ)の動向か。暗殺未遂事件の第一容疑者だ。流石にもう警戒はされていないと信じたいが、これ幸いに俺の首を取ろうとしないとも限らない。俺が直接王達と交渉を掛けるのがベターな選択だろう。


「大丈夫なの? ロキ。もう会えなくなるとか、やだよ?」


「流石にいきなり牢獄行き……なんて馬鹿な真似はしないだろう。まあ、なるようになるさ」


「王から許しを貰い、帰国して式を上げれば、晴れてロキもエスタール一族の仲間入りだ。それまでは娘に手を出すなよ?」


「どの口がおっしゃいますか」


「あたしは別にいいのに」


「お前の羞恥心は何処に行った!」

 なんかもう、この親子と話してると疲れる。今後が非常に不安になってきた。そんな俺の心配を余所に二人とも和気藹々と話をしている。暫くすると扉が叩かれる音が聞こえてきた。


「失礼します。ターンブル帝国からの使者が来られました」

 ガラハドが珍しく甲冑を纏った姿で入ってきた。同席するつもりのようだ。


「おう、じゃあいいな。二人とも」

 返答の代わりに俺は深いため息を付き、立ち上がる。これでもう、俺は後戻りできなくなる。

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