魔族と人間
魔族と人間1 『真の戦士』
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世界は廻る、廻る。何事もなく。
彼女の影を隠しながら、彼は何事もなく暮らす。
街はいつも通りの朝を迎える。
「子供達のお世話、頼めるかな?」
彼女の死を見た翌日に、彼の下に男が一人。いつもの笑顔で彼に語りかける。
彼は微笑み彼女の意思を次ぐ。
世界は廻る、廻る。何事もなく。
変化したのは彼の心だけ。あるのは運命への失望だけ。
男はいつものように笑顔で語りかける。変わらない世界。変わらない絶望。
「宜しく頼むよ。ルールー」
偽りの
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【ガラハド 行政区】
行政区の大通りで二つの影がぶつかり合う。
卓越した動きだ。ガラハドは素直に感心した。
ガラハドと対峙する赤い翼の男は、間違いなくこれまでで最大の強敵だった。
魔族と戦うつもりはなかったが、降りかかる火の粉だ。払わねばなるまい。初めのうちはその程度の考えでしかなかったが、甘かったと言わざるを得ない。
赤の男は勇猛かつ俊敏にガラハドに向かって鉤爪をふるい、そのどれもが重い一撃だった。一撃でも食らえば、ガラハドの鎧は紙のように裂け、致命傷となるだろう。
これだけの戦士が持てる力を最大限に振るってくる。ならばそれに応えなくては非礼であろう。ガラハドはそう思い直し、既に自分の持てる最大の武を持って対峙していた。
「……惜しいな。そなたが万全の状態で戦いたかった」
「もしそうなら、お前なんぞ今頃はバラバラになってたぜ」
そうかもしれないな。左右から次々に襲いかかる鉤爪を弾きながらガラハドは思う。
それでも、これだけの戦士が万全の状態だったならば、どれだけの動きを見せていたのだろう。それはどれだけ美しいのだろう。そう考えてしまう。
ガラハドが男から離れながら放つ高速の三連撃はその全てを鉤爪で弾かれる。理不尽な強さ、圧倒的な力の差を感じ、ガラハドは敬意を払いたくなった。
「私の名はガラハドだ。そなたの名を聞かせてもらえないか?」
「あっ? 人間に名乗る名なんぞ持ち合わせてねぇよ!」
「……そうか、残念だ」
いつの間にか、ターンブルの兵達が行政区に集まってきていた。皆、一様に唖然とした顔をして二人の戦いを見つめている。
誰一人として乱入しようとしていなかった。二つの理不尽な強さ、それに紛れるだけの力を持った人間はどこにもいない。
残像すら見える早さでぶつかり合う人間と魔族。
その二人が見せる演武のごとき戦いに魅せられるターンブル兵。
ガラハドは少しでも長く男との戦いを楽しみたかった。
気を抜けば死が訪れる。そんな状況にも関わらず、ガラハド自身も男との戦いに魅せられていた。
だが、その時間は長くは続かなかった。終わりは不意に訪れた。
二人の兵に連れられて、女が一人現れたのだ。
真っ先にそれに気が付いたのは、赤い翼の男だった。ガラハドの剣を受け流しながら、大きく舌打ちをする。
そして、暫く爪と剣の打ち合いをした後、突如きびすを返して女のもとへ飛びかかった。
女の両脇にいた兵を、両手を使い一瞬で仕留め、女を羽交い締めにする。
「てめぇら全員動くな!」
赤の男は、女の首筋に鉤爪をあてる。ガラハドも、兵達も、状況が掴めず動きを止めている。
赤の男はガラハドを見据え、言った。
「武器を置け。この
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【ノエル 行政区】
何を……言ってるの? 何を……やってるの? お父さん。
あまりの事に思考がまるで追いついてこない。なんで、お父さんが私を殺そうとするの?
「そうだ。この人間を生かしたければ、そのまま動くなよ」
なんで私のこと、人間だなんて言うの? 私はノエル。お父さんの子供だよ。
「……そうだったな。てめぇら人間は、家族だろうとも見殺しにする碌でもない奴らだ。こんなもん意味がねぇのかもしれない。だがな、たまには
その言葉で、お父さんのやろうとしている事が分かった。
角も翼も生えていない私を……人間と同じ姿をした私を……助けたいんだ。
人間に……私を人間だと錯覚させたいんだ。
「その点、魔族は違うぜ。魔族は家族を大事にする。自分の子供とかになれば、そりゃあもう、毎日何百回と抱きしめたいくらいにな」
「私は……そなたを真の戦士だと認めていた」
黒い甲冑の男が殺意を包み隠さずに放っている。
「んなご立派なものじゃねぇよ俺は。毎日毎日家族に邪険にされるしがないオッサンだ。だがなぁ、そんな毎日が俺は大好きなんだよ。家族が大好きなんだよ! てめぇら人間にそれを奪われてたまるか」
私はどうすればいいのだろう。このまま人間のフリをすればいいの? そんな混乱する私の頭が一つの未来を映し出す。それは、
「……そこの黒いの。認めてやるよ。お前は強い。このままやり合っていれば、いつかは俺が負けていた。だからな……」
そこに立つ黒い鎧の男は、お父さんと対等に渡り合える人間だ。多分、戦ったら私は苦しむ間もなく一瞬で殺されてしまう。だから……お父さんは、
「俺は
私が……確実に生き残る為に……でも、でもそれって……
「貴様……この外道め! ふざけるな!」
「いいや、ふざけてなんかねぇよ……もう一度言ってやる。俺は自分の息子を、娘を愛してる。生き残ってもらいたい。幸せになってもらいたい。だから、だからなぁ……」
「まっ――」
私の動きを瞬時に察したお父さんが、手の平で私の口を塞いできた。言葉の代わりに思考が回転する。
待ってよ、お父さん。それ以上続けないで。
二人でこの男倒そうよ。頑張れば倒せるよ。
もう、邪険にしないから。痛いとか、臭いとか言わないから。
もっと、別の伝えたい言葉、あるんだよ。
普段だったら言えない言葉、あるんだよ。
だから、
だから――
……嫌だ。そんなの、嫌だ。
「……その為だったら死んでもいいんだよ」
お父さんは、私を助けるために、死ぬつもりだ。
「ならば死ね!」
「やめて!」
私の叫びはお父さんの大きな手にふさがれて、口の中だけで反響を繰り返した。
黒い風が私とお父さんの横をすり抜ける。
刀身の煌めきが私の頭上を駆けていく。
そして――
お父さんが、小さな声で、私にむかって、
言った。
「……幸せにな。
鮮血が私に降り注いだ。
私を抱きしめる力が抜け落ちて、お父さんはゆっくりと、倒れていった。
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