つばさと悠人3 『片一羽の記憶』

【ノエル 商業区】


 防壁に飛んで来た男の死を確認した後、まるで迷路みたいになっている防壁の中をなんとか降っていき、迷いつつも防壁の外に出ることができた。


 青いエネルギー体に入った途端に体中の力が抜け、倒れそうになる。

 どうもこのエネルギーは魔力の流れを妨害して本人の意思関係なく勝手に吐き出させてるようだ。

 師匠に刺さってた杭の範囲が広がったバージョンらしい。かなり厄介だ。


「どうしよう……私も魔力に頼りっぱなしなんだけど……」

 商業区まで降りてきたはいいものの、魔法が使えないとなにもできない。

 人間に見つかったら殺されるか、良くて他の魔族達と同じように捕まってしまう。


 それでもこんな悲惨な現状を見てしまったら後戻りなんてできない。

 なんとか人間に見つからずに皆を助けないと。


 とりあえずは物陰に隠れながら……


「ノエル?」


「ぎぁあぁ!!??」

 突然足下から声が聞こえ飛び上がる。


「しー! 静かに!ボクだよ」

 見るとケット・シー種のリレフが身を潜めていた。ビックリした……心臓がバコバコ言っている。


「リレフ……良かった。無事だったんだね」


「うん、仕事で行政区に行ってたから巻き込まれないで済んだよ。人間の匂い感じてすぐに戻ったけど」

 リレフは魔族特性で鼻が犬並にきく。見た目猫だけど。昔からの友達で、セイレーン種のエアというツガイがいるオスだ。


「エアちゃんは一緒? 先に避難してるの?」


「分からない。大通りの家はもぬけの空だったよ。丁度買い物にでも行っていたみたいだね」


「そう……無事だといいね。ううん、エアって、しぶとそうだからきっと無事だよ」

 エアも昔からの友達で、色々と魔法を使って遊んでた仲でもある。

 エアの風魔法は人間相手でも十分通用する威力があると思う。まあ、今は魔法が封じられているんだけど。


「まだボクがエアのことを好きだからね。どこかで生きてるから、探さないと」

 ……え? まだ……?


「エアのことなんて嫌いにならないでしょ?」


「……エアが死んだらボクは片一羽カタワレになるでしょ? 交尾まだだし」

 あ、そっか。魔族にはツガイという生まれ持っての許嫁システムがある。

 生まれた時から交尾……結婚相手が決まっているのだけど、例えば死別だとかで片方がいなくなったら、もう片方は片一羽カタワレという状態になる。

 そして片一羽カタワレになると、どこか別の場所にいる異性の片一羽カタワレと心が繋がる。

 片一羽カタワレ同士、お互いを好きになる。


 ……え、まって、じゃあ。


「もしかして、片一羽カタワレになったら前の相手のことは好きじゃなくなるの?」


「うん。もし、交尾前の魔族が死んだら……ツガイもそうだけど、周りの魔族達の記憶からも愛情が消える。どうでも良い存在になるんだ。種を残す為に魔族の心はそうなってる。新しいツガイ同士にとって邪魔な記憶でしかないからね」

 そんな……。


「交尾後なら出産や育児があるから、そんなことにはならないんだけどね。ボクたちまだ十五歳だし」


「邪魔だなんてないはずなのに。……だって、これまで一緒に過ごしてきた思い出が消えちゃうんだよ?」

 楽しい思い出も、辛かった思い出も。


「ずっと思い出に引かれるよりかはいいとは思う。それに、なんとなく前に好きだったな、くらいの記憶は残るみたいだよ。おぼろげにだけど」


「そんなの……悲しいよ」

 私の悲痛な心を感じ取ったのか、リレフが首を振る。


「……人の意識ヒトノイみたいな考え方するんだね。ノエルは」

 ヒトノイ。魔族のツガイシステムから外れ、人間の心で愛情を育む魔族。

 前に違うと言われたけれど、私はやっぱり心の中が人間なんだと思う。ヒトノイなんだと思う。


 フィリーのことを好きになって、その後になにかあったとしても忘れるなんて絶対嫌だ。それがどんなに合理的じゃなくても、いっぱい悲しんでいっぱい楽しかった時の記憶を思い出したい。


「どちらにせよ、今、少なくともエアは生きてるんだ。だったらボクはどんなことをしても助けたい。一緒にいたい」


「うん……エアを探そう。」

 私は釈然としない思いを抱えながら、リレフと共に大通りの広場へと足を向けた。



        ****



【ロキ エリシャの杭】


「リレフ……ね。ケット・シーってことは猫の姿をしているのか?」


「うん。行政区にいるはずだったんだけどねー。多分、すれ違いで商業区のお家にいると思う」

 六芒星の頂点に向けて下降しながらエアが言う。

 エアのツガイ……彼氏のようだが、今現在行方不明らしい。

 敵本陣陥落の為、エアに魔法の協力をお願いしたら、代わりにツガイを一緒に探してくれと頼まれたのだ。


「……正直、商業区にはあまり近づきたくないんだが、仕方ない。その代わりキチンと働いてくれよ」

 俺の考える計画には必要不可欠な人材だ。

 まあ、ガラハドとカロリーヌがいれば兵の千や二千どうにかなるだろうし、多少の融通はきいてやろう。俺は巨乳派だしな。


 『エリシャの杭』が刺さった場所に降り立った俺は早速、地面に深々と突き刺さる四角形の杭に手をかけた。


 ……

 ……ふんがっふっふ!


 ……

 ……うぬぅうううりょぁああああ!


 な、なんじゃこりゃ!? ……接着剤でも使ってるんじゃないかと思うほど抜けない。


「なにコレ? なんでこんなに固いのさ?」

 見かねてルールーも手伝ってくれるがびくともしない。

 よくよく見てみると、三十センチほど地面から飛び出た杭の頭には四角形の黒いモニターがあり、小さく青い光が点滅している。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……六点か。無関係とも思えないな」

 他の杭と連動しているサインだろうか。六芒星な訳だし。


 触ってみると、触れた部分が青白く輝くが、特に変化はみられない。

 試しに端から端へと指を滑らせてみると、その軌跡上に光るラインが引かる。指を離すと、光るラインはふわりと消えていった。


「もしかして……図形ロックかなにかか?」

 特定の図形を作らなくては解除されないと。スマホのロック画面みたいなものだ。


「ちょっと下がって。杭と周りの地面を切ってみる」

 エアが腕の代わりに生えた翼を光らせる。俺とルールーが下がったのを確認すると、翼の先から緑色の風が次々と噴射され、半月状となって杭に降り注いだ。


「カマイタチか。大根位ならスッパリやれそうだな。だが……」

 土煙の先にある『エリシャの杭』も、その周辺の地面も傷一つ付いてなかった。


「杭の周りも魔法無効化が効いてるみたいだね。力業じゃ厳しそうだよ」


「うー……やっぱりそっかー」

 戻って来たルールーが俺と同じようにモニターを光らせている。


「刺した、ってことは抜くことが出来る。他と連動してるというならば、それを解除する方法があるはずだ」

 まあ、一番怪しいと言ったらこの黒い画面だろうな。少し考えてルールーの代わりに画面上で光る一点に指を置いた。


「まさかコレだけ凝った仕掛けの物が使い捨てってこともないだろう。指示をされれば、誰でも回収できるようになってるはずだ」

 まあ、使い捨ての可能性もゼロではないがな。俺は指先で点同士をラインで繋ぎ、光る三角形を作る。


「つまり、そう複雑な図形ではないということ。だったら簡単な事だ」

 ならば、答えはこれだろう。

 俺はもう片方の指で上下逆さに三角形を描く。頂点と頂点が結ばれ、三角形同士が重なり六芒星ができあがった。


「……」


「……」


「……ふっ」


「なにもおきないね……」

 マジか。めちゃくちゃドヤ顔でやっちまったじゃないか。

 試しに指を離して引き抜こうとしてみるが、びくともしない。


「うわー、恥ずかしいねー。見なかったことにしよーか?」


「やめてくれ。余計惨めになる」

 おかしい。考え方の方向性は合っているはずなんだ。解除できない物だとすると、じゃあこのモニターってなんなの?って話になる。


 二度と解除できません。なんて交渉が不利になるような物を『商会』が売るとも考えられないしな。絶対にこのモニター上で解除できるはずだ。

 ならば後考えられるのは……


「頂点に順番がある……のか?」

 六芒星を作らないといけないが、頂点をなぞる順番が決まってる。二つ目の三角形も同様。

 そうなると組み合わせは無数にあるぞ……。


「くそ、少し考える!」

 俺は考えをまとめる為に地面に胡座をかき、目を閉じた。


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