つばさと悠人2 『ガラハド』
【ガラハド 行政区】
『頼んだぞ。ガラハド』
ガラハドは次々に襲いかかる二刀の剣を避けながら、ロキから受けた言葉を思い出す。
対峙するのはワインレッドの
これならば、軽く切り捨てて主君の下へと戻ることが出来る。
そう考えていたガラハドの視界に、空を飛ぶ魔族が映し出された。
低空で飛行するその魔族は、腕に少女の形をした魔族を抱えていた。
ガラハドが視線を移したのは、ほんの一瞬だった。だがエルヴェはその視線を即座に感じ取り、同じ者を見る。
その隙にガラハドが猛攻をかけた。手に持った長剣を振り抜き、連撃を叩き込んでいく。
それは常人には見えない程の早さであったが、エルヴェは時に両手に持つ剣を交差させ、時に片手でいなし、かわしていく。
ガラハドの剣をはじき返したところで、エルヴェはバックステップで距離を置き、剣を二刀とも鞘に収めた。
「あー参った、参った降参」
両手を挙げ抵抗なしの姿勢を取るエルヴェだったが、ガラハドは油断せずに剣を構える。
「あんた、ルスランの雷英雄でしょ? なんでこんな所にいるの……さッ!」
エルヴェがマントの中に隠し持ったアルテミスをガラハドに向かい打ち込んだ。二つの発射音が響き渡る。
ガラハドは自分に向かってくる矢を難なく剣で切り払う。
だがそれは一矢のみだった。
もう一矢は上空を飛んでいた魔族に刺さり、手に持つ少女ごと落下していく。
「なっ……」
なんのためらいもなく放たれた矢に流石のガラハドも意表を突かれた。
その隙にエルヴェは飛び上がり、魔族が抱えていた少女を奪い取る。
「はいはーい。良く来たねぇお嬢ちゃん。お兄さんが色々楽しいことしてあげまちゅよー」
エルヴェはガラハドに見せ付けるように少女を掴み上げる。少女は突然の事に震えているのみだった。
「貴様……外道め」
ガラハドの目が怒りに燃え上がる。
無抵抗の民を虐殺、蹂躙。
騎士道を重んじるガラハドにとって忌み嫌う行為であった。
「外道こそ男の本懐なんじゃない?さ、それで正義の英雄さんはどうするの?この状況」
魔族の少女は自分を掴むエルヴェとガラハドを交互に見て、涙を堪えている。
本当は叫びたいであろう心を必死に押さえつけている。そんな様子だった。
「……私は正義で動いていない。主君の命を優先させてもらう」
ガラハドは構わずに剣を構えた。
「あ、そう。じゃあ要らないね。この子」
エルヴェが空いている手で少女の首を掴む。
「ま、待て!」
思いとは裏腹に、言葉がガラハドの口から出る。
「じゃあやることあるでしょ? ほらほら!」
少女の首を握ったまま上下に振り回している。ガラハドは歯を食いしばり、長剣を鞘に収めた。
そのまま石畳の上に正座し、長剣を体から離して置いた。
「いいねぇ、それでこそ真の騎士道。良い子ちゃんは大変だ。……反吐が出るぜ」
ガラハドに向かいアルテミスの銃口が向けられる。
早撃ちに自信のあるエルヴェが引き金を引くその瞬間、
ガラハドは消えていた。
剣の鞘だけが遠く離れて飛んでいる。
即座に身の危険を感じたエルヴェは少女を離し、背後に飛ぶ。その首筋のプレートに衝撃が走った。
回転し吹き飛ぶエルヴェ、その彼が先ほどまで存在した場所にガラハドが剣を抜いて立っていた。
居合抜き。
この場にロキがいればそう称したであろう。ガラハドは正座した姿勢から予備動作なしで剣撃を打ち込んだのだった。
「近くの家に入ってなさい」
少女の頭を軽く撫で、言葉を贈る。魔族の少女は頷いて走り去っていった。
「げっふぉ、てめぇ……バケモンか」
首を切り抜く勢いで剣をあてたのだが、全身鎧の質と背後に飛んだことで威力が軽減したようだった。
「良く言われるが……生きる価値無き貴様には言われたくないな」
ガラハドはエルヴェに対し、顔には出さないものの、かなりの嫌悪感を募らせていた。
弱き者を人質とする行為がガラハドの中にある正義感を刺激した。
「勝手に人の価値決めんなよ。オレはね、女に囲まれて出すもん出しきって、昇天しながら昇天するって決めてんの。それまで死んであげないよ?」
エルヴェは両手を広げ立ち上がった。そして再び剣を抜く――仕草を見せながらガラハドに背を向けた。
「むっ!?」
両手を高く振り上げ逃げるエルヴェに、ガラハドはまたもや騎士道の隙を突かれた。
これまで一般兵でもない実力者が、勝負の途中で逃げ出すなど経験したことがなかったのだ。
予想外の事に思考が止まりかけたが、すぐに後を追う。エルヴェは坂道を下り、階段を端から端へと飛び越えて逃げていく。
どうやら住宅区へと向かっている様だった。ガラハドも懸命に追いかけるが徐々に離されていく。
住宅区へと通る階段に差し掛かったところで、ガラハドは悪寒を覚え、背後へと飛んだ。
軽快な音を立ててガラハドのいた場所に赤い羽根が次々突き刺さった。
「ったくよぉ、多過ぎだろ……人間ども」
赤色がガラハドの前に立っていた。
その体は自らの血でまみれ、折れた矢が至るところに刺さっている。
深紅の翼は片方へし折れて、片目も潰れている。
それでもガラハドは油断していなかった。否、油断も怠慢も出来る相手ではなかった。
圧倒的な力、圧、それをビリビリと浴びせられる。
「待て、私は……」
「うるせえよ。能書きは散々だ。良いから来い。殺してやる」
赤の男が両手を広げる。その大きな鉤爪の先がガラハドへと向けられる。
「私は同盟国ルスランの使者だ。魔族の敵ではない」
ガラハドは唾を飲み、遮られた言葉を繰り返した。だが赤の男は首を振る。
「なんだっていい。人間は……全員死ね!」
獣の叫び声が響き渡った。
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