悠人4 『ヴィクトル』


【帝国軍 居住区】    


 東門から街に侵入したヴィクトル隊は千人隊を一つ残し、そのまま勢いを弱めず居住区へと進行する。

 途中幾人かの魔族が抵抗したのでやむなく射殺した。



「抵抗せんのならば撃たん!  道を空けい!」


 軍団長のヴィクトルがラーフィア山脈を越えそうな程の怒声を浴びせ、天幕の張られた商店街を越え、坂を駆け上がる。


 五十を超えた体とは思えぬ程鍛え上げられており、一般兵と同じ鉄色の甲冑を身につけている。

 だが材質はミスリルである。

 浮かれたパレードアーマーの飾り付けなど、軍人として無意味である。ヴィクトルはそんな考えを持っていた。

 わずらわしい頭冑アーメットすら不要だと思っていたが、部下の千人隊長全員からの懇願を受け、渋々身につけていた。

 次々に襲いかかる魔族をアルテミスで打ち抜き、巨大なハンマーを軽々と振り回して叩きつぶす。


「命を無駄にするな。我らは目的を果たせば去る!」


 自らを武人と誇るヴィクトルにとって、魔族といえど民間人に手を掛けるのは心苦しいものがあった。

 だがその思いとは裏腹に、抵抗の数は時を追うごとに増していく。


 もう少しで居住区に差し掛かろうとしたところで、東門に残したはずの千人隊が戻って来た。

 聞くとエルヴェ隊がその任を引き継いだとのこと。


「どういうつもりだ。あの小僧め」


 アーメットの中で歯ぎしりをする。実のところ、エルヴェの魂胆は読めていた。

 ヴィクトルをあえて先行させ、功績よりも実利を優先するということだろう。

 色惚けしたあの小僧の考えそうなことだ。とヴィクトルは忌々しく思う。

 だがなんであれエルヴェが動かない以上今は思惑に乗ってでもヴィクトルが皇太子救出を優先しなければならない。


 まあ良い。と、ヴィクトルは心の中で自分を納得させた。

 魔族の女など得たところで獣姦と同じ。それよりも名誉を得た方がよっぽどましだ。図らずともお互いに優先すべき利が一致したのだった。


 居住区に突入し、道なりに真っ直ぐ進むと開けた場所に辿り着いた。

 休憩場所として使われているのだろう。中心に大きな木が設置されその周りを囲むように石の長椅子が並んでる。

 そのまま通り過ぎようとしたところ、後続の兵が突如炎に包まれた。広場に兵の叫び声が響き渡る。

 それに連呼するように前方の兵が次々と首を落としていく。

 鮮血が吹き上がり、石畳が血で染められていく。

 兵達に動揺が広がった。


「なんだ? なにがあった!」


「背後から下半身が蛇の女! 手から炎を出してます!」

 ヴィクトルの叫びに千人隊長の一人が答える。


「アルテミス隊、距離を保ち撃て!」


「駄目です! 下水へと逃げ去りました!」

 その間にも先駆けの兵が次々に切られていく。透明ななにかが兵の隙間を抜け、兵の両腕を飛ばし、顎から上を消失させている。


「前方、シーカーガルだ! シーカーガルがいるぞ!」

 兵の一人が叫び声を上げ、胴を真っ二つに裂かれ絶命した。



「やだねぇ、あんな獣と一緒にしないでくれよ」

 透明ななにかが呟いたが、それを聞いた兵はことごとく黄泉の世界へと向かった。


 口笛が広場に響き渡った途端、ピタリと殺戮がやんだ。

 それを合図にして周辺の屋根から翼を持った男達が現れる。

 ヴィクトル隊を囲うように散らばった男達は、一斉に両手を前に掲げ、魔法を照射してきた。


「くっ、待ち伏せか! 小癪な」

 雷撃、氷弾、風切り、大小様々な魔法がヴィクトル隊を襲う。

 なまじ固まって行動していたことが良くなかった。魔法の直撃を許した兵が次々と倒れていく。


「アルテミス隊! 打ち落とせ!」


「駄目です! 射程の外に抜けつつ撃ってきています!」

 ヴィクトルは大きく舌打ちした。

 アルテミスの射程は決して長くない。通常の弓の方がよっぽど長い位だ。近づいて撃とうにも、集団を離れた者から魔法で殺されていく。


 兵達がそれぞれ大盾で防いだりしているが、徐々に数が減っていき、広場中央に固まった円い陣形が少しずつ小さくなっていく。


 再び口笛が響き、魔法の集中攻撃がピタリと止まる。

 先ほどまでの喧噪が嘘のように静寂に包まれ、代わりにヒュンと風切り音が聞こえてきた。


 ヴィクトル隊の前に、赤が立っていた。瞬きのうちにそこにいた。


「おっと、動くなよ。てめぇらの首を狩るなんざ一瞬で出来る」

 紅蓮の翼を携えた、鋭い目付きをした男が鉤爪を見せつけ鳴らす。

 その身は雄々しく引き締まっていて、長年鍛え上げた体を持つヴィクトルですら見劣りする程だった。


「……ターンブル兵か。二度と見たくなかったぜ」

 男が吐き捨てるように言う。ヴィクトルがなにかを答える前に、男は続けた。


「さあて、てめぇらには色々と聞きたいことがあるが……ちとまだ数が多いな」


 いつの間にか屋根から降り立った男達が部隊を取り囲みながら近づいて来る。完全にアルテミスの射程を把握しているらしく、それ以上近寄ろうとはしない。


「お前らのやり口なんざ十二分に分かってんだ。妙な真似する前にざっぴかせてもらうぜ」

 男の翼から赤いオーラが吹き上がる。それは体全体を覆い、男の形相をみるみる内に邪悪なモノへと変えていく。


「人間風情が、魔族を舐めるんじゃねぇぞ」

 広場に巨大な魔獣が出現した。足は獅子、体は鷲。ターンブルのおとぎ話でも登場する、グリフォンが叫び声を上げた。


        ****


【ルールー ブルシャン水路】    



 街の防壁南側を横切るように過ぎていくと、濁流川という緩やかな流れの河川が見えてくる。

 ときたま氾濫しそうな川の名前だけれど、私が知る限りそんな事態に陥ったことは一度もない。

 きっと昔の人が洒落で付けたか、一応注意だけはしとくか、といったところだろう。


 その河川の一部にブルシャン水路内部への入り口がある。


 ブルシャンの防門は兵によって封鎖されている。正面から喧嘩を売ると後が面倒だ。とロキが言い、街の内部に侵入できるルートを求めここにやってきた。


 この枯れた水路の入り口は元々水に浸かっていて一部魔族以外入れなかったと聞いている。河川浸食の関係で水が干上がり、使われなくなった部分だ。

 中はほぼ一直線になっていて、長い水路を通っていくと内部で街に繋がる本流へと繋がっているはずだった。


 ブルシャン水路は大きな木を想像してもらえるといい。

 水路入り口が根にあたり、ここから水を本流へと送る。

 本流が幹だ。


 川から流れ込んだ水は、本流を通って一度ブルシャンの街内部の貯水庫へと送られ、私達魔族の生活用水になる。

 根の部分はいくつか存在しているけれども、ここ以外全ての入り口は河川のどこかで水に浸かっている。

 よって内部に侵入できるのは唯一ここからということになる。


「使われなくなった……といっても中の状態は綺麗なものですわね」

 カロリーヌがランタンで壁を照らしながら歩く。

 水路内部は小川の通ったトンネルのようになっていて石造りの壁が腐食することなく真っ直ぐと伸びていた。

 元々が水の通り道なので、 坂道になっていて下っていく形になる。


「コレを作った建築技術がそれだけ凄いんだろう。『教会』の様式に似てるがエメットはなにか知らないか?」


「僕は過去を振り返らない主義だからねぇ。……でも、まあ逆に『教会』が参考にしたって線もあると思うよ」

 ロキが興味津々になっている。どうやら昔水路を作ったことがあるらしく、その時はここまでしっかりした物が作れなかったらしい。こんなんだけど、王子様らしいこともしているのか。


「見えてきましたよ。おそらくあれでしょう」

 私達の前を歩いていたガラハドがランタンを差し出す。そこは行き止まりになっていて、壁の横に大きめのレバーが付いている。


「よし、ガラハド引いてくれ」

 迷うことなくロキが命令する。罠だとか考えないんだろうか。


「大丈夫だ。幾ら魔族でもこんなところに罠を仕掛けたりはしないだろう」


「だから普通に思考読まないでもらえないかな!」


 そう言えば魔石持ってたね、この人。なにか変な魔法でも使ってるんだろうか。

 ガラハドが体全体を使ってレバーを一気に下に下げる。


 行き止まりだと思われた壁が上にせり上がり、壁の中から小部屋が現れた。

 脚を固定させた金属の椅子とテーブルが置かれていて、ちょっとした休憩場所になりそうだ。


「よし、中に入るぞ」

 私達が全員中に入ると再び壁が下がり、真四角の部屋に閉じ込められる形になった。


 ロキを見ると部屋の隅に付いているレバーを調べていた。二つ並んでいて片方に手をかけている。

 壁が下がったのはどうやらこの人の仕業らしい。


「この壁の向こうが本流だろう。今水の抜けている音がしている。まともにここが運用されていれば両壁とも普段は開いていたんだろうな。……面白い。二重扉のメンテナンス機構だ」


 ここはもう枯れているけれど、本来だとこんな構造なんだろう。


 水の中を潜れる魔族がわざわざ川からこの部屋まで来て、一度壁を閉じる。

 水で満たされたこの部屋の中で、レバーを引いて本流の水を抜く。

 そして本流への扉を開いて空気のあるところでみんなで故障箇所を修理する。


「面倒くさいだけじゃありません? だったら管理場で抜いて管理場から入った方が楽だと思うのですが」

 カロリーヌもそう思ったのかロキに尋ねる。


「この古いやり方、一見すると非効率だが、水に長く潜れる魔族がいるってのがポイントだな」


「ああ、なるほどね。水は大事だもんね」


 エメットは納得したようだ。その横にいるガラハドも頷いている。


「つまり水を止めるのも修理できるのも魔族だけだった……ということですね。これが作られた当時は、ですが。しかし、今は使われていない。その意図を読めていなかった魔族達のお陰で、こうやって私達も侵入できた訳ですね」


「えっと、ごめん。まだ良く分からない」

 正直に告白する。理解出来てないのは私だけだろうか。と思ったらカロリーヌもキョトンとした表情を浮かべてる。良かった、仲間がいた。


「キミたちのご先祖様はね、万が一人間にこの街を支配された時のことを考えてくれてたみたいだよ」


「仮に、の話だが……人間がこの街を支配したとする。魔族側はなんとしても人間に嫌がらせしたいと考えるだろう?」


「うん、まあそうなるだろうね」


「そんな時は魔族がこの部屋まで来て本流を空っぽにすればいい。するとどうだ?折角攻め落としたのに水がまともに使えない街の出来上がりだ」

 ああ、なるほど。人間はそんなに長く水に潜れなそうだしね。魔族でも一部のエラ呼吸出来る人達じゃなきゃたどり着けないだろうし。


「水に潜れる魔族が絶滅していたとしても、メンテナンスが出来なきゃいつかは壊れて使い物にならなくなる……人間からしてみると随分と意地の悪い設計だ」

 そうなったら後は川から自力で水を汲んでくるしかなくなるのか。

 ……だけどそんな嫌がらせ神経を先祖代々組んでろって方が難しい気がする。


 分かってたとしてもいつかは今の管理場で調整することになってただろう。私達は人間が攻めてくるってことすら夢にも思ってなかったんだから。


「さて、水も抜けたようだし、念願のブルシャン内部に行くとしますか」

 ロキがレバーを下げる。先ほど降りてきた壁とは対角線の壁がせり上がっていく。


「ターンブル皇太子の確保まで出来れば良いのですが」


「仮に皇太子がまだ行政区の領事館にいると仮定して……住宅地区の魔族がどれだけ耐えられているかに掛かってるな。下手すりゃもう皆殺しになってるかもしれん」


「不吉なこと言わないでもらいたいな」


「本当に―― きゃ!?」

 私の前を歩いていたカロリーヌの脚に、いつのまにか 蛇のように長い物体が巻き付いていた。


 全員、なにがあったのか把握出来ずに一瞬だけ固まる。

 次の瞬間、カロリーヌが高速で奥の暗闇に引っ張り込まれた。手に持っていたランタンが床に転がる。


 すぐにガラハドが暗闇に向かって飛ぶように走った。

 それを追いかけて奥に進むと、それはすぐに見つかった。


 通路いっぱいにおびただしい数の触手がうねっていた。その中の一本に体中絡みつかれ、もがいているカロリーヌがいる。


 良かった。まだ生きてる。


「触手と巨乳か。不変の取り合わせだな」

 ロキが訳の分からないことを言い始める。


「絶対碌でもないこと言ってますわ! 早く助けなさい!」


「タコかな。ここを住処にしてたんだろうねぇ」


「悠長にしている場合じゃないな。ガラハド、頼む」


「御意!」

 ブルシャンの水路に巣くう巨大なタコのモンスターに、存在がモンスター並の人間が襲いかかっていった。

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