ノエル9 『あこがれの王子様』

 ゴブリン軍団は巨大なゴブリンを中心にして、丸い円を描くような陣形を維持したまま、ゆっくりと進軍している。


「この位でいいかい」

 リフレが魔石を光らせ、魔法反射の障壁を球状にする。そしてそれをバスケットボール位の大きさまで圧縮させる。


――巨大ゴブリンと戦った時、リレフは魔法反射の障壁を球体にしてみせた――



ふぁうんひょうほちょうどひいんじゃいいんじゃはいふぁふぁないかな?」

 薬草を口に摘められるだけ詰め込んでるので喋りづらい。


「いつでもいいぜ、こい!」

 フィリーも覚悟が決まったのか、私が動き出したからなのか、スッキリした顔つきをしている。


「じゃあー『ワックワク!! ラブラブパワーで危機脱出!? ゴブリンもいるよ作戦』いきましょー」

 エアの謎ネーミングの元、ワ(略)作戦は決行された。ラブラブはお前ら二人だけだろと。巻き込むなバカップルめ。

 薬草を飲み込み先ほど作られた魔法反射の球にゴブリンの杖を突っ込む。そして輝かせ、炎魔法を球の中にぶちまける。


――杖を使えば、最小限の魔法保護で、強力な魔法が使える――


球の中は一気に炎に包まれる。出口の無いその炎は魔法反射の球の内側で、反射を繰り返している。私は更にありったけの魔力を込めどんどん炎を中に入れていく。


「エアちゃんいきまーす!」

 エアは翼の先を輝かせ、 炎の球体の中に突っ込む。そして風魔法を流し込む。すると球体内部の炎はもの凄い勢いで回転し始め、乱反射を繰り返す。もはや炎に見えない。ミニチュアの光る赤い星だ。


――魔法は圧縮できる。小さい頃、エアが風船の中に竜巻を入れたように――


「こんな感じかなー」

 先にエアが引っこ抜きリレフの元に近づく。リレフは球体を維持するのに全神経を使っている。


「そ、そろそろ大丈夫かも、ってか、もう駄目……」

 杖を離し、ぺたりと座り込む。ありったけの魔力を絞れるだけ入れた所為で、腰がぬけた。だけど、……ふっふっふ。目論見通りの自信作ができた。後はコレを……


「フィリー! 後はお願い」


「おうっ!」

 フィリーが助走し、手を輝かせる。風に乗り、光る手で勢いよく炎の球体を掴んだ。


――魔法障壁は、ゴブリンの魔法で上下に激しく揺れた。つまり、動かす事ができる――


 そしてそのままゴブリンの集団へと飛んで行く。ゴブリン側もそれを見て、臨戦態勢へと入る。各々、武器を構え始めた。


 けど、遅い。


「フィリー! いけー!」

 エアのサポートを受けたフィリーが緑の風を纏い、加速する。

 元々素早い飛行だったが、それが更に加速され、幼い頃に見た父のように一瞬で巨大なゴブリンの顔へと辿り着く。

 手にはリレフ、エア、私、皆で作った球体が握られている。


――灰色の猿の時は、幼い私とフィリーしかいなかった。でも今日は皆がいる――


 そして、最後に、



「――ゴブリンは、物を食べる――」

 私の呟きとほぼ同時に、フィリーが魔法の詰まった球体を巨大ゴブリンの無駄にでかい口に放り込んだ。


「うめぇだろ。俺の惚れた女の手作りだ!」

 あーッ! あーッ! 聞こえない。フィリーはなんか碌でもない事を叫びながら、ゴブリンの体を土台にして飛ぶ。


「リレフ! やれ!」

 フィリーが叫ぶ!


「あいー」

 リレフの宝石が輝きを止める。

 極限まで圧縮された、炎と風の魔法。その圧縮していた壁が、取り払われた。

 飛行し、戻ろうとしているフィリー。


 武器を構えるゴブリン。


 魔法を撃とうとするゴブリン。


 何かを口に入れられ、何か分からないまま咀嚼する巨大ゴブリン。



 全てがスローモーションに目に映る。


 ゴブリンは獲物を狩っていただけ。悪いのは侵略してきた私たちだ。

 けれど私たちは、子供が襲われるのを見逃せなかった。

 人間だと分かっていてもね。


 どっちかが悪いわけじゃない。


 だから――私は言葉にする。


「ごめんね。……バイバイ」


 巨 大 ゴ ブ リ ン が 弾 け 飛 ん だ。


 そして弾けた先から、解き放たれる火炎流の竜巻。遅れて爆音と衝撃。私は人間の女の子の顔を胸に埋め、見守る。


 炎の暴風は巨大ゴブリンがあった場所を中心に猛威を振るう。みるみるうちに天まで届いている。

 周りで陣形を固めていたゴブリンの軍団が為す術もなく飲み込まれ燃え上がりながら上昇していく。熱風が荒れ狂いゴブリンの集落を飲み込んでいく。


 あれ? フィリーは?


「フィリー……フィリー……!?」

 返事が、ない。視界いっぱいに広がる火炎流に飛ばされないようにするのに精一杯だ。


「フィリー!! いるーー!?」

 火炎流が立ち昇る。目の前は真っ赤に燃え上がる炎だけ。


「……やだよ! ちょっと! フィリー!!」


ゆらりと私の目の前の炎が動いた。その後ろに黒い影。

ボンっと音を立て竜巻からフィリーが抜け出して来る。体には魔法反射の障壁を纏っている。そして私の前に降り立った。


「ノエル……」

「……はい」

「お前やり過ぎなんだよ! 死ぬかと思ったじゃねーか!」

 私は皆で作り出した、炎の竜巻を見上げる。雲を抜けて立ち昇ってる。消える事無く燃え続ける火炎流は、遠く先の人達にもハッキリと見えるだろう。

 後で街の人達に、絶対何か言われる。


「うん……やり過ぎた。でもまあ」

 私はフィリーを見た。そして抱き合っているエアとリレフを見て、最後に手を握ってる女の子を見る。


「これで、皆が笑顔で帰れそうだね」


        ****


その後無事人間の子供を回収し、街へ向かった私たち。魔力も体力も、精神力も使い果たしていたが、街が見える頃には安心感か、軽くナチュラルハイになっていて四人とも騒ぎつつの到着となった。


「はい、じゃあ後はこちらの方で処理致します」

「よろしくお願いします」

 子供達はすぐさま領事館へと連れていかれる。

 人間の国の領事館があったなんて初めて知った。しかも館長はこの街唯一の人間らしい。

 こんな魔族しかいない街で暮らしてるなんて、どれだけ変人なんだろう。元人間としては気になるところだ。

 ただ、子供達を連れて行った時に担当したマンドラゴラの女の子と世間話をしたら何故か気に入られ、いつでも遊びに来てくれと言われた。なので、そのうち館長とも会うことになるかもしれない。


「……お姉さん」

「え? 私?」

 領事館の別室に向かう子供達。その内最後に助けた女の子が立ち止まり、話しかけて来た。お姉さんなんて二度の人生の中で初めて呼びかけられたかもしれない。


「ありがとうございます、助けてくれて」

 ペコリとお辞儀をする女の子。なんて行儀の良い子供だ。


「もう安心だよ。ここの街の人たち、見た目はアレだけど皆いい人達ばかりだから」

「ちょっと、アレって何ー?」

「人間にとっちゃ見た目が恐ろしいって事だろ?」

「そうなんだろうけど、フィリーが言うと、君が言うかって思うよね」

「ホントだよー、ごめんね、この強面君が怖がらせちゃって」

 エアが強面という所を強調する。言うほどかな? ずっと一緒にいるから良く分からない。


「そんな事は無いですよ。鷹のお兄さんは強くて格好いいし、鳥のお姉さんはキレイで天使様のようです。猫さんも可愛いらしくて持って行きたいですし――」


「なんか、ボクだけ扱い悪くない?」

「三日に一度くらいで貸すよー」

「え、エア!?」

 二人の夫婦漫才に女の子は笑みを浮かべる。その仕草に気品を感じるのはやはり貴族だからだろう。女の子は言葉を続ける。


「何より皆さん、とても優しそうです。本当に、ありがとうございました」

 再び深くお辞儀をして、女の子は部屋から出て行った。部屋に残った私たちは暖かい気持ちに包まれた。


 私たち四人はそれぞれの家に戻る。私もフィリーも早くお風呂に入って寝たかったが、仲良く家に入ったところをお母さんに見られ、尋問を受けた。

 お母さん、私たちが仲直りしたことと、北で発生した謎の火炎柱を繋げるなんてカンが鋭いを通り越して超能力者かと思いましたよ。

 結局私たちは夜中までこってりと絞られ、何故か仕事から帰ってきたばかりのお父さんも叱られ、解放された頃には根も生も尽き果てた状態。

 翌日はお昼までぐっすりと寝てしまった。



 今日からは、普段通り、いつも通りの私の魔族生活が始まる。


 人間の頃に比べると、娯楽なんて全然無い。


 だけどつまらないなんて思った事は一度も無い。


 学校が無いけど、この魔族しかいない街でも、友達は沢山できた。


 悠人がいないのは寂しいけれど、私には支えてくれる人たちが沢山いる。


 だから、私はこの街が大好きだ。私の新しい家族が大好きだ。


 悠人は私の王子様。もう手の届かないところにいるけれど、その思いは忘れられない。


 だけど私は庶民。ただの女の子だ。


 いつまでも王子様との思い出にしがみついている訳にはいかない。


 時間が経てば、良い思い出だったって思える日がいつか来る。


 それまではフィリーとの事は棚に上げて、私は魔族として、この大好きな街で大好きな家族と生きていこう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る