ノエル6 『ゴブリン集団戦』

 後ろを振り向くと、私の炎魔法を目印にゴブリンがワラワラと集まってきていた。


 ヒュン、という風切り音と共に赤が私の隣に立つ。


「お前……馬鹿だろ」

「おっしゃるとおりです」

 だって突然だったんだもん。焦ったら誰だって思いっきり殺っちゃうよ。


 フィリーは固まっている子供達を二人いっぺんに抱え、飛び去る。


 そう、戦いの場になるから子供達は安全な場所に……え? 二人!?

 慌てて辺りを見わたすと女の子が一人ゴブリンに持ち上げられ運ばれていた。

 気がつかなかった……。私、ほんとにお馬鹿さんだ。


 追いかけようとした瞬間、目の前にいたゴブリンが殴りかかってきた。

 私は咄嗟に後ろに飛び、再び手を輝かせる。ゴブリンに手のひらをかざす。


 激しい衝撃と爆音を広げ手のひらから発射される火炎弾。私の背丈ほどの業火は手前のゴブリンを軽く黒焦げにし、勢いを弱めずに近くにいたゴブリン達を業火の海にに引きずり込む。


 火だるまになったゴブリンが地面を転がっていく。


 息絶えるのを待たずに、両手へと魔力を集め、再び火炎弾を発射する。今度は二発同時だ。


 両手で同時に発射だと、流石に威力は弱まる。けれどゴブリン相手なら十分な火力だ。私に近いゴブリンから順に、両手から火炎弾を放って次々に黒焦げにしていく。


「!!」

 背筋を走る嫌な予感。感じた瞬間しゃがみ込む。


 私の髪を何かが掠めていく。パラパラと落ちる髪の毛。

 ……投げナイフだ。


「っ飛び道具って卑怯じゃないかな!」

 火炎弾を打ち込みながら叫ぶ。吹き飛ぶゴブリン。

 私だって伊達に小さな頃から悪ガキフィリーから色々されてない。幾度となくコンニャク的なものを顔に投げつけられた。その経験が今、生きた!


 遠くの方でゴブリン達が一斉に何かを投げる姿勢。やばっ!


 ゴブリンがナイフのような何かを投げた瞬間、それは上空から飛んで来た。

 緑色の衝撃波にナイフのような何かは押し返される。その衝撃波は空中で分解された後にゴブリンを真っ二つにしていく。

 あれは……『風切りの刃カマイタチ』。


「エアちゃん!」

 上空にはエアがいるのだろう。見上げてる余裕ないけど。


 緑色の風が縦横無尽に走る。

 砂糖菓子を回転させていたあの緑の風でゴブリンを回転させている。


「ノエルぅ……私戦った事無いんだけど!」

「なんとかして!」

 私も初戦の猿はなんとかした! 最後はお父さん頼りだったけど!


「あーもう! 怖くてグロくてオシッコ出そう!」

「せめて私の上でしないでね!?」

 しかし、ホント数が多い。けっこうな数こんがりした筈なんだけど、減ってる気がしない。


 ああ、うっとおしい!

 再び魔力を込め二連の火炎弾が手から放たれた瞬間、私の近くに建つ枯れ草小屋の上からゴブリンが飛び出てきた。間髪入れず私目掛け飛びかかる。


 ! しまっ――

 隙を突かれ――


 空から赤色が落ちてきた。

 鉤爪に頭を掴まれ、叩き潰されるゴブリン。

 赤色の背中にはリレフが乗っていた。


「さっきのガキは木の上だ。あと一人か?」

「うん!」

「エア! 仕事に遅刻する時!」

 リレフが訳の分からない事を叫びながら飛び跳ねる。って早っ!?

 リレフは緑の風に乗り、高速移動で次々ゴブリンに爪を立てていく。致命傷ではなさそうだが地味に痛そうだ。

 リレフとエアが敵をかき混ぜ、私の火炎弾とフィリーの鉤爪でとどめを刺していく。


「俺に当てんなよ!」

「! 当てないよ!」

 多分。……頑張る!


「どうだか……っ! ぐっ!?」

 ガキン、という音と共にフィリーの動きが止まる。


「ギャギャギャ!」

「マジかよ……!」

 そのゴブリンは錆びた剣とベコベコの鎧を着けていた。どっからかっぱらって来たの。

 上空から緑の衝撃波が走る。

 ベコン!と音を立て鎧のゴブリンが吹っ飛ぶ、と思ったら直ぐに立ち直った。


「根野菜なら絶対切れるのに!」

 風魔法に対して謎の自信を語るエア。そうだよね、料理で鉄切らないよね。

 鉄板の鎧に身を包んだゴブリンが後ろを振り向く

 そして、なにやら背後に合図をするゴブリン。


 その隙を付いて、火柱を放つ私。

 合図をしていたゴブリンは炎に包まれ黒焦げになる。


 卑怯? 敵から目を離す方が悪いと思うんだ。


 消し炭になったゴブリンを鉄の脚が踏みつぶした。

 ガチャガチャと鎧が擦れる音が響き渡る。大量に。


「あー、アレには爪立てられないかなぁ」

 リレフの呟きが聞こえてくる。

 目の前から、全身甲冑を着込んだゴブリン達が進軍していた。その数、十体。

 そしてローブを着て、杖を持ったゴブリン達が六体ほど、鉄で身を包んだゴブリンに守られるように後ろに居る。


「……上等だァ! いくぜ!」

「ちょ、フィリー!?」

 フルプレートなゴブリンに向け、イノシシみたいに突っ込む脳筋。案の定、鉄のプレートに爪が入らない。けれどフィリーはそれも予想していたみたいだ。流れるようにゴブリンの身体を掴み上げ、上空に飛び上がりながら投げ飛ばした。

 大地に叩きつけられ、叫ぶゴブリンを見ながら満足そうにするフィリー。

 その後ろからハンマーが回転しながら飛んできた。


「あっぶな、い!!」

 私の放った火炎弾がハンマーにぶち当たり、方向を変えて吹き飛んでいく。危なかった。フィリーの後頭部にあたる直前、ぎりっぎりだった。


 しつこくハンマーを投げようとするゴブリンに向け、火柱をぶち込む。火だるまになり倒れ込もうとした瞬間、異変が起こった。火だるまになったゴブリンの全身が水に包まれたのだ。敵の魔法!?


「それ反則ー!!」

 上から声が聞こえてくる。エアはさっきから風でゴブリンを切ったり飛ばそうとしているが、盾と甲の絶妙な防御布陣で弾かれている。やば、対策されてきてる。


「くっそ固ぇなおい」

 フィリーは鉄ゴブリン達の攻撃を一心に爪で受け流している。私はそれを火炎弾でサポート。燃やす度に水でかき消され、数が減らない。


「魔法がやっか――! ……エア!!」

 リレフの叫びと同時に魔法ゴブリンの杖が輝く。空が光り、しじまが走る。


 どさっと緑色の身体が落ちる音。


「雷魔法!?……エア! 大丈夫!?」


「ったあ~」

 むくっと起き上がるエア。良かった。ちょっと毛がチリチリしてるだけだ。


「! かはっ」

ドン! という音と共にハンマーに腹を殴られ吹き飛ぶフィリー。はっエアに気を取られてサポート止まってた。

 鉄の集団に護られた魔法ゴブリン達の杖が一斉に輝き出す。


「また、魔法来るよ!」

 言われた瞬間に発射されている電撃群。


 ――よ、け、れ、な

 当たる、と思った瞬間、白く光る障壁に雷が当たる。次の瞬間、雷は進行方向を反転して鉄ゴブリン達に直撃していった。


「しょうがない、反射の魔石使ったよ。魔法打たないでね」

「は、反射!?」

 リレフが私たちに向け手をかざし、胸に付けている宝石をピカピカ光らせている。


 再びゴブリンの杖が光った。次々発射される雷。けれど私の前の白い壁に反射し、雷魔法はプレートゴブリン達にぶち当たる。

 あれ? さっきから雷に撃たれた奴らが動いてない!?


「フィリー! フルプレート痺れてる! 動ける!?」

「あっ舐めんな!」

 って言いながら起き上がれてないよ。痺れてプルプルしてるよ。


「じゃあ私が――」

「あっ!」

 リレフの叫びと同時に、私の右手から火炎弾が発射された。業火の塊は目の前にある障壁にはじき返された・・・・・・


「あ゛っ!」

 私めがけて襲いかかる火炎弾。

 スローモーションで燃えさかる炎が細部まで見える。


 あ、これが走馬燈か。


 死因、自爆。


 うぁ、最っ悪な死にざま――


「っぶない!」

 エアが放った竜巻を受け、吹き飛ぶ私。その横を通り過ぎる火炎弾。


「っだから言ったじゃん! 魔法打つなって言ったじゃん!」

 リレフが雷を反射させながら叫ぶ。


「ご、ごべん……つい」

 か、風にシェイクされて吐きそう。って言うか死にたい。


「だから嫌だったのさコレ使うの! ノエル絶対やるから!」

 といいながら、ちゃんと反射してくれてる。フルプレートが動かないので敵が進軍してこないのが唯一の救いだ。


「ノエル、肩掴むよ」

 ちょっと、まって、まだ出そう。出ちゃいけないのが……ひぁ!

 私の肩を足でガシッと掴み浮かび上がるエア。上空に上がりみるみるゴブリン軍が小さくなる。


「ちょっと、痛い痛い!」

「我慢してよ! 杖ゴブ狙って魔法撃つ準備して! でもまだ撃たないでね!」

「! オッケ!」

「リレフ! 切ってー!」

「切ったー!」

 渾身の魔力を込め両手で特大の火炎弾を放つ。熱気と紅蓮の炎が巻き起こす風が私とエアを突き抜ける。衝撃で不安定な体が大きく揺れる。そして杖のゴブリン達に吸い込まれていく火炎弾。

 爆風が起こり、杖ゴブリン達が消し飛ぶ。ついでに全身甲も何匹か燃え上がる。


「よっし、魔法使うゴブリンがいなくなれば、後は大丈夫!」

 エアが風で隙を作り、私が火炎で燃やし、そのうちボディブローから回復したフィリーが投げ飛ばす。


「後一匹だ! ガンバレ!」

 後ろで応援する観客……じゃない、リレフ。

 そしてフィリーが最後に残った一匹の腹に風穴を開ける。プレートを貫通して爪を立てている。え、フィリー頑張れば鉄を突き破れるの? どんだけ馬鹿力よ。


「お、終わ……」


 突如、耳をつんざく叫び声がドラゴン山脈をかけぬけていった。

 そのあまりにも大きな絶叫は、私の背筋を凍り付かせ、お腹の底から恐怖を連れて来る。

 中央にある一際大きな枯れ草屋根が崩れる。


「おいおい、何か、お目覚めかよ」

「これは……マズイかもね」

「まだいるのーー!?」

 枯れ草を撒き散らしながら、巨大な影がゴブリン集落に広がっていった。

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