ノエル7 『巨大ゴブリン戦』



        ****


 突然だけど白状しよう。実は私は不器用な女だ。知ってるって? ふっふっふ、実はね、 魔法もなのだよ。

 お母さんは炎で鳥とか魚とか、なんなら3Dの地図とかも作って見せてたけど、私はその才能なし。

 その代わり人よりも魔力が膨大らしくて、高火力の火炎弾を自分の手を痛めないで軽々と打つことができる。……なにが言いたいって? つまり、


        ****



「ごめん、もう魔力残り少ない」

 なにを隠そう、私は威力が大きな魔法しか打てないのだ。それってつまりは燃費が悪いということ。


「だよねー、あんだけぶっぱなせばねー」

「むしろ、あれだけ打てるノエルが怖いよボクは」

 二人にやけに感心されてしまった。……はっ現実逃避してる場合じゃない。


 巨体が大きく息を吸い込んだ。

 咆哮一つでビリビリと空気が震える。体の動きが止められる。


「ふん、図体でかけりゃいいってもんじゃねぇよ!」

 もはや戦意喪失気味の私たち三人を尻目に、一人やる気満々な戦闘馬……もとい脳筋。あんたあのバケモノに勝つつもりなの?

 立ち上がった巨大ゴブリンは十メートル以上背丈がある。体はボディビルダーの様な筋肉に覆われ、挙げ句に口からはオットセイの様な大きな牙が生えている。これ、ホントにゴブリン?


「ノエル、火炎弾なら後何発くらい撃てそう?」

「三……位? 火柱だと一回で終わりかも」

「火柱でアレ、倒せそう?」

「いやいや、無理無理」

「だよねー」

 巨大ゴブリンはゆったりと私たちを確認し、なにを思ったのか集落から出て行く。


「あれ? 逃げちゃった?」

 エアがあっけに取られたように声を出す。どすーん、どすーん、と足音が遠ざかる。


「へっ腰抜けめ」

「……もしかして、助かった?」

 突然、夜になった。一瞬だけ、そう思ってしまった。私たちの上に大きな影が広がったからだ。


「エア! 風ーーーーー!!」

 見上げたリレフが大声を出す。エアが突風を私たちに当てる。吹き飛ぶ四人、そして直後にそれは落ちてきた。

 衝撃と地鳴り。そして土煙。

 私たちがさっきまで居たところに巨大ゴブリンが生えていた。


「飛んで……きた?」

 理解が追いつかない。あの巨体でジャンプ?--ひっ

 私たちを仕留め損なったと認識した瞬間、巨大なゴブリンはその長い腕を振る。

 その手は、紙一重で私たちに当たらない。ギリギリ、偶然当たらなかっただけだ。

 エアの突風を受けていた私たちに更なる暴風が当たる。と、巨大ゴブリンのもう片方の手が……光った。


「リレフ! 反――」

 私が言い終わる前に、巨大ゴブリンが地面に輝くこぶしをぶち当てる。長い扇状に地面が波打ち、私たちが地面に着地した瞬間、トゲの波が私たちに襲いかかる。


 けれども、リレフの胸の宝石は光っていた。


 前後左右、ついでに下から次々に襲いかかるトゲの波を魔法反射ではじき返す。光の壁は丸い球状となり私たちを守る。光の球が私たちの体ごと上下に激しく揺れる。エレベーターを高速で動かしてるみたい。気持ち悪い。


「あの巨体であのスピード、ついでに魔法と来たか」

「ど、どうしよ、ノエル」

「私に聞かないで……」

 絶対チートだアレ。勝てるわけない。


「考えなきゃ、なにか……ヒントになることは」

 私は元居た世界の情報とこちらでの本の知識を頭の中でごちゃごちゃと引き出す。

 あ、ドラ○もんってこんな時焦りながら鍋とかお箸とか出してたっけ。未来の猫型ロボットでもああなるんだから私だって――


「来たよ!」

 巨体が、迫る。タックル!?

 暴風と共に押し寄せる肉壁。だがそれが当たる前に私の体が浮かび上がった。いつの間にかエアが私の両肩を掴み、急上昇してる。

 フィリーもリレフを抱え、浮かび上がってきた。上空から見下ろす形となる。巨大ゴブリンは私たちを見上げ、良く分からない叫び声を上げている。


「ここなら、攻撃届かなそうだね」

「うん、でも油断はできない」

 フィリーの腕の中でリレフもどうするか考えているようだ。


「あ、あんまり長く持たないかも」

 バッサバッサと飛ぶエアが苦しそうな声を上げる。


「大丈夫?エア、どこか痛い?」

「ううん、ノエルが重……あ、ううん、なんでもない」

 ……ごめんね、ダイエットするから。今はもうちょっと頑張って。


「……うっし、決まった」

 ずっと黙ってたフィリーがなにかを決意する。


「フィリー、どうするの?」

「あいつの目を狙う。両目ともだ」

 それ悪役のすること、と心の中で思いつつも、口には出さない。


それしかないかな……エア、風切りの刃カマイタチで目を狙える?」


「や、やって……みる」

 それどころじゃなさそうだ。御免、エア。重くて御免。

 見ると、痺れを切らしたのか巨体の手が私たちにかざされ、光る。


「なにかしてくるよ!」

 巨大な丸い岩がうねりを上げ、飛んで来た。だが、リレフの魔法反射で逆に巨体の方へ跳ね返される。

 巨大なゴブリンはそれを認識した瞬間、パンチで岩を粉砕する。


「っぶなー!」

「見た目が実弾だったからちょっと不安だった。良かったよ跳ね返せて」

 やっぱり跳ね返せるのは魔法のみらしい。それだけでも助かるけど。


「うっし、じゃあ行ってくる。下ろすぞ、リレフ」

「私も……限界。ごめんね、ノエル。今日から鍛えるね」

 謝らないで。それじゃあ私が悪いみた……私が悪いのか!?

 私とリレフを下ろし、翼組は上空から巨体へ近寄る。


「ノエルはちょっと休んで魔力回復してて。ボクはサポートしてる」

 リレフはそう言って走り去って行った。

 先ほどからフィリーが巨体の顔に近づこうとしているが、長い腕に阻まれ、なかなか接近できてない。エアも動き回る巨体にカマイタチを当て辛そうにしてる。


 私はあの巨大なゴブリンを倒す方法を必死で考える。


 なにか……なにかないか。

 そういえばさっき、なにか考えてて……ド○えもん? でもあんな便利な存在ここには……あっ!


「フィリー! 秘密道具! じゃない、武器落ちてる」


 私の叫びに、フィリーは急降下し、ハンマーを手にする。

 よし、私も走ろう。アレを探す為だ。私の考え通りならもしかしたら--


 フィリーは巨体の猛攻を避けつつ、ハンマーを振り回す。

 巨体も負けずと防御。しかし腕は所々血が吹き出てきている。地味に打撃ダメージが入っているようだ。

 エアもフィリーに当たらない様に、風を使って落ちてる剣を飛ばしていた。剣の先だけお腹にいくつか刺さってる。

 私はそれを見ながら、先ほどのプレートゴブ軍団が居た場所へ辿り着く。


 ない!ない!何処にもない!



 巨体の叫び声が響き渡る。鼓膜が破れそうな叫び声の主を見ると、その巨体は片手にゴブリンの死体を握っていた。


――なにするの?――

 と思った瞬間巨大ゴブリンは、ゴブリンを口の中に放り込んだ。


 ゴリ、ゴリ、という咀嚼音がここまで届いてくる。ゴクン、と飲み込む。

 次の瞬間、一瞬巨大ゴブリンの体が光り、腹に刺さった剣がすぽっと抜け落ちた。


「――っは、回復かよ!」

 笑うっきゃねーなとばかりにフィリーが言う。ハンマーで与えた腕のダメージもなくなっている。


「こんなのどうするのー!!」

 カマイタチを当てながら振り回される腕をすんでのところで避けてるエア。

 はっ見てる場合じゃない。えーっと、どこかに一つ位


 ……あっあった!

 私はフルプレートの下敷きになった。長い棒の様な物を引っこ抜く。そう、魔法ゴブリンが使っていた杖だ。


「良かった。ちょっと焦げてるけど……多分使える!」

 前に話した様に、魔法を使うと自分の手もダメージを受けてしまう。

 それを避ける為に自分の手を魔法保護でコーティングする訳だけど……実はこの魔法保護、かなりの魔力を使っている。

 なので発射場所を杖に変更することで魔法保護の魔力を最小限に抑えることができるのだ。……と本で読んだ。


「よっし、これで少しは多く打てるかも!」

 私は早速杖に魔力を込め光らせる。巨体にしっかりと狙いを定めて下から上に振り上げた。

 大轟音が響き、赤い龍の様な火炎流が吹き上がる。巨大なゴブリンの、その大きな体は紅蓮の炎に包まれた。


「あ゛れ?」

「あ、ぶねぇな!やるならやるって言え!ノエル!」

「ホントだよー」

 二人ともちょっと焦げてる。なに? 今の威力……はっ!

 杖を見ると半分ほど消し炭になってる。それを見て、私は思い出した。

 自分が不器用だったことを。

 本来保護にあてる魔力をそのまま出力に変換して打ってしまったのだ。いつもの二倍位の威力にもなるよ。

 杖の状態を見るに、魔法保護を抑え過ぎたみたいだし。そもそも魔力の消費減らせてないし。ぶっつけ本番って怖い。


 絶叫を上げながら地面に転がり炎を消そうとする巨大ゴブリン。暴れ回るたびに地面が揺れ、とてもじゃないけれど近づけない。

 肉を焼く炎は土煙を受けその威力を減らすが、まだ所々燻っている。ゴブリンは全てを消すことを諦め立ち上がった。地面を眺め、ずぁっとゴブリンの死体を掴み上げる。


「させるかよっ!」

 すかさずフィリーがハンマーを叩きつけて、巨体の手からゴブリンをはたきおとす。落ちたゴブリンはエアの魔法で細切れになった。


「薬草持ってきたけど、食べる?」

 いつのまに来たのか、リレフが私の隣で草を持っていた。ありがたく頂く。

 魔力の回復量なんて雀の涙だがないよりましだ。


「エア、行くぜ! 足! その後、目だ」

「あいよー」

 なんかあの二人の息がピッタリになってきた。……エアちゃん初戦って言ってたよね。

 フィリーが大きく振りかぶり、巨体の脛をハンマーで叩く。低い音が響く。あれは、痛い。絶叫を上げ巨体は倒れ込む。

 顔を狙ってエアのカマイタチが大量に襲いかかった。巨大ゴブリンは咄嗟に手で庇い、懸命にガードをしている。


「いい加減死ね! 死んじゃえ!」

 物騒なことを叫びながら翼の先に魔力を集中させ、カマイタチを発生させ続けるエア。怖い。

 エアのカマイタチを避けつつ、手にハンマーを当てるフィリー。

 みるみるゴブリンの手が潰されていく。だが中々巨体の目に攻撃が及ばない。


 その時、巨体の頭の側に黒い影が。

 一瞬、エアのカマイタチが止まる。そして代わりに黒い影が緑色の風に包まれる。


「ボクのことも忘れて貰っちゃ困るかな」


 高速で巨体の顔面を横切る黒い影、リレフ。その鋭い爪から赤い滴が跳ね上がった。

 そして……



 巨体の両目から鮮血が走った。

 私たちの勝利が決まった瞬間だった。


        ****


 両目を潰され、両手をぐちゃぐちゃに潰されたところで、巨大なゴブリンからの抵抗はなくなる。仰向けに寝転び、荒い息を立てている。


「お前は頑張った。正直死ぬかと思った」

 フィリーがそう言いながら、ハンマーを放り投げた。右手が魔力に覆われ光り輝いている。


「なるべく苦しまずに済ませてやる。お互い様だ。恨みっこねーな」

 なにも答えない巨大なゴブリンのその大きな額に爪をかざし、一度大きく上昇し

 一気に降りた。

 果物が潰れる様な音と飛び散る鮮血。フィリーの腕は半分以上ゴブリンの額にめり込んでいた。

 びくんっと跳ね上がる巨体。そしてゴブリンの目と耳から煙が立ち登る。


 口から火炎が出たところでフィリーは手を引き抜いた。引き抜いた穴から炎が吹き出す。

 そういえばフィリーって炎魔法出せたね。忘れてた。頭蓋骨内部で炎魔法発射とか……エグいんですけど。


「終わったねぇ……生きてる。私、生きてるよぉ」

 エアが倒れ込みながら呟く。魔力の殆どを使い果たし、少しでも動ける様にリレフの採ってきた薬草を噛んでいる。

 流石にフィリーも疲れたのか大の字に横になり目を瞑っている。私も同じ様な状況だ。

 山菜を採りに来たら戦争しちゃいました。まさか、人間の子供を助けるためにこんなに大変な目に遭うなんて。


「連れてきたよ。怯えてるけど、大丈夫そうだね」

 少しは余力があるリレフが人間の女の子を連れてきた。祭壇の上で寝かされていたらしい。

 私たちを見てガクガク震えてるが気にしない。気にしてる余裕がない。


「あーもう二度と山菜採りとか行きたくねぇ」

「私も。暫くこりごりかも。でも良かった皆無事で」

 子供は一人死んでしまっていたが、私が来る前の事だ。流石にどうしようもできる事じゃない。

 見える範囲だけでも救えることができた。それだけでも十分誇れることだろう。


「早く帰ろう。私早く寝たい」

「そうだね、木の上の子供達を拾って……うん?」

 リレフがピクンと振り返る。空に向かい、鼻を動かす。


「どうしたの? リレフ」


 リレフはなにも答えない。

 体が震えてる。

 明らかに、怯えている。







 辺りに、角笛の音が響き渡った。



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