第29話『ランクアップ試験』

「さてと、ショウスケちゃん、ダンジョンのことあんまり知らないみたいだから簡単に説明しておくわね」


 ダンジョンというのは、”ダンジョンコア”なる未だ正体不明の存在が生み出す不思議空間のこと。


 なにもないところに発生することもあれば、既存の洞窟や森林、廃墟などがダンジョンとして作り変えられることもあるとか。


 滅んだ都市が丸々ダンジョンになるなんてこともあるらしいが、人の生活空間からは少し離れた場所にできるってのは共通してるみたい。


 ただ、ダンジョンが発生したらそこに人が集まるから、いま確認されているダンジョンはどれも人里近くにあるんだけどね。


 ダンジョンの中には”ダンジョンモンスター”という、魔物と同じような姿形はしているものの、性質は全く異なる存在が、ほぼ無限に生み出されるらしい。


 そのダンジョンモンスターを倒すと手に入るのが”魔石”だ。


 この魔石ってのが、この世界では必要不可欠なエネルギー源になってるみたい。


 ダンジョンモンスターは倒すと死骸が残らず、魔石と、時々ドロップアイテムを残すんだとか。


 なんだかゲームっぽいな。


 ダンジョンてのは活動している限り恒久的にダンジョンモンスターを生み出し続けるんだが、ダンジョンコアを破壊すればその活動は停止する。


 でも一定期間でダンジョンコアは復活し、活動は再開されるんだと。


 完全にダンジョンを止めたければ、ダンジョンコアを破壊し、復活する前にダンジョンそのものを物理的に埋めるとかして破壊するしかない。


 とはいえダンジョンは魔石の供給源だから、そうそう破壊されることはないみたいだけどね。


「まぁざっとこんなものかしら。もっと詳しい情報が必要ならこれ読んでね」


 渡されたのは『はじめてのダンジョンガイド』という薄い冊子だった。


「ありがとうございます」


「10Gね」


 ぐ……。


 しかしこういう情報って馬鹿にできないからな。


 今の俺にとって10Gってのは出せない額じゃない。


 おとなしくギルドカードを預ける。


「で、ダンジョン探索だけど、ここから一番近いエムゼタシンテ・ダンジョンだと、ソロの場合Eランク以上の冒険者じゃないと入れないわよ?」


 ダンジョン探索にはルールがあり、死傷者を出来るだけ減らすために実力に応じた入場規制や階層探索規制が設けられている。


 エムゼタシンテ・ダンジョンの場合は、3人以上のFランク冒険者、または1人以上のEランク冒険者というのが入場許可の条件らしい。


 冒険者以外でも、国際ダンジョン協会が定める『ダンジョン探索者』という資格もあるが、俺の場合は冒険者ランクを上げるほうが手っ取り早いだろうな。


「じゃあランクアップしてきます」


「あら、もうランクアップできるの?」


「ええ。実績は問題ないので、あとは試験を受けるだけだそうです」


 そう、俺はEランクの魔物をそこそこ納品したのと、基礎戦闘訓練のおかげでランクアップ試験を受ける資格をすでに得ていたのだ。


 納品に関してはなにげにグレイウルフの素材が効いたみたい。


 あと、基礎戦闘訓練中にそれなりの実力を見せたものは優先的にランクアップできるようだ。


 俺はどうやらカーリー教官からの覚えが良かったらしく、実戦でEランクの魔物を相手に問題なく闘えるようならいつでも試験を受けに来い、と言われていたんだよね。


「あらぁ、すごいわねぇ。じゃあこれ。がんばってね」


 そういうと、ハリエットさんは大雑把な近辺の地図をくれた。


 これまで気にしたことはなかったが、どうやら俺が今いるのは”エカナ州”というところらしい。


 で、ここトセマから北の方に州都である”エムゼタ”がある。


 エムゼタより少し手前を東にずれた当たりにエムゼタシンテ・ダンジョンがあるようだ。


「ここからこのエムゼタシンテ・ダンジョンってどれくらいの距離ですかね?」


「そうねぇ、馬車で半日ってところかしら。早朝の馬車に乗ればお昼ぐらいには着くわよ」


 馬車で半日……、馬車の速度がわからんがまあ6時間ぐらいで着くならそんなに遠くはないのかな?


 あとほかにも、西の方に行くと、2つ隣の州になるがネスノラ州にタバトシンテ・ダンジョンってのと深淵のダンジョンってのがあるな。


 地図によればここからエムゼタシンテ・ダンジョンまでの距離のちょうど倍ぐらいか……。


 お、その間にある隣のトウェンニーザ州にあるヘルキサの塔ってのもダンジョンなのか?


 ここも案外近いなぁ。


 ……しかし深淵のダンジョンすっげー気になるわー。


「ハリエットさん、この深淵のダンジョンってのが気になるんですけど……」


「深淵のダンジョンねぇ……。そこはまだ誰もダンジョンコアにたどり着いてない超難関ダンジョンなのよ。過去にモンスターが溢れだしたこともあって、猫の手も借りたいぐらいダンジョンモンスターの間引きに忙しいから、一応ランク制限はなしで潜れるわよ」


「……それってやばくないですか?」


「ええ。ダンジョンでの死傷者数はダントツで大陸一ね。それにネスノラ州はほぼダンジョンで成り立ってる州で、腕のたつ冒険者やダンジョン探索者がいろいろ優遇されているせいか相当治安が悪いのよ」


「へええ……」


 まあ強さと人格に関連性はないもんなぁ。


「ダンジョン近辺の集落や街はどこも似たようなものだけど、深淵のダンジョンがあるエイラン地区は別格だわねぇ」


 うーん、気になるけどとりあえずスルーで。


 しかし名前的には最深部にいるやつがラスボスかな?


 それ倒せばもしかしてミッションコプリート、的な?


 ……いや、でもエクストラダンジョン的な匂いもするなぁ。


 レアアイテムとかレアモンスターは出るけど本筋には関係ない、みたいな……。


(いかんいかん! 現実とゲームをごっちゃにしたら無駄に死ぬだけだ)


「じゃあ、ランクアップいってきまーす」


「はぁい、頑張ってねぇ」



**********



 そして翌日。


 俺は今訓練場にいる。


 ランクアップ試験の申し込みをしたら、翌日に運良くカーリー教官が来るのですぐ受けられることになったのだ。


「やぁショウスケ、元気そうだな」


 うーん、改めて見るとこの人カッコイイなぁ。


 キリッとしてて爽やかで、オマケに美人。


 こういう人が、例えば恋人の前だとメロメロの甘々になるとすげー良さそうだなぁ……。


「おい、何か失礼なことを考えてないか?」


 おっと、つまらんことを考えてしまった。


「いえいえ滅相もない。カーリー教官に見惚れていただけですよ」


 俺ってばこんな軽いセリフも言えたのね。


「ふむ。私は男女問わずモテるからな。だが、見惚れるなら試験が終わってからにするがよかろう」


 おおっと!


 ここは褒められ慣れてない男勝りな女剣士がちょっと照れる場面を想像してたんだが、この人何気に手強いな。


「ではランクアップ試験を開始しよう。改めて確認するが、私との対戦でいいのだな?」


 ランクアップ試験は主に2種類。


 冒険者ギルト認定試験官との対戦か、指定依頼のクリアだ。


 指定依頼ってのは1件だけじゃなく、5~6件課題として出されるみたいなんだが、面倒なので試験官との対戦を選んだ。


 ちなみにこのカーリー教官は現役のAランク冒険者なので、対戦といっても勝つ必要はない。


 っていうかEランク昇格を目指す程度の冒険者に勝てるはずがない。


 なので、対戦の中である程度の実力を見せればいい、というわけだ。


「よろしくお願いします」


「ふむ。では始めるか。ああ、いい忘れたが、これは剣術の力を見るためのものではないからな。魔術が使えるなら使っても構わんよ。というか使えよ」


「ではお言葉に甘えて」


 言い終わるが早いか、俺は教官に向けて『魔弾』を放つ。


 さっきの「始めるか」の言葉を開始の合図とみなしたので。


 <気配隠匿>全開で放った不可視の弾丸は、しかしあっさりとかわされてしまった。


「不意打ちとはいい心がけだ」


 その表情や口調から、皮肉でも何でもなく素直に褒められていることが分かる。


 まぁ不意打ちが効く相手じゃないってことは訓練の時に実感してたので、『魔弾』一発かわされたぐらいでうろたえるわけじゃないけどね。


 『魔弾』を放つと同時にレイピアを抜いていた俺は、教官が避ける方向を予想して、そこに剣を突き出す。


 さっきまで腰にかれていた教官のレイピアはいつの間にか抜き放たれ、あっさりと軌道をそらされてしまった。


 開始前に『下級自己身体強化』をかけていたので、それなりにいい突きだったと思うんだけどな。


「悪くない動きだ」


 でしょ?


 軌道をそらすと同時に教官は俺の剣を絡め取ろうとする。


 このまま慌てて剣を引いても手遅れだろうと予想した俺は、ギリギリ詠唱を終えた『魔矢』を発射。


 至近距離から教官の顔面を狙ったのだが、やはりあっさりとかわされしまったものの、おかげで剣の方は絡め取られることなく、一旦身を引いて間合いを保つことが出来た。


「君の戦い方はなかなかおもしろい」


「ならもう少し楽しんでもらいましょうか」


 俺は腰に差していた枯霊木の杖を左手に持ち、構える。


「ほう……」


 レイピアは右手一本で扱える。


 その間左手は何もしていないかというと、そういうわけでもなく、構えや動きのバランスをとっているのだ。


 あれだ、フェンシングの動きを想像してもらえればほぼ正解だ。


 なので左手はフリーにしておいたほうがいいのだが、それでも左手に拳銃なんかを持てるとしたら、多少細剣での動きが悪くなっても、お釣りが来るぐらいのメリットはあるってのはわかるだろ?


 剣と杖を同時に構えるのは初めてだが、狩りの時は細剣を操りながら魔術を使う、なんてこともままあったので、なんとか形にはなるはずだ。


 一気に間合いを詰め教官の喉を狙うと同時に、胴へ『魔球』を放つ。


 が、俺の予想より速い速度で間合いを詰められ、『魔球』の軌道修正をする間もなく剣のナックルガードで顔面を殴られる。


 予想外の打撃に少し怯んだが、なんとか意識を持ち直し、杖を教官の胴に当てた状態から『魔矢』を撃つ。


 さすがに密着状態からはかわせまいと思ったが、今の今まで目の前にあった教官の姿が消える。


 <気配察知>で背後に回られていることを察知した俺は、間合いから逃れようと一歩前に踏み出すも背中に教官の前蹴りを食らってしまう。


「よく気づいた」


 2、3歩よろめきつつも体を捻り、教官に向けて『魔矢』を放つ。


 バカのひとつ覚えみたいに『魔矢』ばっか使っているが、正直『魔弾』や『魔球』を詠唱する暇なんて与えてくれないのだから仕方がない。


 いろいろと補正がついて1秒ちょっとで詠唱が終わる『魔矢』だからこそなんとか使えているってとこかな。


 苦し紛れに放った『魔矢』も結局かわされ、一気に間合いを詰められて喉元に剣先を突きつけられた。


 尻もちをついて喉元に剣。


 詰みだな。


「参りました」


 剣と杖を床に置き、降参を宣言。


「ふむ。お疲れ」


 教官はレイピアを鞘に収めると俺に手を出してきた。


 その手を取ると、教官は俺を引き起こしてくれた。


「まだまだ修行が足りんな。だが、まぁ試験は合格だ」


「ありがとうございました」


 俺はほっと胸をなでおろした。


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