シーン・2日目・朝食
2日目・朝食
昨日のひよこ豆のスープを今日は麦で作る。
きっちりと時間をかけて戻した貝柱は照りのあるような味をスープに与えてくれている。
――スープじゃないなぁ。
どっちかというと粥っぽい仕上がりになるだろう。
――朝食には乳とか卵とか使いたいな。
たしか、ライスジュースとかがあった気がするので、その応用で麦から取れないだろうか、豆乳みたいな感じで。
実際の牛乳や卵を安定供給するのは難しいだろう。土地が狭いし、動物の管理もしなければならない。そもそも手に入るのかどうかはとりあえずおいておいて管理コストだけでも高い。
スープの加熱を続けながら、1ミリほどの粗挽きの麦を入れ、さらに、同じものをきつね色になるまで乾煎りしたものを同じくらいの量入れる。
焦がすような香りとプチプチとした食感が加わる。
――あとは、
昨日、揚げた麦粒が残っているので、これを加えて朝食は完成である。
ほんとはあと漬物的なものがほしいですね。
その発想に自分の中の強い日本人感を思い知りながら、メモにチェックしておく。
・
しばらくして起きだしてきた『旦那様』は何を言うでもなく朝食を食べてくれた。
まぁ、茶葉の種類を聞かれたということは、やっぱり海鮮系の塩粥に紅茶は合わなかったのだろう。わたしも相性がいいとは思わないが備蓄の問題であるしあきらめてもらうしかない。
時計を見る、ちょっとくらい話をする時間はある――か。
「『旦那様』」
紅茶を口に含んでいた、『旦那様』はこちらに向き直り、口の中身を飲み込んだ。
「んぐ……なんでしょう」
「いえ、えっと、気を付けて頑張ってくださいというのが一つと、あとちょっと見てもらいたいんですが」
要確認案件と判断したことである。わたしはその確認のために、端末を渡す。
「これは、あの説明書が出てきたやつ……だよね」
「その補足らしい情報が出てきたので」
ユーザーインターフェイス的なサービスなのだろうか、日本語で表示されている情報は、説ちゃんが消えてから追加となった情報の一覧。
太文字で更新を示しているが、一つだけ細い文字のものがあって、それはわたしが確認したあとでそうなったのだ。
「ポイント使用の方法があって、細かくは説ちゃんにでも確認したほうがいいと思うけど」
説明のために、適当な項目を選択する。
すると、ページをめくるようにして表示が入れかわり、詳細情報が表示される。
調理に関する行を開いたのでレシピページのようなところにとんだ。
わたしの手が写っていて作業を映している。
「なるほど、記録ですね」
「記録を取っていることにどんな意味があるのかはまだ分からないけど、少なくとも説ちゃんサイドがわたしたちの行いを逐一監視できそうってことはわかりました。そこで『旦那様』にちょっと確認ですが、『旦那様』の情報も確認していいですか?」
「えっと、それは駆除についての項を開くってことで間違いないですか?」
「そういうことです。そっちの世界のことも監視できているのかとか、あとはこちらで気づくことはないかとか、色々な意味で、ですね。『旦那様』が出かけている間にできるだけ情報を処理しておこうと思います」
――えぇ、ちょっとした秘密を覗き見ることができるだろうというような個人的な欲求は含まれていませんので安心です。
えっと、と『旦那様』は前置きして端末を操作する。そして、確認した後でこちらに向き直った。
「わかりました。こっちのも確認しておいてください。ポイント関連の出納は特にチェックしておいて欲しいですが……」
『旦那様』はふむ、と息を吐く。
「たしか、あの説明書はポイントを使ってどうのこうのと言っていましたけど、ポイント関連で使えそうなのはありました?」
「そうですね、使えるかどうかはわからないんですが、『翻訳ソフト』がありました。字幕だそうですが」
「――翻訳」
「はい、まぁ、世界一つ分で使い切りだそうですが――つまり、今買うと金曜日まで使えるみたいですね」
説ちゃんの説明を信じるなら、月曜日の始まりとともに世界の再抽選を行うのだとか。
「結局試してみないと理解できないものですしね」
「じゃあ、やってみますか?」
「そうですね。買ってみましょう」
商品説明は難しいことが書かれていたが、簡単な説明として『ある程度の知性のある存在の声や文字を対象者の視覚に理解可能な形式情報で伝達する。※文字文化を持っていない生物を対象に取ることはできません』とある。
どこかの通販サイトと同じようなデザインだが、これは……。
(偶然同じデザイン? あるいは、こちらの認識がそう見えるように何らかの干渉が……)
考えても仕方のない事であるが、いやしかし、考えること自体が楽しいのだ。
ともあれ、今は、購入を確定してポイントを消費。
「これで、もし『旦那様』が向こうで現地の人と接触した場合に――多分、字幕みたいな感じで情報が出てくる……んじゃないでしょうか」
「詳細の説明は無いんですね」
「いや、あるにはあるんだけど」
ちらりと先ほどの文章を見る。『非ミーム的レベルに摩滅された言子フュームの再凝集振動を対象者の解釈可能レベルに再構築する非侵襲的付託外装器官です』と書かれている。
うん、わからん。とりあえず、非侵襲的なので大丈夫だろうということぐらい。
同じ文章を『旦那様』に見せると非常にげんなりした顔を見せた。
「……まぁ、機能的には声と文字を理解できるようになるみたいだから、便利なんじゃないかなって」
「とはいっても今のところ現地の人と接触してないんですが」
「そうですね。じゃあ、今日の目標にしたらどうでしょう。『燕麦を取ってくる』『現地の人と接触する』と、これを目標にするとか」
「――でも、現地の人と接触したところで利益があるとは」
『旦那様』は慎重派である。まぁ、二人ともが好奇心で動いたりすると死亡フラグしか見えないのでバランスが良いと言えばいいのだろうが。
「ま、そうだね、接触しないとそのあたりははっきりしたことはわからないけど、例えば、燕麦のある場所を教えてもらえたりとかできれば利益になるよね。探すのに協力してもらえるかもしれないし、あとは説ちゃんが言ってたように、現地の人を助けることもポイントになるかもしれないし――それに」
「それに?」
これは個人的な感想であるけど。
「人助けは気分がいい」
「――なるほど」
・
『旦那様』にもある程度の共感が得られたようで何よりです。
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