猫も杓子もマジックユーザー
占林北虫
第1話 白い手
頭の中に直接声が聞こえてくると言う体験はそのときが初めてだった。
「わたしたちを……お救い下さい……あなたの力が……必要なのです……」
動揺した。
何だ今のは。
音声じゃなくて、意思がダイレクトに脳に届いたような感覚。
一応、この場に居る誰かの声じゃないのかと思って、周囲を見回してみる。
二時間目が終わった後の休み時間。
退屈な現国の授業から解放されて、教室はにぎやかだ。
「……なあ、中原? 今なんか変な声、聞こえなかったか?」
隣の席の親友に話しかけてみる。
「なに、変な声とな」
中原は時代劇みたいな口調で応じる。
ふと中原が手に持っている漫画を確認すると、なんか侍が刀で戦っている絵だった。劇画調の絵。なかなか渋い趣味をしている。
「なんか、女の声で、助けてくれみたいな。」
「ふむ、それは、心の声でござろう。」
「心の声?」
何だ?
俺の気がつかないうちに、みんなはテレパシー能力かなんかに覚醒していたのか?
「さよう心の声でござる。次の授業は眠くなる事では一、二を争う世界史。助けてくれと言う思いがこの教室にはあふれておる。それが聞こえたとて、不思議はあるまいよ。」
うん、これはくだらない冗談だなと俺は理解して、とりあえず親指を立てた握りこぶしをグッと握って見せてやった。
中原はビシッ! と言う感じでピースサインを返してきた。
教室を出て廊下を歩く。
どこかに、あの謎の声の主が居ないだろうか。
そんな思いがあった。
階段を下りて一階へ。
購買の横を通って体育館の方へ向かった。
後から思うと、どうしてこのとき体育館の方に向かったのか、ぜんぜん説明がつかない。
もしかすると、「導かれていた」と言うやつなのかもしれない。
体育館の裏の方が怪しいと、なぜか思った。
靴に履き替えることもせずにそちらへ向かった。
そして、体育館と体育倉庫の間の細い隙間から伸びる、白い手を見つけた。
透き通るように白い手が、煙のように揺れている。
救いを求めて伸ばしている手のようにも見える。
(これ、やばいやつじゃないのか?)
その白い手は、あまりにも……幽霊みたいだった。
なにより、体育館と体育倉庫の間って……。
(人が入れるような隙間、あったか?)
そう思うとぞっとした。
これ、学校の怪談とかでよくあるやつじゃないの?
その手を取ったが最後、二度とこの世には戻れないとか……?
「お救い……下さい……」
そのとき、またその声が聞こえた。
か細い、でも必死さが伝わってくる声。
俺は動揺して、思わず声が出た。
「俺じゃないとダメ?」
返事を期待していたわけじゃない。
思わず声が出てしまったのだ。
怖かったので、強がって平然とした感じの言葉が出たのだ。
「あなたの力が……必要……」
白い手の声が――白い手の主のものであろう声が――そう答えた。
その声を受けて、俺の恐怖はだいぶ消失した。
なんだ、会話ができるのか、と思った。
「力を貸してもいいけど、帰ってこられる?」
俺は聞いた。
ちょっと言葉足らずかもしれないが。
力を貸すためにどこかに行くのはいいけど、行ったきり帰って来られないと困るので、そこを確認しておきたかった。
「いつでも……帰れますから……」
声が答えた。
「俺でよければ力、貸すよ。どうすればいい?」
そう、軽く返事をした俺の心理状態は、普通ではなかったかもしれない。
けれどもとにかくそう答えてしまった。
「わたしの……手を……取って……」
ああ、やっぱりと思った。
これ、あの世かどっかに行くパターンだ。
けれども、俺はその白い手に近づいた。
怖くないと言えば嘘だ。
だけど、俺が力になれることがあるなら、力を貸してもいいだろう。
だって、次の授業、眠くなる事では一、二を争う、世界史だしな。
たぶん世界史の授業より、退屈しないだろう。
俺が握ったその白い手は、氷のように冷たかった。
ぶるっと震えると同時に、世界が、ぐにゃりと溶けた。
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