本能的に身を守る第11話


 ゴウトの一撃を受け止めた瞬間、ロマンは全身に浮遊感を覚えた。


 うん、昨日と全く同じだなチクショウ。

 とりあえず受身を取ろう。そう考えながらロマンは徐々に緑の大地へと吸い込まれていく。


「……ふむ、今日はこの辺にしておくか」


 やたら慣れた感じの受身で草原に落ちたロマンを見ながら、ゴウトはそんな事を言った。


「もう少し……早くそのセリフを聞きたかった……」


 夕日が空を焦がす頃。


 ロマンは、満身創痍で草原に転がっていた。

 いくら受身を取るのに慣れてきたと言っても、所詮は体育の授業で軽く触れる程度の素人受身を我流アレンジしたモノ。ダメージの軽減に多少成功しているだけで、ノーダメージで済んでいる訳では無い。


「結局、今日も受け切れなんだな」

「だ、大体……何であんたそんなに強いんだよ……」

「農夫が強いのは当然だ」


 あーなるほどー……って、いや、納得いかねぇよ、とロマンは心中セルフノリツッコミ。

 農夫が剣を振るい慣れててたまるか。


「父さんは、母と結婚してこの牧場を継ぐまで、S級冒険者として世界中を旅していたんです。強いのは当然の事ですよ」

「S級というと、魔王様を討った連中と同格……納得の腕っ節ね」

「あだぶい」

「S級……」


 A級でもゼンノウの森にいた大虎をぶっ倒せる訳だから、その上となると……


「……そりゃ敵わねぇわ……」

「位なんぞ関係無い。結局の所は気合だぞ。前にも言ったが、お前に足りないのはそこだ」

「ぬぅ……そんなシンプルな話かこれ……」

「シンプルだが、それが全てだ。一に気合、二に体力スタミナ、三でようやく技巧テクニックだ」


 ロマンは気合や根性には自信があったのだが、まだまだ足りないらしい。


「ロマン、お前はどこか、いつも冷静な部分がある。それが、多分ストッパーになってしまっているんだ」

「ストッパー?」

「お前は直情型のヤンキーの様で、冷静な現実主義者リアリスト的な面を感じる。あれは出来る、これは出来ない。そう、はっきりと区分しているんじゃないか」

「ヤンキーじゃないっての……つぅか、そりゃあ、自分に出来る出来ないの区別くらいは付けてっけど……それがこれとどう関係すんすか?」


 ロマンは、自分の身の程はそれなりに理解しているつもりだ。

 五〇メートルを六秒台で走れても、空は飛べない。

 不良三人と喧嘩してなんとか勝てても、ファンタジーな大虎が相手では逃げるしかない。

 セレナの修行は余力を残してこなせる様になったが、ゴウトの一撃を止めるなんて絶対無理。


 自分は完璧超人でも全能の神でも無い。世界最強の冒険者でも無い。

 ロマンは至って常識的かつ冷静に、自分を評価しているつもりだ。


「試しに、明日は俺の腕っ節の強さだのなんだのは全部忘れて、ただガムシャラに踏ん張る事だけに集中してみろ」

「……そんだけで変わるもんすか?」

「お前のタフさはもう軽く人外だ。後はその『常人の常識で限界を決め付ける癖』さえ捨てて、本能任せに体を使える様になれば、きっと化けるぞ。人は気の持ち様でガラッと変わるからな」


 一六年間、ロマンは自分の事を「多少喧嘩が強いだけの普通の人間」と評価して生きて来た。

 一六年かけて、常人として生きるのに最適な思考を組み上げて来た。


 この世界に来て、魔力やスタミナは完全に常人の範疇を超えてしまったらしいが、正味、ロマンに実感はあまりない。「最近、体力ついて来たなー」くらいの感覚だ。

 ロマンの中で、ロマンはまだ常人の括りから出ていないのだ。

 そのため、無意識に自身を過小評価し、身体がその評価に合わせて萎縮してしまっている…と言うのは別段突飛な話ではない。


「とにかく、百聞は一見に如かず、だ」

「……おう」


 何にせよ、ロマンは何もかも素人。それもきっちり自覚している。

 一刻も早く冒険に出られるレベルに達するには、あれこれ自分で考えるよりゴウトの指示に従うのが早いだろう。


 善処するだけしてみよう。






「だぼん、あぶ。あいよ」


 夜。ロマンとシングが寝室で寝る準備をしていると、サーガがロマンを指差し何かを言った。


「…………」


 何が言いたいのか、相変わらずわからない。

 抱っこしろとか、排泄をする時は発言と動作の法則性のおかげで大体わかる様にはなったが、それ以外はやはりさっぱりだ。


 稀に雰囲気だけで訴えてる事がわかったりもするが、わからない時の方が多い。

 言語が通じない赤ん坊だし、仕方無い。


「……いや、少し頑張ってみるか」


 昼、言われたばかりだ。

 常人の常識で限界を決め付ける癖をどうにかしろ、と。

 考えて見れば、シングはこいつの言っている事をかなり正確に通訳できていた。


 ……もしかして、気合さえあれば赤ん坊の言ってる事でもわかったりするのでは無いだろうか。


(いや、まぁ有り得ない……とは思うけど……)


 百聞は一見に如かず、との事らしいし。

 ロマンは今一度、「その気になれば理解できなくは無いんじゃね?」という精神的スタンスで、サーガの言葉に耳を傾けてみる。


「…………」

「あいあ」

「…………」

「あぶ、あいよ」


 ……何だろう。

 本当に、本当に適当な直感だが、何か「歩きてぇ、超歩きてぇ」と言っている……様な気がする。


「……もしかして、歩く練習がしたいのか?」

「うぶ」


 コクリ、とサーガがうなづいた。


「………………当たった…………」


 自分でやっといてなんだが、嘘やん、と言う感想しか出て来ない。


「あいよ、うー!」

「あ、ごめん」


 ロマンは「早く手を貸すんだよ!」と騒ぐサーガの腋に手を差し込み、立ち上がらせる。

 すると、サーガは「この時を待ってだぜ! 発進!」と言わんばかりに一声あげて、足を動かし、てこてこと歩き始めた。

 まぁ、歩くと言っても、サーガのほとんどの体重をロマンが支えてる訳だが。


 ああもう、それにしてもこのたどたどしい歩き方可愛いなもう。

 あんよの練習中じゃなけりゃとりあえず一回抱っこして頬ずりしてる所だ、とロマンはちょっとした葛藤に苛まれる。


 ……元々ロマンは、男子の割には小動物とか可愛い物が好きな所があったが、サーガのせいでかなり悪化した気がする。

 これが赤ん坊の力か。


「へぇ、あんたもようやく、サーガ様の御言葉が理解できる様になったのね。良きかな良きかな」


 一部始終を傍観していたシングが感心した様にうなづいている。


「……直感だったんだけど、当たってたのか?」

「ええ。サーガ様は『いつまでもハイハイじゃあ格好つかねぇぜ』と仰られていたわ」

「…………」


 ロマンが感じたより随分生意気な言い回しだった。

 とにかく、当たっていたのなら何よりだ。

 意外とイケそうだ、直感任せ。


 ……まぁ、偶然かも知れないが。





 翌朝。リビング。


 ロマンはサーガを膝に乗っけて朝食のヨーグルトを与えていた。


「あぷ」

「りんごは無ぇよ。ほれ、口開けろ」

「い」

「我侭ぬかすな」

「だぶ! ばぼん!」

「無い袖は振れねぇんだよ。俺としても誠に遺憾だがな」

「……一体、どうしたんですか」


 リビングにやってきて早々に目を丸くするセレナ。

 ……まぁ、朝起きてリビングに来てみたら、赤ん坊と会話する少年がいるのだから、目も丸くなるだろう。


 とりあえず朝の挨拶を交わし、セレナはロマンとサーガの前に座った。


「昨日まではそんな流暢に会話成立していなかったでしょう……と言うか一応確認ですが、成立してるんですよね?」

「ああ、まぁ八割くらい」

「あだい」


 そうだぜ、とサーガがうなづく。


「ロマンもようやく、お世話役の基礎スキルを身に付けたのよ。アタシの指導の賜物でね!」

「お前を師事した覚えは全く無いんだけど」


 シングは基本、傍で見てるだけ。ちょいちょい通訳入れてくるかなーくらいだった。


「ま、あれだ。ゴウトさんに言われた通り直感に任せてみたら、なんとなく理解できた」

「うっぷす!」

「……理解に苦しみますが、問題無く意思の疎通ができるなら、それに越した事は無いですね」

「おう」


 後は、この調子でゴウトの一撃を受けきるだけだ。





 ああ、今日も空が綺麗である。

 そんな事を考えながら、ロマンは草原に転がって力無く笑っていた。


「昨日よりはマシになったが、まだまだだな、ロマン」

「うぐ……なんでだ……!」

「まだ必死さが足りない。冷静さが残ってるんだ。ほれ、もう一回だ」

「おう……!」


 ロマンはズボンに付いた草を払い、立ち上がる。木刀を握る手に力を込める。


 必死さが足りない……思考を振り払い本能に身を任せているつもりなのだが、まだガムシャラという域に達し切れていないと言う事だ。


「……そうだな…少し荒療治かも知れんが……おいロマン、木刀を下ろして少し瞑想してみろ」

「瞑想……?」


 一体瞑想がどんな荒療治に繋がると言うのか。ロマンとしては疑問の残る所だが、今は従うしかない。

 指示された通り、瞼を下ろしてみる。


 その刹那、ロマンの全身を、鋭い何かが駆け抜けた。


「ッ!?」


 それが殺気だと気付いた瞬間、ドァッ! と言う大きな踏み込み音がすぐ目の前で響く。


「なっ……」


 急いで瞼を上げてみれば、もう目と鼻の先でゴウトが木刀を振りかぶっていた。

 その踏み込みの凄まじさを物語る様に、草や土が飛び散っている。


「ちょっ…」


 一体何事だ、意味がわからない。

 ゴウトの目は、明らかに殺しに来ている。今までに無い領域の本気を感じる。

 そんな一撃を、無防備に受ければ……


 死―――


「ッ、ぁ、のあぁああぁぁぁぁぁぁあああぁあああああああああああああ!?」


 ロマンは我ながら情けない咆哮だと思うが、絶叫の内容を吟味する余裕は無かった。咄嗟に放った狂乱の悲鳴の様なモノだ。


 死ぬ、殺される、冗談じゃない。

 でも、この距離、このタイミング、逃げられない。


「あああぁぁあああぁぁぁぁああああああああ!!」


 ロマンが本能的に選んだのは、防御。


 全力で木刀を引き上げ、盾にする。

 ゴウトの本気の一撃を防げるのか…なんて思考をする余裕も無かった。

 ただ、死なないために何か出来る事は無いか、と模索した末の行動だった。


 激しい衝撃が、全身を突き抜ける。


「………………ッ……?」


 気付けば、ロマンは、ただ立っていた。

 咄嗟に構えていた木刀で、ゴウトの一撃を受け止めて。


「……え?」

「……どうだ? それが、今のお前の『火事場の馬鹿力』だ」


 ロマンの全身が、ミシミシと嫌な軋み方をしてる。腕の筋肉繊維が今にも破裂しそうだった。

 でも、吹っ飛ばされてない。


「あ、お、俺、やっ……」


 ロマンが喜ぼうとした瞬間、ゴウトが木刀を振り抜き、思いっきり吹っ飛ばされた。


「ぐぇ!?」

「気を抜くな、精進が足りん」

「……ひっでぇ……」


 だが、今までのただ痛いだけの感覚とは違う。

 少しだけ、すっきりした。


 何かを乗り越えた様であり、何もかも吐き出せた様な感じでもある。

 この爽快感に似た何かが、ストッパーという奴をぶっ壊して全力を発揮できた、という証明…なのだろう、か。


「冷静になるのは攻める時だけで良いんだ。受ける時は、とにかく本能的になれ。考えてから動いてちゃ対応が遅れる事もある」

「お、おう……」

「とにかく第一ステップ、『直感の防御行動』は及第点をくれてやる……さて、じゃあ次はお望みの技巧コツの授業だ。本能的に技術を駆使できる様になるまで、体に叩き込むぞ」

「お、お手柔らかに……」


 いつだって本能的に効率的な防御が行える。

 そんな理想形態を実現できれば、確かに心強いだろう。


「……よし」


 とにかく、一歩前進だ。

 さぁ、早速次のステップとやらを……


「んち!」

「…………」


 とりあえず、替えのオムツとウェットティッシュを取りに家へ戻る事になった。


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