星の砂、水晶の骨

識島果

プロローグ・旅立ち

 皺だらけの手が古びた革の背囊の中に突っ込まれ、今ふたたびその中身を確認した。木の実を練り込んだトント麦のパン、モルフ乳のチーズひとかたまり、干し肉、水袋、ナイフ、何かと便利な布、火打石、丈夫な縄、獣脂、ランタン、その他細々したものを入れる合切袋。

 老人はすべてのものが過不足なく背囊の中に収まっていることを確かめると、満足げに頷いた。 パンは堅焼きだが、老人の歯はまだ丈夫だから問題ない。自前のものが、上も下も綺麗に揃っている。背囊に蓋をする指も、老いさらばえて今は枯れ枝のようだが、案外太くしっかりしているのだった。

 老人は背囊を背負うと、ずっしりくる重みにややふらつきながら、こざっぱりとした小屋の中を振り返った。窓からは午前の清々しい陽射しが差し込み、板張りの床に幾何学模様の欠片を落としていた。老人は壁に掛けておいた杖を手に取ると、住み慣れた我が家の戸を閉めた。このひどく軋んで、冬には冷たい風が吹き込む忌々しい扉ともお別れだ。

 鉢の花は昨日のうちに全て地面に植え替えておいた。こころなしか、どこか心細そうに揺れる花々に、たくましく生きよと声をかけてやる。もう毎朝水を遣るものはいないのだ。

 老人は外套の内側に縫い付けられた衣嚢を——正しくはその中身を——確かめるように軽く叩いた。そして、もう一度背囊を背負い直し、一歩歩き出そうとして、腰の痛みに小さく呻いた。歳を取るというのは、これだからいけない。

 老人の名はゼト。持ちものは背囊ひとつに杖一本、それに長い付き合いの腰痛だけ。

 彼は今日、旅に出た。

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