第105話至福の労働!?
父の畑で芋ほりをしてきた。
スコンと抜けるようなブルースカイ。わたくしは計十回、地べたに転がってそれを眺めた。
経緯はこうである。
畑へ行ったらまず、芋の蔓を取り除かねばならない。そしてうねに沿って設置された黒いビニールを外して、クワでそこを掘り返す。
想像と違っていた。
わたくしが知っている芋ほりは園児の頃にさかのぼる。
まず、芋の蔓はあらかじめとり去られていた。うねにもなにもかかっていなかった。みんなスコップか小さな熊手で土をかいて、手で芋をほっくり返していたのである。
それが……。
農家って一から全部自分でやるんだなあ、と雲一つない空を見上げて思った。
そこらじゅうが草だらけなので、汚れてもいい服を着ていたわたくしは遠慮なく寝転んだ。息が弾んだ。「疲れた」というと、父の「情けないんだ、おまえは」という、いつもの声がした。
「私は遊びに来たんであって、労働しにきたんじゃない」抗議した。
虫たちが、とくにトンボがいっぱいいた。
甥っ子たちが喜びそうだと思った。実際、父がカエルなどをとって彼らに与えたものの、母は訳知り顔に「一晩のうちに逃げちゃうのよね」という。本当なのである。
わたくしも、小学生のころ、田んぼのカエルをとっていたが、どれほどとっても翌朝にはバケツは空っぽになっていた。
母方の義伯父はその娘に「夜の間に一列になって行進して逃げてったぞ」と言ったので(どういうわけか)従妹は「いや~~」な気持ちになったそうだが、その話を聞いてうっかり想像してしまったわたくしはその場で大爆笑。困ったことにわたくしは笑い上戸で、一時間くらいはお腹を抱えて畳の上を転げまわったものだ。(脱線終了)
芋づるをとり去るのは、二メートルくらいで母に譲り、ビニールとりは片付けるところだけ手伝った。わたくしがしたかった芋ほりとはこんなものではなかったはずであった。
未熟ながら、園児が手でさぐりさぐり掘り起こして、「長いな、大きいな」と確認しつつふうふう言いながらたった一つの芋を時間をかけて獲るものだった。
おそれながら、父上。
クワでざっくりざっくり掘り返してしまうのでは情緒がなさすぎです。
そういう代わりにひっくり返った。体力が持たない。普段から体を動かしている、母が頑張ること。
しかしわたくしは疲れやすい分、頭を働かせるのである。
根付いた芋づるをやみくもにぐいぐい引っ張っていたのではいらぬ労力を費やすだけ。ならば、蔓とビニールの間に手を入れて、地面と接点をもつ箇所だけ切断してやればいいのだ。そうしたら、芋づるは根無し草のように、ふんわりがさがさと取り除けられる。今までなんでそうしなかったのだろう。父は体力がある分、おバカさんになっているのではあるまいか。
ひとつのうねをクリアにしたころ、父の後ろ姿に変化が起こっていた。年齢相応に見える。父は71歳である。
「もう農業をやる体になってきてる」
と言っていた、若々しい彼の首から肩にかけて、疲労感がにじんでいた。
そらそうか。父はおじいちゃんだったのだ。わすれていた。
母が現実逃避して、胸に止まったトンボを示して笑う。
「見て、トンボが」
ああ、そうか。幸せのトンボは母を選んでしまったのだな。わたくしは大きく息をついて、笑った。
芋はネズミのようなものから、でっかい大根のようなものまであった。袋に入れて三人がかりで運び、まだ足りないので箱に入れて運び、それと同じくらいの分量を車に乗せて母と二人、家に戻った。
ぜーはーぜーはー……。
た、楽しかった……。
今は柿のなる季節である。
父はわたくしの実家から持って行った苗木を植えた果樹園に招待してくれた。のっぱらの中にオレンジ色が二つ見える。近づくと熟した柿は一つだけ鳥に食われていた。父は残りの一つをひきちぎり、わたくしの所持した袋に落とし込んだ。
「あっちは百目柿だ」
というから見たら、まだ華奢っぽい幹をしているのに、ニ十個くらいの実をつけた樹が。今度は母も一緒になって、実をもぎる。
「一枝に一個残せばいいんだ」といっていたくせに。
父は家から持って行った樹には容赦なく、ばきりぼきりと枝ごと二十個くらいとって腕から提げて前を行く。そのとき、わたくしは父の背中を見て歩くのは好きだな、と思った。
あいかわらずバテてひっくり返って空を眺めながらも、母との会話を耳にして、若い恋人たちのようだとも思ったし、これが父の望んでいた世界なのだと感じた。
いわく、
「お父さん、子供のころはこういう柿を食べておやつにしていたんでしょう?」
「友達と一緒に木に登ってな」
甘酸っぱい。とにかくあまずっぱいんである。目頭がきゅーんとした。幸せだった。
その幸せの象徴のように、今、柿の枝は実をつけたまま実家玄関の花瓶に飾られている。
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